文/中国の大法弟子 玲玉
【明慧日本2024年9月25日】私が両目が見えなくなった後、何人かの同修が私の家に来て、一緒に法を学び法を暗記し交流したりして、私が修煉を続けられるよう励ましてくれました。
正念を発し、人を救うために尽力する
2013年のある日、天目が開いたある同修が私と一緒に正念を発し終えた後、驚いた様子で私に言いました。「お姉さん! 師父が天兵天将(空にいる軍隊と将軍)を派遣されました。二隊の軍勢が、威風堂々と兵器を持って進んでいました」。しかし、私は悟性が乏しく、師父のご配慮を理解できませんでした。
すると、師父は天目が開いたある若い同修をまた私の家に送られました。私たちが正念を発し終えた後、その同修は私の腕を掴み、興奮した声で「おばさん、私たちはもう人間の状態ではありませんね。正念を発しているとき、あなたが窓から飛び出していくのを見ました」と言いました。私はそれを聞いても、まだ少し信じられませんでした。
師父は私が悟らないのを見て、夢の中でヒントを与えてくださいました。夢の中で、私は二つの古代の大きな掛け時計を見ました。一つは針が12時を指しており、もう一つは6時を指していました。これは、全世界で正念を発する時間ではありませんか? その時、私は悟りました。師父は、私の修煉が成就したその一面が、別の空間で天兵天将を率いて邪悪を除去するようにと導いてくださっていたのです。それ以来、私は毎日少なくとも10回正念を発することを自分に課しています。時間があれば毎時正念を発し、長いときは数時間、短くても15分から20分行っています。毎朝7時と夜7時には、天兵天将を率いて、大規模に邪悪を除去するために30分から1時間正念を発し続け、この習慣を何年も続けています。
私は、外出して人を救う活動ができないため、特に同修たちが毎日外に出て、対面で真相を伝えていることを聞くと、とても焦りを感じました。師父は私が人を救いたいという心を見て、縁のある人々を私の家に導いてくださいました。
夫は麻雀が好きで、親戚や友人、昔の同級生や同僚など、次々と私の家に遊びに来ました。私はその機会を利用して、彼らに法輪功に関する情報資料を渡し、真相を伝え、「三退」(中共党・共青団・少先隊からの脱退)を勧めました。師父のご加持のおかげで、何人かの人を救うことができました。
大法の超常性を証明する
私が失明したばかりの頃は、すべて家族に頼らざるを得ませんでした。しかし、師父は私に「自分のことは自分でやりなさい」と教えてくださいました。例えば、新しく買った小さなプレーヤーの操作方法、電源の入れ方や巻き戻しなどもその一例です。ある時、一時停止したいと思ったとき、どのボタンを押せばいいか少し考えて適当にボタンを押すと、見事に再生が停止しました。私は「師父は私の考えをすべて見通していらっしゃるんだ」と感じました。別の時には、同修が私が小さな録音機を器用に操作しているのを見て、「私は目が見えるのに、こんなに上手く使えません。あなたは本当にすごいですね」と感心しました。私は「すべて、師父が私に智慧を授けてくださっているおかげです」と答えました。今では、料理以外のことはほとんど自分でできるようになり、手足の爪も自分で切れるようになったので、周りの人たちは皆、驚いています。
2023年3月のある日、突然、腰が動かなくなりました。まるで腰椎ヘルニアのようで、歩くどころか這うことすらできませんでした。トイレに行くためには、床を這って進むしかなく、やっとの思いでトイレの前までたどり着いたとき、ふと「師父、どうか私を起き上がらせてください」と祈りました。そして、ゆっくりと足を曲げ、手でドア枠をつかむと、一気に立ち上がることができました。それが師父のお力だと私は確信しました。
「師父が起こしてくださったのだから、もう横になっていてはいけない」と思い、タンスを支えにゆっくりとベッドのそばまで歩いていき、ベッドに寄りかかって座りました。そして、正念を発しながら内に向けて探し、第一セットの功法を9回練習しました。疲れましたが、少し休んでから第二、第三セットの功法も練習し、正念を発し終えた後、奇跡が起こりました。私は壁を伝いながらゆっくりとリビングまで歩いていき、何事もなかったかのように座って食事をすることができました。腰椎ヘルニアのような重い症状が、わずか一週間で完全に治り、再び大法の超常性を証明しました。
師父から神の筆を賜る
目が見えるうちに、私は何度も明慧網に投稿し、いくつかの記事が掲載されました。失明後、私は師父から三度も神の筆を賜って、常人には不可能な挑戦をさせてくださいました。
初めて筆を取ったのは、脳血栓の虚像が現れた同修に向けて書いたときでした。同修はその文章を見て感動し、涙を流しました。初めて4時間かけて法会の交流原稿を書き上げた日、功法を煉って抱輪をしていると、強力な温かい流れが私を包み込みました。その心地よさは言葉では表現しきれませんが、腕や手がなくなったように感じ、ふわふわと軽い感じがしました。これは師父が私を励ましてくださっていると感じました。
10年以上の間に、私は十篇以上の交流文章を書き、同修が整理して明慧網に送ってくれました。原稿は自分で書いたもので、目が見えないために非常に難しく、同修も整理に苦労しました。多くの妨害があったものの、師父のご加持のおかげで、何とか整理することができました。
私は何も見えませんが、私が歩んでいる道は神聖で明るい道です。この道は慈悲深く偉大な師父が指し示してくださったものであり、この道を歩むことで、私の心は常に明るく保たれています。