文/中国の大法弟子
【明慧日本2024年10月4日】私は毎日学法をし、法を暗記していますが、悪い習慣があります。それは、大法の書を閉じたらすぐにスマートフォンを手に取ってしまうことです。
最初は微信(WeChat)で友達とチャットをしていました。まるで学法を終えると任務を終えたように感じ、少し休んでリラックスしようと思ってしまいます。ほぼ毎日、クラスメートや友人と長時間話していました。師父が何度かスマートフォンの問題について語られていたのに、私は様々な言い訳をして微信を削除しようとはしませんでした。ロシア・ウクライナ戦争が始まってからは、戦況を気にし、常人の心と観念で、どちらかが勝利することを期待して見ていました。
毎年の中国の新年には、私は南方に住む娘の家にしばらく滞在します。言葉の壁もあり、真相を伝える方法として、真相を書いてある紙幣を使うことがメインでした。その紙幣を使って買い物をし、任務を終えたと思うと、休もうとして、スマートフォンを見ることが当たり前になっていました。
ある日、スマートフォンの画面に突然動画のアイコンが現れ、それを開いてみると、抖音(TikTok)の動画でした。「ああ、これが抖音か」と思い、それを見始めました。そこには様々な動画があり、何でもありました。私はまるで魔法にかかったかのように、毎日スマートフォンを手放せなくなり、ロシア・ウクライナ戦争だけでなく、抖音も見るようになりました。
娘は「お母さん、家に何も問題はないのに、そんな無駄なことを見て、無理に問題を作ってるんじゃないの?」と言いました。その言葉に私の心が動き、「ああ、もしかして師父が娘を通して私に警告しているのかもしれない。見ないようにしなさいと」と思いました。私はスマートフォンを置きました。しかし、数日後、また何もすることがないと、少しだけ見てしまいました。それが良くないことは分かっていましたが、見ないと心がむずむずして、どうしても心を惹かれてしまいました。
毎日、表面上は学法し、法を暗記し、煉功し、真相を伝えていましたが、心性は上がらず、体の状態も良くありませんでした。長年、脚の痛みや下半身の痒みが続いていました。
師父は何度も法を説かれ、携帯電話の問題に触れられました。私は微信を一度削除しましたが、バスやスーパーでQRコードを読み取るためという理由で、またインストールしてしまいました。
南方から戻った後、身近な同修が毎日時間を無駄にせず、学法し、真相を伝えている姿を見て、私は大きな衝撃を受けました。同修は毎日人々を救うために時間を惜しみません。彼らの心には師父の法があり、人々をどう救うか、三つのことをどうすればうまく行えるかを考えています。それに比べて私は、スマートフォンに溺れ、頭の中は常人の雑多なことばかりで、どれだけ貴重な時間を無駄にしたのだろう。師父に申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
5月13日、私たちの学法グループの同修数人で、厳かで神聖な小さな法会を開きました。同修たちは平和で素朴な心で、自分が人々を救う過程での感動的な話を感謝の気持ちで語っていました。私は恥ずかしさと罪悪感を感じながら座っていました。
私と同修を比べると、私は大きく差があり、師父に申し訳ない気持ちでいっぱいでした。私は心の中で師父に「師父、もうこれ以上このようにはできません。これ以上続けると、私は遅れを取ってしまいます。スマートフォンは私からどれだけの貴重な時間を奪ったのか。私は目を覚まし、元気を取り戻し、それにもう支配されないようにしなければなりません。それを捨てなければ」と言いました。
師父はおっしゃいました。「一人の修煉者として、あなたがもし強靭な意志をもたなければ、自分を制御できなくなり、ここまで達するのはなかなか難しいのです」(『轉法輪』)
5月13日以来、私は魂を奪われるようなスマートフォンを完全に手放しました。それはいつも私を惑わし、手に取りたくなるものです。私は自分に「もうスマートフォンを見たら気持ち悪くなる。それは魔であり、蛇であり、狐であり、黄鼠狼(イタチ)だ。私はそれを完全に手放さなければならない」と言い聞かせました。
この1ヶ月、私は体も心も軽くなり、心が晴れやかで、今までにない喜びを感じています。毎日、学法し、煉功し、正念を発し、真相を伝えて人々を救っており、以前よりも多くの人が三退してくれるようにさせました。体の状態にも大きな変化があり、長年悩まされていた脚の痛みはだいぶ良くなり、下半身の痒みもほとんどなくなりました。そして最も不思議なのは、右の眉毛の中にあった大きな黒いホクロがいつの間にか消えており、今は薄い黒い痕が残るだけです。
師父に感謝します。大法に感謝します。私を迷いから目覚めさせてくださったことに感謝します。
私は、修煉の道にはまだ多くの関門や試練があり、それを乗り越えなければならないことを知っています。私は使命を忘れず、勇猛精進し、師父が定めた道をしっかりと歩み、師父と共に家に帰ります。