文/中国の大法弟子
【明慧日本2025年1月5日】私は1998年に修煉を始め、大法弟子となりました。20年以上の修煉の道において何度もつまずき、心をえぐられ骨にまで突き刺さるようような執着心を取り除く経験をしてきました。しかし同時に、法輪大法の素晴らしさと神聖さにも深く触れることができました。師父の慈悲深いご加護があったからこそ、今日まで歩んでくることができました。師父に感謝申し上げ、大法に感謝申し上げます! 今、同修を救出する過程で、人心を修めて取り除き、執着心を取り除ていく過程を書き記し、同修の皆さんと共に向上し、交流したいと思います。
全体で協力して同修を救出する
2021年、同修の姉ともう一人の同修が法輪功の資料を配布したために不当に逮捕され、検察庁に送られました。その間、地元の雰囲気は非常に緊張し、同修たちは皆、どうすればいいのか分からず、途方に暮れていました。別の同修の家族は、迫害の真相(以下、真相)を理解していなかったため、弁護士を雇って刑を軽くしてもらおうとしました。
法輪大法は正法であり、同修が難に遭っている今、私たちは弁護士を雇って無罪を立証するための弁護を依頼しなければなりません。そこで、同修のAさん、同修のBさん、そして私の3人で救出チームを結成しました。同修たちのたゆまぬ努力によって、様々なルートを通じて、正義の弁護士を見つけることができました。そして、約1年という長く困難な救出活動が始まりました。
同修のAさんは人当たりが良く、心遣いが細やかで、いつもニコニコしていました。同修のBさんはすでに60歳を超えており、比較的落ち着いていて正念が強いです。私たちは出発点を正しくして、同修の救出を通じて、虚言に騙されている検察官や裁判官を救い済度しようと考えました。なぜなら、彼らは最もかわいそうな人たちだからです。彼らに真相を理解させ、大法の救い済度を得させることが大切でした。
最初は全く手がかりがなく、途方に暮れていたため、同修のAさんが明慧ネットから「法律を利用して迫害に対抗する」というテンプレートをダウンロードし、私と一緒に書類を作成しました。
まず、警官が不当に人を逮捕し、不当に家宅捜索を行ったとして、警官が職務怠慢罪(訳注:警官が市民の権利を保護する義務を怠り、不当な逮捕や家宅捜索を行った罪)や徇私枉法罪(訳注:じゅんしおうほうざい。司法関係者が私的な感情から法律を曲げて、無実の人を有罪にすること)などの法律に違反した、と訴える告訴状を作成しました。また、12337政法告発プラットフォーム(訳注:警察や検察などの法執行機関に関する不正行為や違法行為を告発するためのインターネット上のプラットフォーム)で警察を告発し、さらに、同修が逮捕された案件に関わった関係者に真相が書かれた手紙を郵送しました。
真相が書かれた手紙を郵送した日の昼食後、しばらく正念を発し、続けていくつかの郵便局に分けて真相が書かれた手紙を郵送しました。その途中で、師父の『洪吟二』「正念正行」を心の中で念じました。「大覚は苦を畏れず 意志は金剛より鋳られる 生死に執着無く 坦たり正法の路」と念じているうちに、恐怖心は消え去り、かえって自分が大きくなったように感じました。師父が私のそばにいて下さり、困難に直面しても、前へ進むよう励ましてくださっていると確信しました。
私たちが雇った弁護士は、これまでにもこのようなケースをいくつも担当しており、私たちは彼に任せきりでした。「彼はこの種の訴訟の経験があるし、どうすればいいのか知っている。彼に任せれば大丈夫だ」と安易に考えました。ある同修から、私たちが弁護士に頼りすぎていると指摘され、明慧ネットからダウンロードした成功事例を弁護士に見せるように促されました。そこで、土曜日に弁護士事務所の前で3人で会う約束をし、用意した資料やフリーゲート(訳注:ネット封鎖を突破するソフトウェア)をダウンロードし、インターネットで大法が世界中で広まっている様子を弁護士に見せました。
弁護士は、何度も留置場に行って、姉に面会しました。私たちは事前に準備しておいた師父の著作『精進要旨』「内を修めて外を安定させる」を弁護士に渡して、姉のために読んでもらうと同時に、正念を持って正しく行うように励ましました。そして、同修たちが皆、心の中で姉の正念を支えていることを伝えました。姉も留置場で縁のある人たちを救い済度しており、三退名簿を弁護士に託して、無事に持ち出すことができました。同修たちは、それぞれ役割分担をして一つの全体を形成しました。ある人は1時間ごとに正念を発し、ある人はアイデアを出し、またある人は、明慧ネットで情報を収集するなど、皆が協力し合いました。
12月になっても良い知らせは届かず、一審で2人の同修が不当に有罪判決を受けました。私たちはそれを聞いてとても悲しく思いました。心を落ち着けて考えてみると、私たちの心性が十分ではなかったのではないか、という思いが湧き上がってきました。例えば、捜査を担当した警官に、直接真相を伝えていなかったこと、検察官や裁判官に真相を伝えるための手紙を送り、手紙を通して彼らが法に基づいて判断し、冤罪を犯さないように、自分自身と家族のために良い選択をしてほしいと願っただけでした。また、私たちは弁護士に任せ切りになってしまい、自分たちでできることも弁護士に任せようとしていた依存心にも気づきました。私たちは心性を高め、もっと多く法を学び、自己中心的な考え方を取り除く必要があると感じました。
師父は私たちに人を救う心があることをご覧になり、もう一度チャンスを与えてくださいました。一審が終わり、不当な判決を受けた2人の同修は、同時に控訴状を提出しました。そこで、弁護士を雇うべきかどうかについて長い間話し合いました。弁護士に意見を求めたところ「二審は基本的に形式的なもので、開廷されることはほとんどない。無駄な労力やお金を使うべきではない」と言いました。そんなはずはないと、私たちは皆、不可思議に思いました。
そこで、私たちは力を注いで正念を発し、師父にご加持をお願いし、師父が按排してくださった道を歩み、必ず裁判を開かせ、より多くの人々に真相を理解させようと決意しました。同修の提案で、姉の親族が弁護人になり、私は姉の親友として弁護人になることにしました。
二審で受け身から積極的な姿勢に変わる
私たちは、「受け身から積極的な姿勢に転じるべきだ、積極的に裁判長に会いに行くべきだ」と話し合いました。私たちには何も恐れるものはありませんでした。恐れているのは中共の方でした。彼らは私たちが彼らの虚言を暴露することを恐れていました。
私たちは明慧ネットの「法律を利用して迫害に対抗する」というテンプレートに従って、一つ一つ記入していきました。主に書いたのは、
・「弁護人選任届」(訳注:「この弁護士に私の弁護をお願いします」ということを正式に裁判所に伝える書類)
・「二審公開開廷申請書」(訳注:第一審の判決に不服がある場合に第二審の裁判を公開で行うように裁判所に求める書面)
・「告訴状」
・「押収物還付請求書」(訳注:警察に押収された物の返還を求める書面)
・「違法証拠排除申請書」(訳注:捜査機関が違法な手段で収集した証拠を裁判で証拠として採用しないように裁判所に求める書面)
・「無罪証拠開示請求書」(訳注:裁判において被告人の無罪を証明する可能性のある証拠を裁判所に対して開示するように求める書面)
・「勾留必要性審査申請書」(訳注:勾留が本当に必要かどうかを裁判所に審査してもらうために提出する書類)
・「記録閲覧請求書」(訳注:裁判において関係する記録(書類、証拠品など)を閲覧することを裁判所に求める書面)
・「面会・通信申請書」(訳注:勾留されている被疑者と面会や通信(手紙のやり取りなど)を行うために裁判所に許可を求める書面)
・「強制措置変更申請書」(訳注:検察官などによって行われた強制処分(逮捕、勾留、捜索、押収など)の変更を求める書面)
・「証人尋問請求書」(訳注:特定の人物を「証人」として法廷に出廷させ証言を求めることを裁判所に申し出る書面)
・「忌避申立書」(訳注:裁判官が不公正な判断を行うおそれがあると判断した場合にその人物を排除することを求める書面)などでした。
書き上げた後、弁護士と同修たちが整理を手伝ってくれ、貴重な意見も出してくれました。修正後、同修からよく書けている、とても専門的だと言われました。
こうして私たちは時間を約束し、高等裁判所で主任裁判官に会うことになりました。
裁判所の門に着くと、裁判所に縁のある人々が大法の真相を聞き、「心からの九文字」を覚えて、大法による救い済度を得られるようにと、私たちは近距離で強い正念を発しました。当時、コロナ禍だったため、身分証明書と健康コード(訳注:スマホ画面上で表示するQRコードで、持ち主の新型コロナウイルスの感染リスクを示すもの)が必要でした。私は同修のBさんに意見を求め「中に入りますか?」と尋ねました。身分証明書も必要になるので怖いかどうかを尋ねると、Bさんは力強く「怖くありません。怖いならここに来ていません。私たちは一心同体です。入るなら一緒に入ります」と言いました。こうして私たち3人は一緒に無事に裁判所に入りました。
ロビーに着くと、私たちは長椅子に座りましたが、心臓がドキドキしてとても緊張しました。同修のBさんが「緊張しないで、発正念しましょう」と言いました。私たちは長椅子に座ってしばらく正念を発しました。しばらくすると、同修たちの正念も高まってきたので、同修のAさんが裁判官に電話をかけました。裁判官は「陳情受付事務所に来てください。今日はちょうど私が当番です」と言いました。こうして、私と同修のAさんは裁判官に会いに行き、同修のBさんはロビーの長椅子で引き続き正念を発しました。
陳情受付事務所に着くと、40過ぎくらいの、とても厳しそうな表情の人が座っていました。私が小声で「〇〇裁判官ですか」と尋ねると、彼女はそうだと言い、何か用かと聞きました。私たちは上訴人の妹だと伝え、姉が不当に判決を受けたことを話し、裁判長に法に基づいて裁判を行い、一審の裁判所の判決を取り消し、姉を釈放してほしいと訴えました。裁判官は「有罪かどうかは私たちが決めることではありません。私たちには内部文書があります」と言いました。私たちは急いで作成しておいた二審公開開廷申請書などを渡しました。申請書には主に、1、公安機関の捜査手続きの違法性、2、検察機関の公判手続きの違法性、3、裁判所の裁判手続きの違法性、などが書かれていました。裁判官はしばらく見てから、誰が書いたのかと尋ねました。私は慌てて「弁護士が書いてくれたのです。私たちも法律を理解しています」と言いました。裁判官は、資料を整理すると「帰りなさい」と言いました。
その後、私たちは急いで善を勧める手紙を渡すと、裁判官は一瞥して、非常に憤慨し「ここで私にこんな話をするのか、出ていきなさい、早く出ていきなさい!」と言いました。裁判官がどんなに叫んでも、私たちは心が動じることはなく、ただ彼女が虚言に騙されていることを気の毒に思いました。同修のAさんは、笑顔で裁判官に「私たちは、あなたのためを思って言っているのです!」と言いました。
私たちは善を勧める手紙を持って出て行きました。私は心の中で「いつか彼女も真相を受け入れるだろう」と思いました。私たちが外に出ると、同修のBさんはまだ私たちに正念を発していました。私は「よかった、少なくとも私たちの資料は受け取ってくれました。彼女は見るでしょう」と言いました。同修のBさんが、私が手に持っていた善を勧める手紙を見て、なぜ裁判官に渡さなかったのかと私に尋ねました。私は「彼女は『要らない』と言って、私たちを怒鳴りつけました」と答えました。
同修のBさんは「彼女が要らないのなら、彼女の助手に渡して見てもらえばいいです」と言いました。私たちはすぐに助手に電話をかけ、先ほどの資料がまだ全部渡せておらず、一部置いてきてしまったので、取りに来てほしいと伝えました。助手は2階にいると言い、私たちに2階で待っているようにと言いました。私たちは2階に上がりました。2階は審判廷(訳注:少年事件や家事事件で使われる法廷)で、部屋がいくつも並んでおり、室内にはたくさんの椅子があり、机の上には札があり、札には裁判長、裁判官と書かれており、マイクもあり、隅にはビデオカメラも設置されていました。
審判廷の光景を見て、私は一気に耐えられなくなり、その場にしゃがみ込んでしまいました。私は比較的臆病な性格で、幼い頃から今まで、こんな場面に出くわしたことがなかったので、心臓がドキドキして、体が震えました。その時、同修のBさんが厳しい口調で私に「早く立ちなさい! 早く立ちあがりなさい!」と言いました。同修のAさんとBさんはゆっくりと私を椅子に座らせました。しばらくすると裁判官の助手がやって来たので、同修のAさんとBさんが一緒に真相が書かれた手紙を彼に渡し「よく読んでくださいね、福報がありますよ」と笑顔で言いました。助手は頷いて、笑顔で中に入って行きました。
(続く)