【明慧日本2025年3月29日】北京市延慶区の法輪功学習者である楊進香さんは3月12日、審理時間が非常に短く、弁護側の主張が十分に考慮されないまま二度目の不当裁判を受けた。最近、楊さんの弁護士に通知があり、楊さんが懲役1年を言い渡されたことが判明した。これは楊さんにとって三度目の不当な判決となる。
楊進香さん |
楊進香さんは1964年3月生まれの女性で、現在61歳。北京市延慶区大荘科郷に在住。楊さんはかつて腹膜結核、副鼻腔炎、腎臓病、皮膚病、生理痛、神経衰弱などの病気を患い、いったん転べば立ち上がれないほどの虚弱体質だった。
1996年、32歳になった楊さんは法輪功(ファールンゴン)の修煉を始め、わずか1週間で複数の難病がほぼ完治し、肌の色は白く透明感が出て赤みがさした。心は軽やかになり精神も充実した。楊さんの父親はそのさまを見て喜び、妻(楊さんの母親)にこう言った。「この子はまるで別人になったようだよ」
中国共産党(以下、中共)による法輪功への狂気的な迫害下においても、楊さんは人々に法輪大法の素晴らしさを伝えたため、複数回にわたり中共に連行され、不当に拘禁され、9年と2年4カ月という2回の不当刑の判決を受けて、この2回の服役中には様々な拷問を受けた。
2024年6月6日、楊さんは北京市海淀区の公安によって永寧鎮の自宅から連行され、公安・検察・裁判所の結託により冤罪を着ることになる。
まず、2024年11月1日、北京市海淀区裁判所山後法廷で楊さんにとっては1度目の不当な裁判が行われた。2025年3月12日午前10時には、北京市海淀区裁判所で楊さんの2度目の裁判が開かれ、わずか数分間の開廷時間中、特に何の主張もされないまま裁判は終了した。その2日後、裁判所は楊さんの弁護士あてに、楊さんに懲役1年の判決を下した旨の通知をよこした。
2002年に懲役9年の不当判決
時を遡った2002年9月、楊さんは河北省廊坊市へ向かう途中、乗ったタクシーの運転手に法輪功に関して伝えたところ、運転手に通報され、警官に連行された。このときは、懲役9年の刑を受け、北京女子刑務所に拘禁された。
獄中では、楊さんは「転向」を拒否したため、手錠と足枷をはめられ、冬に冷水を浴びせられ、靴底で顔を蹴られた。また、長時間にわたって両手両足をベッドに縛りつけられて身体を「大の字」に引っ張られたり、木製の櫛で数本の歯を無理やり抜かれたり、残忍な強制灌食を受けたり、毒針を打たれるなどの拷問を受けた。
楊さんが北京女子刑務所で受けた体験については、『9年の冤罪で苦しめられた 北京の楊進香さんが再び裁判所にでっち上げられる』を参照。
2021年には2年4カ月の不当判決
2021年6月27日、楊さんと夫の韓仕民さんは北京市公安局延慶区分局永寧鎮派出所の警官によって連行され、拘禁され、冤罪を着せられた。
2022年4月8日、楊さんと韓さんは延慶区裁判所で裁判を受け、韓さんは1年10カ月の不当刑、楊さんは2年4カ月の不当刑を宣告された。
その結果、夫の韓さんは延慶留置場に拘禁された。まもなく、身体に深刻な症状が現れたため、保釈され帰宅した。このあとも裁判所は頻繁に韓さんの自宅を訪れ、韓さんが病状によって保釈されたに過ぎなかったため「収監」のし直しを迫り、身体検査を強要した。韓さんは2024年3月31日に冤罪が晴れないまま死去した。享年59歳。
2023年10月26日、楊さんは2年4カ月の留置場での迫害を経て帰宅した。
楊さんがこの2度目の冤罪による拘禁から帰宅して1年も経たない2024年6月、北京市の公安・検察・裁判所により無実の罪を着せられ、現在楊さんが三度目の不当判となる懲役1年の不当判決を受けたことが分かった。
(注:法輪功学習者を迫害している主要な責任者らの情報は、中国語のページを参照)