—— 国民党四大家族を例に
文/張天義
【明慧日本2025年3月31日】中国の伝統文化において、善良と誠実は人として守るべき原則です。しかし、中国共産党(以下、中共)の闘争の魔法は、嘘と暴力という黒魔法(他人に危害を与えるための技)を基本としています。
歴史的視点から見ると、中共は嘘、暴力、そして悪しき闘争をもって政権を奪取しました。彼らは長年にわたり、闘争する相手の名誉を徹底的に失墜させることを重視してきましたが、1999年7月に法輪功への公然な迫害が始まってから、そのテクニックを最高のレベルに習得し、党全体、国民全体、そして社会の各分野にわたる職業的な闇のメカニズムが確立されました。まず「名誉を失墜させる」ことから始め、迫害対象者の道徳的な信用を失わせ、次に経済的に破綻させます。それでも相手が立ち向かうならば、拘束、肉体的および精神的な拷問、さらには殺害や遺体の焼却にまで至ります。
継承された遺伝子の観点から見ると、中共は生まれながらにして血を好み、闘争を求め、邪悪であることが運命づけられています。なぜなら、彼らが受け継いでいるのはマルクスやレーニンの遺伝子であり、「西から来た幽霊」の子孫だからです。
一、国民党の四大家族
まずは、中共が中国本土の政権を奪う前の「四大家族」の事例を見てみましょう。中共がどのようにして「名誉を失墜させる」手法を極め、最終的に「嘘をつくことにおいて世界一」の敵対勢力となったのかを検証してみます。
抗日戦争勝利後、中共は国民党政府の名誉を失墜させるためにブラック・プロパガンダを頻繁に使用しました。たとえば、陳伯達が執筆した共産党の宣伝資料『四大家族』では、国民党の蒋介石氏、宋子文氏、孔祥熙氏、陳果夫氏の四大家族の財産規模を極端に誇張しました。
さらに、中共は新聞、ラジオ、教科書、宣伝パンフレット、映画、演劇、ポスター、さらには道路脇の壁のスローガンに至るまで、あらゆる手段を駆使して日々、そして何年にもわたり、絶え間ない洗脳宣伝を行いました。その結果、中共は思い通りに国民党の名誉を失墜させることに成功し、中国国内の人々の固定観念の中で「国民党四大家族」という言葉はほぼ「腐敗と不正の象徴」として刷り込まれ、無意識の反応として定着しました。
もちろん、中共が中国人に対して行う洗脳訓練はこれに限ったことではありません。今日に至るまで、数億人もの中国人が「日本」と聞けば即座に「南京大虐殺」を思い浮かべ、「アメリカ」といえば「米帝国主義」や「西側の敵対勢力」と結びつけ、「西側社会」といえば「腐ったもの」「資本主義」と刷り込まれています。このような事例は枚挙に暇がなく、さらにはアメリカやヨーロッパにおいても、多くの主流メディアを中共の「名誉を失墜させる」プロパガンダの分身にしてしまいました。
現在、悪魔が世界を支配する状況の中で、中共はより広範な人脈を持ち、より豊富な資源を手にしています。単なる金銭や色仕掛けといった公然の秘密にとどまらず、中国国内および海外の教育機関までも「統一戦線工作」の道具として活用しています。その統戦の第一歩こそ、嘘を歴史として教え、嘘を事実として植え付け、「名誉を失墜させる」ための基礎情報を、中共に何らかの利益を求める人々に対して浸透させています。
近年になり、歴史資料の機密解除が進むにつれて、多くの真実が次第に明らかになりました。その結果、いわゆる『四大家族』の話は、根拠のない中傷に過ぎず、中共による悪意あるデマであったことが判明しています。
1950年代、国民党の元老である陳立夫氏はアメリカへ渡り、生計を立てるために苦労を重ねました。彼は旧友の孔祥熙氏らから約2万ドルを借り、小さな養鶏場を購入しました。しかし、彼には手伝ってくれる人はおらず、自ら餌やり、卵拾い、飼料の仕入れ、卵の販売、鶏糞の掃除まで、すべての作業を担いました。
彼は養鶏の専門知識を独学し、すぐに鶏への投薬や注射まで習得しました。さらに、余暇には中国の伝統文化を研究し、プリンストン大学の客員教授として講義を行いました。数日ごとに大学へ行き、学生たちに教鞭を執る一方で、臭気漂う鶏舎を掃除しなければならない現実は、決して楽なものではありません。
もし彼が中共の宣伝通り「巨万の富を持つ大財閥」であったなら、大学で講義をし、読書に没頭する生活を選ぶはずです。なぜ、わざわざ悪臭に満ちた鶏舎で生計を立てなければならなかったのでしょうか? それこそが、中共の「四大家族=巨額の富を独占した悪人」というプロパガンダが、いかに虚構であったかを証明しているのです。
台湾に残った陳立夫氏の兄、陳果夫氏は肺結核を患い、高額な医療費を必要としていました。すでに高官の地位を退いていた彼は経済的に困窮し、最終的に特別許可を得て5000銀元(1933年に中華民国国民政府によって導入された通貨単位)の治療費を受け取りました。しかし、それでも十分な治療を受けることはできず、わずか1年後の1951年8月25日、病状が悪化し帰らぬ人となりました。
元中華民国財政大臣の宋子文氏の家族は、58箱の資料をアメリカのスタンフォード大学フーバー研究所のアーカイブに寄贈しました。その中には、1941年から1968年まで、宋子文氏の死亡前の全ての個人財産のリストが含まれており、各財産報告書にはアメリカの公認会計士の署名があります。
1971年4月、77歳の宋子文氏が死去しました。彼が住んでいたニューヨーク州の税務官たちは、この故人の身分や巨額の財産についての伝説を思い浮かべ、やや時宜を欠いた興奮を感じずにはいられませんでした。彼らはすぐに宋子文氏の資産調査を開始しましたが、結果は大いに失望を招きました。宋子文氏の固定資産を除いた非固定財産は100万ドル余り、さらに20年間で大幅に値上がりした不動産を含めても、総額は700万〜800万ドル程度でした。相続税を差し引いた後、残されたのは妻の張楽怡氏に500万ドルのみでした。このような財産は、裕福な人々がひしめくニューヨークでは全く注目に値しませんでした。
2006年のある国際会議で、アメリカのフーバー研究所の郭岱君博士は、「アメリカの学者であるドナルド・ジョーダンという人物が、宋子文氏が横領による不正蓄財した証拠を非常に真剣に探していたが、見つからなかった」と語りました。郭博士は続けて、「現在、ほとんどすべての資料が公開されており、どの学者も宋子文氏の横領に関する証拠を見つけることはできなかったのです」と述べました。
中華民国の元首であった蒋介石氏が死去した際、遺産は一切残されていませんでした。蒋夫人は孔家(孔祥熙氏一族)のアパートで亡くなり、残されたのはわずか12万ドルの預金でした。1988年1月13日、蒋経国氏が死去した際、遺族に残されたのは、蒋経国氏が死の直前に支給された20カ月分の給与、合計115万2000台湾ドルだけでした。1992年、蒋方良氏(蒋経国氏の妻)は白ロシアの首都ミンスクの市長と副市長と面会し、2人の市長が彼女に故郷を戻るよう誘いました。蒋方良氏は「今はお金がないので、帰れません」と答え、これに2人の白ロシア市長は驚愕しました。
アメリカ政府内では、一時期「誰が中国大陸を失わせたのか」という議論が起こりました。ソ連が中共に大量の武器を提供する一方で、アメリカは中華民国への支援を停止していました。一部の人々は責任を逃れるため、その責任を当時の財務大臣であった孔祥熙氏に転嫁しました。国民党政府の行政院長兼財務大臣を務めた孔祥熙氏は、アメリカが蒋介石に援助した38億ドルのうち、7.5億ドルを彼自身が占有していたとされています。これがアメリカが中華民国への援助を停止する一因として、世論に広まりました。
背後にある真相は何なのでしょうか? それは、ソ連の弟分である中共が中国本土を奪取するために、「名誉を失墜させる」という策略を使ったのでしょうか? 名誉を失墜させ、道徳的に人々の信頼を失わせることができれば、「経済的に破綻させ」、「肉体的に消滅させる」ことは難しくないのです。
危機的中で、孔祥熙氏と宋子文氏は共に一通の手紙をアメリカ合衆国議会に送り、彼ら2人のすべての財産をアメリカ政府に公開するよう求めました。
1950年5月10日、(アメリカ合衆国)国会議事録に公開された孔祥熙氏が国会に送った手紙の中で、彼はこう述べました。「私は、アメリカ合衆国国務省または財務省が私のアメリカにおけるすべての個人財産を公開することに完全に同意します」。彼はさらに「共産党の災害により、私は中国でのすべての事業と財産を失いました。その際に持ち出せた資金は、私と家族の生活をかろうじて維持するのに十分なものでした。私は、これが現在私がアメリカの普通の住民に過ぎないことを証明するのに十分であると信じています」
宋子文氏の手紙にはこう書かれています。「私はアメリカ財務省または政府が私のすべての財産を公開することに全く反対しません」また、彼はアメリカ国務省にも別の手紙を書きました。「私は外国人であり、この国ではもちろん、どんな論争にも巻き込まれたくはありません。私は自分の名誉を晴らしたいだけです!」
その後、上述の事件に関して、米国対中政策委員会は650の新聞社の編集者に書簡を送り、国務省に対し、メディア報道に関するこの論争の詳細な資料を公開するよう求めました。 その結果、米国国務省は何の資料も提示することができませんでした。なぜなら、それらはすべて中共が作り出したデマであり、事実の証拠がまったくなかったからでです。
歴史の真実は、時の流れの中で次第にその姿を現します。中共の数十年にわたる宣伝攻勢のもと、「人民の敵」「吸血鬼」と誹謗された蒋・宋・孔・陳の四大家族の実際の生活状況は、むしろ哀れを誘うものだったのです。
公正は人々の心の中にあります。中共が政権を握って間もなく、50万の軍を朝鮮戦争に派遣し、そのうち2万余りが捕虜となりました。その中の1万4千余人は中国本土への帰還を拒み、故郷を離れ台湾へと向かいました。善悪の違い、人心の向背は言わずとも明らかです。中共が中国人民にもたらした苦難は、数え切れないほどあります。
二、法輪功
法輪功とは何でしょうか? 簡単に言うと、法輪功は法輪大法とも呼ばれ、真・善・忍を指導理念とする仏家の修煉法門です。以前は1人にしか伝えない内密に修煉していましたが、1992年に初めて公開されました。
「真・善・忍」と中共のマルクス・レーニン主義の遺伝子やイデオロギーは、まったく無関係であり、「神のものは神に帰属し、サタンのものはサタンに帰属する」とも言えるでしょう。しかし、中共は「法輪功を根絶する」という目的のために、長年培ってきた政治闘争の手法を駆使し、「名誉を失墜させ、経済を破綻させ、肉体を消滅する」という方針をまとめました。そして、この方針に基づき、今回の「仮想敵」である法輪功に対して、あらゆる手段を用いた徹底的な弾圧を行ったのです。
中共の「名誉を失墜させる」という手口は、江沢民が共産党内部に発した文書から始まりました。その内容は真実と虚偽が入り混じり、邪悪な言葉に満ちており、事実と偽情報を分別するのが難しいものでした。
当時(1999年)の中国では、10人に1人が法輪功を学んでおり、人々は法輪功が「真・善・忍」を大切にし、病気を癒し、道徳を向上させることを知っていました。そのため、中共の機密文書は何度も社会に暴露されました。
そこで中共は、自らの罪を隠し、責任追及を避けるために、後の弾圧に関する文書を極力作成せず、主に口頭での秘密の命令という形で指示を出すようになりました。この命令は「610弁公室」を通じて、中共の各級の公安・検察・裁判所に伝えられたのです。
「610弁公室」は海外の法輪功学習者によって何度も暴露・告発され、国際的な圧力を受けました。その結果、中共は表向きにはこの機関を撤廃したと称しましたが、実際には「安定維持弁公室」など別の名称に変更し、引き続き中央から地方、さらには海外の駐在機関に至るまで、各システムや分野において法輪功を弾圧するための専属担当者を配置し続けています。
中共は法輪功を弾圧するために、ありとあらゆるデマを巧妙に捏造しました。人々が嫌悪するものは何でも作り上げ、恐怖を煽るものは何でも利用しました。例えば、「自殺」「殺人」「病気になっても薬を飲ませない」「腹を裂いて法輪を探す」「反科学的」「世界の終末を宣伝している」「政治的な目的がある」「反人類的」「厳格な組織がある」「外国の反中勢力に支援されている」「X教(邪教)」などといった誹謗中傷を次々とでっち上げ、人々を欺こうとしたのです。
中共の絶対的な支配下にある中国国内の2000以上の新聞社、1000以上の雑誌社、数百のテレビ局やラジオ局、さらにインターネットメディアまでもが総動員されました。1999年7月以降のある時期には、中央テレビ(CCTV)は毎日7時間にもわたって、あらかじめ捏造された各種の番組を放送し、あらゆる手段を尽くして法輪功を誹謗中傷しました。各地方のテレビ局も中央テレビの番組を次々と再放送し、国内全体で法輪功を名誉を失墜させ世論を圧倒的な規模で形成したのです。
幸いなことに、中共がどれほど徹底的に誹謗中傷を行ったとしても、法輪功は残酷な弾圧の中で20年以上にわたり広がり続け、現在では世界100以上の国と地域で伝えられています。法輪功の主要な著作である『轉法輪』は、すでに40以上の言語に翻訳されています。つまり、中国国内であれ、世界各国であれ、「真・善・忍」を指導として修煉し、心性を高める人々が常に存在し続け、新たに修煉を始める人も後を絶たないのです。
イギリスの哲学者ベーコン氏は、嫉妬が嫉妬者に危険と災難をもたらすと語っています。また、中国にも「善には善の報いがあり、悪には悪の報いがある」という伝統的な格言があります。江沢民から始まった中共の首魁らは、法輪功の評判を妬むためであれ、または中共という邪悪な政党を維持するためであれ、法輪功に対して27年間もの迫害を行ってきました。しかし、その迫害も終わりを迎える時が近づいていると思われます。
いつの日か、中共が突然崩壊し、迫害が止まり、加害者が自然災害と人為的な災禍で罰を受けることになっても、私たちは驚くことはありません。今、凶器を置くのは遅すぎるかもしれませんが、驚くべき大罪はすでに存在しており、少なくとも地獄の火に少しでも薪を足さないようにすることはできるかもしれません。