帰還への道

文/中国の大法弟子

 【明慧日本2025年5月13日】子どもの頃、両親は不仲で、毎日のようにケンカや別居を繰り返していました。私たち子どもにはほとんど関心を示さず、家庭には幸福や温もりが感じられませんでした。その影響で私は自信を失い、繊細で内向的になり、人との関わりが怖くなってしまいました。そんな中、本を読むことが唯一の救いとなり、とくに恋愛小説に心の慰めを求めるようになりました。「素敵な男性が現れ、一生幸せにしてくれる」──そんな夢が、私の人生の憧れとなっていきました。

 大法との出会い

 就職後、両親は私の住む町に引っ越してきました。年老いて病気がちになった2人を見て、「このまま傷つけ合いながら一生を終えるのか」と思っていました。ところが、ある日、知人の勧めで両親が法輪功に出会い、『轉法輪』を読み始め、毎朝の集団煉功にも参加するようになったのです。すると家庭の雰囲気が一変し、私は初めて家庭の温かさを感じるようになりました。

 しかし1999年7月20日、中国共産党(以下、中共)が法輪功への迫害を始めました。大法の素晴らしさを知っていた私は、修煉を続ける両親を支えました。

 母は私にも修煉を勧め、師父の説法ビデオを一緒に見たり、煉功場に連れて行ってくれたりしましたが、私は修煉に踏み切れませんでした。ある日、師父が同修の口を通じて「修煉の機会を逃してはいけない」と私に伝えてくださり、その言葉に心を打たれ、私は『轉法輪』を読み始め、本格的に修煉しようと決意しました。その夜、私は夢を見ました。暗く汚れた欲望に満ちた場所から必死に逃げる中、空に巨大な目が現れ、天まで続くはしごが降りてきました。私はそれを登ろうとしました。目が覚めたとき、「これは私が本気で修煉しようとしたからこそ、師父が私に示してくださった道だ」と確信しました。

 苦難を乗り越える

 その後、母が中共に迫害され不当に監禁され、父はそのショックから修煉をやめ、重い病に倒れました。父は私まで迫害されるのを恐れ、私の学法や煉功を激しく禁じ、毎日のように罵倒しました。また、警察や地域の関係者が頻繁に家に押しかけ、父が病気で介護が必要と知りながらも、私は無理やり連行され、洗脳班に隔離されました。職場では同僚が陰口を言い、友人たちは私から離れていき、「ビルから飛び降りたりしないよね?」と言われたこともありました。

 そんなとき、私は現在の夫と出会いました。私が父を黙々と介護する姿を見て、彼は優しく接してくれました。周囲が冷たくなる中、彼の温かさは私にとって救いのように感じられました。

 私は彼に修煉者であることを正直に伝え、『轉法輪』も読んでもらいました。彼は中共の本質にも一定の理解があり、大法に反対はしませんでした。こうして交際が始まりましたが、私は当時、法の理解が浅く、「彼との関係が迫害からの避難所になる」と錯覚していました。

 その後すぐに結婚しましたが、夫の本性が徐々に明らかになりました。彼は短気で怒りやすく、些細なことで怒鳴ったり、時には暴力をふるうこともありました。私は子どもの頃に見た両親のケンカを思い出し、「この運命から逃れられなかった」と絶望しました。

 心を正す

 私は結婚生活のトラブルの中で、「修煉者だから」と自分に言い聞かせましたが、それは本当の「放下」ではなく、心には恨みや恐れが残っていました。結局、私は内に向けて自分を修めることができず、大きな試練を招いてしまい、中共に連行されて労働教養所に1年間不当に拘束されました。

 労働教養所から家に戻った後、夫とその家族は私がまた修煉すれば再び迫害されるのではと恐れ、修煉に激しく反対しました。大法の書籍を取り上げられ、暴力をふるわれることもありました。それでも私は修煉を続けました。しかし、心から法に向き合うことができず、情に対する執着や「幸せな家庭を築きたい」という人心を捨てきれずにいたため、心の関を乗り越えることができませんでした。その結果、私は再び不当に拘束され、多くの衆生を救う機会も失ってしまいました。

 多くの魔難は、私の人心に邪悪が付け込んで生じたものです。人心を手放さなければ、試練はさらに厳しくなり、最後には生死を放下しなければ乗り越えられなくなってしまうのです。

 ある日、また夫が凶暴な態度で、私の学法をやめさせようとしました。私は心を決め、固い決意で「たとえ死んでも、私は修煉をやめません!」と言いました。その瞬間、夫は呆然とした様子で立ち尽くし、やがて苦笑して首を振り、義父母に向かって「もう彼女のことは放っておけ。死んでも修煉するって。まさか、死なせたいわけじゃないだろう?」言いました。その日を境に、彼らの妨害はかなり少なくなりました。なかなか精進できない私を見捨てず、導いてくださった師父の慈悲に、心から感謝しました。

 経済的迫害を解体する

 私は真剣に学法し、内に向けて探し、長時間の発正念によって、家族の救いを妨げる邪悪な要素を取り除こうと努力しました。家族とは、ただ一緒に幸せに暮らす相手ではなく、この歴史的な時期に「正しい選択」をし、救われるべき存在だと気づいたのです。

 私は夫に、大法の素晴らしさと迫害の実態について話しました。夫も大法の良さを理解しており、「大法が悪いのではなく、あなたたちがしっかりと修めていなかったからだ」と言うこともありました。時には、正念に満ちた発言をする彼を見て、「やはり多くの人は大法と縁があり、神性もある」と感じました。ある日、彼は自ら進んで「三退」を申し出てくれました。そのとき私は、心から彼が救われたことを喜びました。

 私は国有企業に勤めていましたが、修煉をやめなかったために、常に監視され、給料を差し引かれ、業務から外され、正当な休暇さえ与えられませんでした。さらには労働教養所に1年以上も不当に入れられました。そんな中、夫は「正義を守るために、会社に給料の支給を求め、正当な労働待遇を求めるべきだ。横断幕を掲げてでも闘うべきだ」と主張しました。彼は法律を調べ上げ、私と相談のうえで、正式な訴状を作成し、職場を訴えました。

 この行動は、地元では初めての法輪功学習者による法的権利行使の試みであり、それまで多くの同修は「法律を通じて迫害に対処する」という考えすら持っていませんでした。夫は司法機関や職場幹部のもとに何度も足を運び、「彼女に対する処分は法的根拠が一切ありません」と堂々と訴え、違法行為に対する賠償を求めました。彼は、「法律に明文がなければ罪ではない」、「公務員が法的根拠なしに行動することは許されない」、「労働教養制度は憲法や行政処罰法に違反しており、すでに廃止された。これを理由に解雇するのは違法である」などと主張しました。

 その主張に職場の幹部たちは反論できず、最後には「今思えば、私たちこそ違法だった」と陰で認めるようになりました。私も繰り返し関係者に、大法の素晴らしさと迫害の実態を伝えました。その結果、ある担当者は自ら三退しました。粘り強い努力の末、職場側は最終的に補償金の支払いを申し出て、和解を求めてきました。

 この経験を通じて私たちは、多くの迫害実行者は法律を正しく理解しておらず、私たちが真実を伝えることで、彼らも悪行をやめ、正しい道を選べるのだと実感しました。

 大法の素晴らしさと迫害の実態を伝えることが救い

 長年、私は真相を伝える活動を行ってきましたが、恐怖心や人の目を気にする心から、なかなか積極的にはなれませんでした。しかし、同修たちの励ましにより、少しずつ自分の道を歩めるようになりました。普段から正念を発して自分の空間場を清め、インターネットで同修の体験談を学び、「臓器狩り」や中共の邪悪な本質についての資料も集めました。特に『共産党についての九つの論評』は大変参考になりました。

 活動を通して気づいたことがあります。それは、多くの人が「三退してください」と言うとすぐに応じてくれますが、後で聞くと「なぜ三退が必要なのか分からなかった」と言うことが少なくないということです。大法の素晴らしさや迫害の真実を伝える目的は、ただ三退のためではなく、相手が心から理解し、自ら救われることにあります。だから私は、できる限り丁寧に説明するように心がけ、インターネット封鎖を突破できるソフトも渡し、自分で調べられる環境を整えるようにしています。

 私は、自分の心を込めて伝えれば、師父が智慧を授けてくださることを実感しています。最も大切なのは、「他人のため」という無私の心で臨むことです。この神聖な使命を私たちに託し、人々を災難から救えるようにしてくださった師父に、心から感謝しています。

 
翻訳原文(中国語):https://www.minghui.org/mh/articles/2025/5/7/488934.html