文／一言、起慧

　【明慧日本2025年5月25日】「忠」は中国の伝統社会で非常に重要な道徳概念です。「忠」は文字の形からすると、「心に従って、偏らず中間にある」という意味で、言葉や行動が心から出てくることを示し、つまり忠実、正直、邪がない意味です。

　職務への忠実さは、昔から全ての職場で求められる職業倫理でした。現代社会では、自分の仕事を全てこなしたら、それが職務への忠実さだと思って、転職や退職に躊躇しない人も少なくありません。これは時代の変化と道徳観の低下によるものです。

　孔子が説いた「忠をもって君主に仕える」という考えは、神から授かった君主の王位を尊重する前提で、国と民のために尽くすこと、すなわち君主、国家、民に忠誠することを意味しています。個人の道徳から見れば、「忠」は事業、職務、大衆に対する忠実さで、心が優しく人を騙さないことです。

　荀子（じゅんし）は中国戦国時代末の思想家・儒学者、孔子の死後約200年後に誕生しました。荀子は著作『荀子』に「忠」に対してさらに詳しく「大忠」、「次忠」、「下忠」に分けて述べました。「大忠とは君主に道徳にかなった言動を説いて、君主を善に導くことである。周公が周成王に対して行ったように」、「次中とは道德によって君主を正し、支えることである。管仲と桓公の関係がそれに当たる」、「下忠とは君主の過ちを諫めることで君主との間に不和を生むことである。伍子胥と夫差の関係がその例である」。では、「忠」の三つの段階に関して、荀子が挙げた例を詳しく紹介しましょう。

　大忠

　『荀子』（じゅんし）には、「君主に道徳にかなった言動を説いて、君主を善に導くことが大忠である。周公が周成王に対して行ったように」とあります。

　周公（しゅうこう）は、周王朝の創始者である武王の弟で、名前は「姫旦」（きたん）です。武王の死後、旦は王になれる立場でありながら、兄の子・周成王をもり立て、即位させ、王朝初期を献身的に支えました。『史記』によると、周武王が亡くなった後、成王が幼いため、周公は成王に代わって政務を行いました。7年間の摂政（せっしょう）期間に、国政の処理に尽力するだけでなく、周公は成王に君主としての道を教えることに心を注ぎました。『尚書』に周公が成王に言ったことを次のように記載しました。「国君として安逸な生活を好んではいけません。農業の苦労を理解してこそ、初めて民の苦労に共感できます。文王（周公の父親）は節約と勤勉を旨とし、自ら民の家づくりや開墾に参加し、仁徳と謙虚さを持ち、民を慰め、朝から晩まで忙しく、食事する時間もなく、遊びに耽ることもなく、政務に励みました。そのおかげで50年間も在位することができました」

　周公はまた成王に徳を大切にすることの重要性を教え、それによって王朝を長く維持できると説いています。「夏王朝と商王朝の滅亡を鏡にするべきです。彼らは有徳なことを行わないため、天から賜った福禄を早く失い、滅びました。政治を始めたばかりのあなたは、すぐに徳政を推し進めるべきです。民を違法行為をするまで放任させたり、殺戮で民を治めたりしないようにしてください。王として天下の民の道徳の模範となり、民がその徳を見習い、あなたの美徳を広めることを願います」

　周公は忠実に職務を果たし、道徳を最高の基準にして成王を育て上げました。成王と息子の康王の治世下で社会は安定し、民の生活は和やかで、40年以上も刑罰を使用していないことで、「成康の治」として歴史に名を残しています。

　次忠

　「次忠」について、『荀子』には「道德によって君主を正し、支えることが次忠である。管仲と桓公の関係がそれに当たる」と述べています。

　『史記』は管仲（かんちゅう）を賢明な臣下と評価し、桓公（こうこう）の良い点を伸ばし、悪い点を改めさせたと記しています。孔子は管仲について、彼の支えで桓公は諸侯の中から抜きん出て、斉国を天下一強い国にさせたことを評価しましたが、彼の贅沢すぎる生活と使用人の人数が王に匹敵できるほどのことから、節約や礼儀に反していると指摘しました。

　管仲は桓公の欠点を改めさせることができました。例えば、『史記』によると、桓公が鲁国を破り、鲁と同盟を結んだ宴会で、鲁の大臣・曹沫がナイフを使って桓公を人質にし、戦争で失った土地を返還するよう要求しました。桓公は渋々同意したものの、後に土地を返還したくなく、曹沫を殺そうとしましたが、管仲はそのような行動は諸侯の信頼を失うと諫めました。桓公は彼の意見に従いました。その結果を知った諸侯は桓公を信頼し、喜んで彼に従うことを望みました。

　しかし、管仲の徳は周公のように君主を導き、善に向かわせるには足りませんでした。管仲が亡くなる前、桓公に易牙、開方などの4人を使わないよう勧めましたが、管仲の死後、桓公はそれでも彼らを重用しました。この4人は君主に媚びることに長けて、君主の機嫌を取って裏で不正な事を働くという有名な奸臣（かんしん）です。特に桓公の料理人である易牙は、桓公が「ヒトの肉はどんな味だろうか」と呟いたのを聞いて、翌日に自分の息子を殺し、料理にして桓公に献上しました。これほど残酷な男を、桓公はかえって寵愛しました。その結果、4人は権力を握り国政を混乱させ、斉国を衰退させ、桓公も最後に4人に監禁され餓死しました。

　下忠

　最後に、『荀子』は「君主の過ちを諫めることで、君主との間に不和を生むのは下忠である。伍子胥と呉国の王・夫差の関係がその例である」と述べています。

　伍子胥（ごししょ）は呉国の王・闔閭（こうりょ）のもとで忠実に働き、経済的に国を豊かにし、軍事的に当時最強の国の一つにしました。闔閭の息子・夫差（ふさ）が王位を継いだ後も、伍子胥は彼の助けとなりました。『史記』によると、戦争で呉国が越国に勝った後、伍子胥が夫差に越国を完全に滅ぼすよう進言しましたが、夫差はそれを聞き入れず、越国からの賄賂を受けた伯嚭（はくひ）の提案に従い、越国の王・句践（こうせん）を帰らせました。伍子胥は夫差に、「句践は苦労を厭わず、質素な生活を送り、民を大切にし、大きなことを成し遂げる人で、いずれ越国は将来、呉国にとって大きな脅威になる」と警告しましたが、夫差は聞き入れませんでした。

　伯嚭は以前から伍子胥と不仲で、夫差に伍子胥を中傷する言葉をたくさん送りましたので、とうとう夫差は伍子胥に自殺を命じました。伍子胥は死ぬ前に、自分の目をえぐり出して呉国の東門に掛けるようにと言い残しました。これは、越国がどのようにして東門から侵入し呉国を滅ぼすのかを見届けたいという彼の願いでした。伍子胥の死から9年後、呉国は越国によって滅ぼされました。

　伍子胥は忠実に仕えましたが、王の誤りを正すことができず、その忠告が原因で王との間にき裂が生じたため、下忠としか言えません。

　下忠について話すと、「国賊」にも触れたいと思います。例えば、史上有名な奸臣・趙高（ちょうこう）は秦の二世皇帝・胡亥（こがい）にとって「国賊」でした。彼は秦帝国を滅亡に導きました。

　結び

　「忠」は誠実さと敬意から始まります。職務に対する忠実さは、与えられた仕事をこなすだけでなく、その職務への心からの尊重と私心のない姿勢も含まれています。古人は「忠」を語る際に、偽りなく、全力を尽し、約束を守ることの重大さと神聖さを強調して、「忠」を人間としての重要な美徳としました。「忠」は「五常」（仁、義、礼、智、信）の「信」と相互に補完し合います。現代人に、「忠」の原点に戻り、誠実さを築き上げて、内心から職業道徳を育むことを願いたいと思います。