　【明慧日本2025年5月30日】これは、唐の第4代・第6代皇帝・中宗の神龍年間（705～707年）の湖北省襄陽（じょうよう）地域での出来事をもとにした物語です。そこでは仏像を鋳造する準備が進められており、多くの裕福な人々が寄付を行いました。寄付者の名前は記録され、石碑に刻まれる予定でした。

　ある貧しい老婦人は仏像の鋳造に際し、心から寄付をしたいと思いました。しかし、彼女が持っているのは、娘時代に母からもらい、大切に保管していたたった一枚の一文銭だけでした。これが老婦人の唯一の財産でした。

　老婦人は長い道のりを歩き、その一文銭を持って寄付に向かいました。しかし、記録係は「一文銭では名簿に記載できない」と言い、受け取りを拒否しました。そこで老婦人は人目を忍び、鋳造炉の前まで行くと、その一文銭を密かに炉に投じ、静かに仏の名を唱えて家路につきました。

　数日後、仏像が鋳造されました。すると驚くまいことか。老婦人が捧げた一文銭が仏像の胸部に付着していたのです。ある富豪がそれを見て不快に思い、一文銭を削り取るよう提案しました。それを命じられた工匠が、仏像の胸からその一文銭を削り取りました。

　ところが、翌日になって仏像を見ると、削り取られたはずの一文銭が仏像の胸部に元通り付着しているではありませんか。これを見た僧侶たちは「これは神仏の不思議な御業（みわざ）だ。神仏は人の心の美しさを最も大切にする。老婦人の誠実な心がこの奇跡を生んだのだ」と話しました。それ以降、誰もその一文銭を削ろうとはしませんでした。

　この一文銭は今もなお、仏像の胸部にあると言われています。

　（『太平広記』より）