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真の自分をしっかり認識し、理知をもって問題に対処する


文/北京の大法弟子

(明慧日本)私は1995年から法輪大法を修煉し始めました。時間は短くないですが、学法をしっかり行っていなかったため、問題が起きた時に適切に対処できませんでした。

 今年9月11日午後、私の息子は昼寝をしてから、ちょっとだけ勉強をして、すぐに友達に遊ぼうと誘われました。私は息子に「いけませんよ、前も少し遊んで来ると言いながら、結局半日も帰って来なかったでしょう。いつも言ったことを実行しないからですよ」と言って阻止しました。でも息子はどうしても行きたくて、友達の所で勉強すると言ってごまかそうとしました。「言っても聞かないなら、自分で考えなさい。私はもう言いません」と返し、私は息子を全く信じませんでした。息子はすぐにカッときて、私と口喧嘩しました。さらに窓際に立って、手でガラスを敲いて、足で網戸を蹴ったりしました。私はガラスを割らないでと思って(今考えるとこの念は良くないと気づきました)、洗濯を続けました。すると、間もなくして息子の手の甲から血が滴り始めました。私は冷静になって、傷を見てみるとあまりひどくなかったので何も言いませんでした。息子は腹を立ててランドセルを背負って出て行きました。

 私は冷静になり、内に向けて探しました。息子の話からすると、私の顔が怒っていたので、息子が腹を立てたのだと思いました。しかし、当時はあまりに表面だけの事を見て、根本的な原因を悟っていませんでした。ひいては、小さいことでもかんしゃくを起こす子供が悪いと愚痴をこぼしました。

 13日夜、私は息子に「自分がやったことに責任を持ちなさい。ガラスを直さなければなりませんよ」と注意しました。息子は腹を立て、お母さんはちょっとのことで怒ると責めました。私は静かに座って、一時間も内に向けて探しましたがやはり分からず、師父にご啓示をくださるようにと願いました。 

 14日朝、私は煉功している時、「誰の為にここにいるの」という言葉が思い浮かびました。そうですね、急に悟りました。私は誰の為にここにいるのでしょうか? なぜ嬉しくないのでしょうか?なぜ怒るのでしょうか? 嬉しくないのは私自身なのでしょうか? それは後天の観念ではないでしょうか? 何かに遭って、自分の都合が悪かったら怒る、それは真の私ではありません。なぜこれが分からなかったのでしょうか? なぜ自分のことを忘れ、これらの事に左右されるのでしょうか? 真の自分であればどのような状態でしょうか? 真の自分は常人のすべてに淡々として、常人の事に左右されず、心が動じず、いつもニコニコしてなんでも自然に任せ、自分のやり方に執着せず、いつも自分のことばかりを主張せず、すべての事に対して他人を優先にすることこそ、真の自分だと私は悟りました。

 問題が起きた時、もし冷静で和やかな心を保ことができなければ、すぐに自分の感情を抑え、一歩引いて内に向けて探すべきです。たとえその時は根本的な原因を探すことができなくても、問題がひどくなって取り返しがつかなくなるまでは至らないはずです。

 真の自分と違う自分を見分けることについて、『明慧週刊』にもよく掲載されており、とても良い文章です。しかし、自分自身に問題が起きた時、なかなか見分けることができず、次第に修煉の環境を複雑にし、自分の法を実証すること、衆生を救い済度することに影響を与えてしまいます。ここで、同修にも教訓となればと思いますが、たとえ問題がひどくなっても、冷静に正念をもって悪化を制止しなければならず、人心が動じてはならず、邪悪に隙に乗じられてはなりません。

 邪悪が大法を迫害したこの数年間、私は以前もつまずいたことがあり、後悔もしています。私はこの万古の機縁を失いたくなく、何度も立ち上がり、今日までたどり着きました。2003年から現在まで、邪悪の要素が悪党の人員を操って何度も私をかく乱しました。しかし、師父の慈悲なるご加護の下で私は内に向かって探し、心が動じずに発正念をして、毎回よく乗り越えてきました。日ごろからよく学法し、自分に何か考えが現れて来た時に、自分にこう質問してください。「神々はこのような念を持ちますか」すると、すぐに自分の念は正念か人心かどうかが分かります。もちろん、前提として心の中に大法がなければなりません。もし、この念は人心だと思ったら、すぐにそれを否定して取り除き、妨害されないようにします。例えば、もし邪党の人が家に突入してきたら私はどうするのかという念が生じたら、自分は神であればこのような考えを持つのかと問います。私は自分に、神々はこのような念を持たないと答えます。神々は人より次元が高く、人をコントロールすることができます。ならば、私は正念を発して人の背後で操っている邪悪の要素および人の邪悪に利用されるすべての要素を一掃するようにします。そうすれば、邪悪が悪人らをコントロールすることができず、悪人らも自分のために良い未来を選ぶ機会を与えられ、旧勢力の按排した道を歩まなくてもすむのです。

 2009年9月18日

(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2009/9/15/208355.html

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