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交通事故から奇跡的に回復

(明慧日本)2007年2月のある日、私はオートバイに乗って10キロ離れた所に法輪功の真相を伝えに行きました。家族から友達がいま家に来ていると電話を貰い、急いで家に向いました。その時、すでに日は暮れ、人通りも少なくなっていました。突然、角から車が現れ、車のライトがまぶしくて、慌てて急ブレーキをかけました。オートバイがどれほど高く飛ばされたのか分かりませんが、意識が少し戻ってみると、オートバイが身体の上にありました。この時1人の人がやって来て大丈夫かと聞きました。私は大丈夫と答えました。その人が行ってから、自分がなぜここにいるのか、何をしていたのか分からず、記憶がありませんでした。ただ何か事故が起きたことは分かりました。私はこの時師父を思い出し、師父に助けをお願いしました。この一念が生じてから、自分がどこにいるかが分かり、家に帰る道も思い出しました。

 家に帰り、友達を見送ってから、身体が痛くてたまりませんでした。手で触ってみると鎖骨が折れ、左の上腕部の骨がずれて、左の肩甲骨は凹んでいました。当時はあまり怖くなく、師父がおられるので大丈夫だと思い、身体を動かすことができなければ、横になって法を聞こうと思いました。ただ骨がずれて煉功動作に影響するのではないか心配しました。1週間後から、私は痛みを辛抱しながら煉功をし始めました。

 半月過ぎて、煉功動作は基本的に正しく煉る事ができ、出入も正常でした。数年組めなかった足も組めるようになり、一塊の業力を消去したのだと思いました。しかし、鎖骨が著しくずれて、左の肩は5センチぐらい下がり、左右の高さは同じではありませんでした。歩く時もバランスが良くとれませんでした。他の人が見たら大法にマイナスの影響があるのではないかと思い、私は出かける前に左の肩の上に物を置いていました。このようにして2年が経ち、ある日顔を洗うとき鏡を見ると、自分の両肩の高さが同じようになり、知らない内に完全に正常になっていました。妻に見てもらうと、凹んでいた肩甲骨も元のように戻っていました。

 通常骨が傷つくと、節季の変わり目に、だるくて痛いと人々に言われましが、私は何の痛みもなく、以前と同じでした。自分は日ごろあまりよく精進していない弟子でしたが、師父はこんなにも守ってくださり、縁があって大法を修煉したことは本当に山ほどの福でした。大法の不思議さは一人一人の大法弟子はすべて体験したことがあると思いますが、師父が私達の修煉、円満のために行われた多くの事を私達は知ることができません。自分はまだ常人のものに執着して、精進の意を緩めてしまい、本当に師父に顔向けができません。

 2010年4月15日

(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2010/4/12/221408.html

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