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自尊心について


文/中国の大法弟子

(明慧日本)もし、ある人に自尊心がなければ、廉恥(清い行ないと恥を知る心)を知らない人だと言われるでしょう。常人に言わせれば、自尊心はとても重要です。しかし、もしある人の自尊心があまりにも強ければ、間違いを指摘されることを許さないほどひどい人と見られます。ですから、常人でさえ、自尊心には良い面と悪い面があることを知っています。
 
 自尊心を辞書で調べると、自らを尊ぶ、自分の人格を大切にする、他からの干渉を排除する態度、という意味があります。
 
 修煉者として、「自尊」は名に対する執着です。声望と信用は求めて得るものではなく、しっかりと学法する上での自然な現れです。もし、しっかりと学法をすれば、自然と正しい念、正しい行いが現れ、皆に注目され、感服されます。師父は「声望は法をしっかり学んだことによって築かれるものです。一修煉者に過ちがないということが、どうしてありえるでしょうか?」(『精進要旨』「いかに輔導するか」)とおっしゃいました。
 
 しっかりと学法し、努力していなければ、さらに他人を許容できないならば、この人の心性に問題があると言われるでしょう。自分は自分のことを尊敬していても、他人は別の見方を持つでしょう。
 
 他人を許容できないことは、修めて直さなければなりません。間違いを犯さない人はいません。間違いを犯しても、他人を許容できないなら、間違いの上にさらに間違いをすることになります。これも自尊心、また、名に対する執着の現れです。
 
 以上、自尊心に対する見方です。私たちはもっとしっかりと自分を修煉しましょう。
 
2011年04月27日

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