日本明慧
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新唐人の仕事に関わる中での修煉体験(二)

内に向けて探す体験
 
 第二回新唐人世界中国料理コンテストの期間中、私は三日目に現場で監督を務めていました。コンテストの最終日、ちょうど深夜の収録の当直が私の担当だったので、ある人に収録を代わりにやってもらうようにお願いしました。その人は引き受けてくれましたが、仕事があるので調整し直す必要があると言いました。しかし当日になるまで、私はずっと彼女から明確な回答を得られませんでした。コンテストの当日、私は非常に緊張していました。ご飯を食べる時間もなく、トイレの列に並んでいる時間を使って、私は彼女に電話をして留守電を残しました。彼女が私の深夜の収録の担当を代わりにやってくれるよう催促しました。さらに私は協調人に留守電を残し、確認してくれるようお願いしました。
 
 夜10時過ぎにコンテストが終わりました。私は主人と車で家に帰る途中、ちょうど収録室から電話を受けました。どこにいるのか、と聞かれました。なんと、皆が私を待っているようです。私はこれを聞いて、少し落ち着かなくなりましたが、基本的にはまだ落ち着いていました。収録ルームに行ってから初めて、昼の当直のキャスターが化粧を落とした後、私のために再び化粧をし直して夜のニュースの収録をしていたことがわかりました。映像の編集者も私を待つため、仕事をずっと遅らせていました。私の到着後、収録が始まりました。翌日七時のニュースが完成した後、私が遅れたために皆の退勤時間が延びてしまったことを見て、非常に恥ずかしく思いました。ただちに私は化粧をし直しました。
 
 この期間、私はある同修に会いました。彼女は私が三日間コンテストにいるのを知ったので、何故私がテレビ局でニュースの収録ができたのかを聞きました。私は「私は夜の当直でした」と言いました。彼女は大きく目を開いて、「あ!」と言いました。なぜなら彼女は一緒にコンテストの監督をしていました。その仕事は16時間近くかかってしまい、1分たりとも仕事の休みのないことを彼女は知っているからです。
 この事の後、協調人はこの件について交流する必要があると言いました。私は自分から何も言うことがありません、自分は当直なので、やるべきだと思いました。しかしこの後に起きたことは、私の人心を全てさらけ出しました。ある人は私が仕事に最善の努力をしていないと言いました。
 
 最善の努力をしていないと言われると、私はこんなに大変な思いをして全てのことをやっているのに、何故そこまで言われなければいけないのか、と思いました。
 
 このことが起こる数カ月前のことですが、この人は皆に、私が太りすぎたという理由で、私をテレビ局のキャスターから変えようとメールを送りました。
 
 このことがあまりにも突然に起きたため、私は何の心の用意もありませんでした。何名かのニュースチームの協調人が交流し、私に数週間の時間を与えると決まりました。そこで、同修たちは私のために色々と方法を考えてくれました。痩せて見えるから濃い色の洋服を借りてくるという人もいれば、私にダイエットの方法を教えてくれる人もいました。また私が数日前に、ある物を食べるのが好きだと言っていたので、「やはり執着を取り除く時が来ましたね」と言う人もいました。
 
 その電子メールを見た時、私の心構えはまだ良かったのですが、しかし事件の後、やはり不平不満を感じました。もし、キャスターとしてニュースを収録していなければ、私自身も太っているかどうかを気にしなくて済むのに、と思いました。しかしすぐに考えなおし、このように考えるのも良くないと思いました。神韻のダンサーたちは、それほど大変な思いの中で、常に体調を保ち、スタイルを維持してきました。私はなぜ彼らと同じように努力できないのでしょうか。最終的に私は、キャスターを更迭されることはありませんでした。なぜなら、私は10キロ以上のダイエットに成功したからです。
 
 このことはこれで終わったかのようになりましたが、しかし私の心の中ではまだ落ち着いていませんでした。同修が私に対してやったことを思うたび、不服を感じてしまいました。この同修とは仕事上の接触もなく、普段の日々の生活の中でもトラブルがあるわけでもないのに、なぜこの人はいつも私に悶着を起こすのでしょうか、と思いました。数日間、心のなかではずっとこれらのことを考えていました。人心が起きたときは、自分がこんなに大変なのに、なぜ仕事に全力を尽くしていないと言われるのでしょうか、と思いました。しかし一方で、自分には人心があって取り除くべきだと思いましたが、しかし何を取り除くべきなのかがわかりませんでした。
 
 ある日、私は『転法輪』の中の説法を思い出しました「一つはおそらく前世にその人に対して何か悪いことをしたのかも知れません。あなたは、「どうしてわたしにこんなひどいことをするのだろう?」と言って心のバランスをくずすかも知れませんが、しかし、あなたはなぜ前世でその人にあんなことをしたのですか? 「あの時のことは知らない。現世は前世と関係ない」とあなたは言うかも知れませんが、そういうわけにはいきません。」。
 
 私は自分自身に言い聞かせました。もしかすると前世、私は相手に何か借りがあり、悪いことをしたのかもしれません。表面的に誰が正しいのかではなく、私は我慢すべきです。私がこの借りを返せば済む話です。このように思うと、不平不満の気持ちが消えてなくなりました。
 
(続く)
 
 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2011/9/2/246157.html)
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