文/中国の大法弟子 如真
(明慧日本)期末試験を通して、私は法を正す時期の大法弟子になることがあまりにも幸運なことだとわかりました。なぜなら出会った全てのことが偶然ではないからです。私たちが心さえ放下できれば、正念をもって正しく行うことが出来れば、自分のものは絶対に失われません。
また、大学の勉強は全て自由選択で自分で取りたい単位を選ぶことができ、何の制限もありませんでした。最初、私は自分の法の勉強がおろそかになることを心配し、自分のやるべき勉強さえしっかりと行なっていれば、資格(訳者注:大学内で発行される技能習得資格)を取る必要はないと考えていました。そのため、大学1年生のときに英語とコンピューターの資格しか申し込みませんでした。その他の資格についてはあまり取ろうとは思いませんでした。このことで私は悩んでいました。そこで私は落ち着いて学法しました。学法する過程の中で、基点さえ正しければ周りのでき事はいずれも法の基点から量ることができるとわかりました。
同時に常人のなかで自分がどんな仕事をしていても、私たちは法に対して責任を持つという基点から自分自身を量るべきであることがわかりました。
情に対する執着を放下する
私のような一度も家族から離れたことのない人にとって、大学の一人暮らしは本当に辛いものでした。情はまさに私にとって最も大きな妨害でした。
大学に入ってから軍事訓練がありました。心身ともに疲労困憊し、毎日家に帰りたいと思い、毎日家に電話をしてそれで初めて悲しい気持ちが少し和らぎました。しかし、毎回電話をするたびにさらに悲しくなり、全く気持ちが楽になりませんでした。しかし私は依然としてそれに執着し悲しくなったら、あるいは関を越えられなかったらいつも家族に電話をかけることで、辛さを軽減しようとしました。軍事訓練の後、私は授業に出て、毎週末私は家に帰りました。このように私は新しい執着を持つようになりました。これは休みになるとするに家に戻ってしまうという執着です。しかも毎回家に帰る途中、自分が既に取り除いていたと思っていた有名人に対する執着が再び現れてきました。私の考えの中で絶えず、昔のように芸能人に対する憧れが出てきました。これが正しい状態ではないと分かっていましたが、しかし家に帰るたびにこのような強烈な反応が出てきました。
これは私の情に対する執着と安逸を求める執着によって引き起こされた妨害だと思いました。しかし私はこれを知りながらも、この状態を正すことができませんでした。とにかく家に帰りたいと思い時々、学校の活動などで金曜の夜に家に帰れない時、私はすぐにつらく感じ、お母さん(同修)に電話をかけて、泣きながら家に帰ることができないことを訴えました。このあと私はある現象に気づきました。それは金曜になり休み前になると、必ず学校で何か活動が行われるということです。私は我慢できなくなりました。学校からお母さんに電話をかけて、学校がいかに良くないのかを伝えました。このような状態が長い間続きました。私は法理から悟ることができませんでした。
お母さんは私に「自分を探しなさい。法と相反することをしてはなりません」と言いました。私は心のなかで、「家に帰ることも間違っているのでしょうか」と思いました。しかも私の家に対する執着は、自分自身を妨害したのみならず、同級生の間からも理解されなくなりました。同時に私は自分が他の人と一緒といられなくなったかのように感じました。いつも一人ぼっちになり、人と一緒にいたくなくなりました。このため私は大変悩みました。なぜ他の人が私を理解してくれないのか、なぜ私が何も間違いをしていないのに私を嫌っているのか、ある日の夜、私は夢を見ました。夢の中ではっきりと、同級生たちが私を嫌がっているのは私がいつも家に帰りたがっており、何でもお母さんに頼ろうとしているからだと言われました。夢から覚めた私は、これは慈悲なる師父が私に与えて下さったヒントだとわかりました。私は毎回、家に戻って学法をしたいということを口実に沢山の執着心がありました。常人と多く触れることによって、次元が下がることを心配していること、自分は両親の側にいて始めて安心できると思う依頼心などが、他の人との人間関係などで疲れを感じる原因だとわかりました。法を学んだ後、私は情に対する執着があまりにも大きいとわかりました。家に帰りたがっている私は、家に帰って母と交流して始めて、何をどうすべきかがわかると思っていましたが、しかしこうすればこうするほど学校に戻りたくなくなりました。実はこのような環境のなかで、まさに情に対する執着を放下するべきであり、自分自身の道を歩みだすべきだったのです。
一年間の間、私は自分の情を完全に放下できたとは言えませでした。しかし、絶えず放下しようとし、放下さえできれば身軽になれることが分かって来ました。
(続く)
(明慧ネット第8回中国大陸大法弟子の修煉体験交流会)