文/中国の大法弟子
【明慧日本2012年1月11日】修煉を始めてから13年来、何度も転びながら今日まで歩んで来ました。幸いなことに、師尊の洪大な慈悲に出会い、偉大な師尊の慈悲なるご加護によって、貴い同修達の無私の助けによって、今日私はやっと大法を実証し、衆生を救い済度するこの道をしっかり歩めるようになりました。今回、私が2年以上編集の仕事をしてきた中での体験を同修達と交流し、偉大な師尊に報告いたします。
一、教訓
私達が住む地区は迫害が比較的厳しく、現地で真相資料を作り始めたのは割合遅かったので、現地の資料から資料を作ろうとの提案が出された時、同修達はみなとても親切で、とても大切にしました。
始めたばかりの時、とても多くの人達が関わり、経験もなかったので、誰が投稿し、誰が編集しているかのを、非常に多くの人達が皆、ほぼ知っていました。これによって安全上の不安要素が生じました。ある時、一人の同修が中共に拉致されたので、その同修の救援活動をしている時、家族同修(家族でもあり、同修でもある)から、迫害を受けている同修の関連情報を提供してもらい、その後、現地の真相資料の中にこの事を書きました。
しかし、その家族同修は人心の隙を突かれ、邪悪な610弁公室のリーダーから、「もしあなたが、現地の真相資料の中から、あなたの家族の関連資料を削除すれば、あなたの家族を家へ帰すことを保証します」と言われ、いわゆる保証を信じてしまいました。それでその家族同修は編集を担当する同修を探し、相談に行く途中、ひそかに悪人に尾行されてしまいました。悪人はその編集担当の同修が住んでいる住宅地区と職場を脅迫して、その編集担当の同修が住んでいる建物に監視カメラを設置し、秘密裏に監視しました。師尊からのヒントを受け、このことを事前に知ることができ、多くの同修達も、手元のすべての仕事を止め、精力を集中して学法し、発正念をして邪悪の按配を取り除くようアドバイスをしましたが、その編集担当の同修はあまり気にせず、ほかの同修達も特に措置を取らず、いつも通りに仕事をしました。
結局、この編集担当の同修は迫害を受けました。そして最初に拉致された同修も、心性を守ることができず、他の同修達を売り渡しましたので、多くの同修が不当判決を下されました。最後、この2人の同修は圧力の下で「転向」までしました。血の教訓です! この事を書き出し、他の同修達がこれ以上同じ回り道をせず、損失を減らすよう願います。
二、涙をにじませて編集の仕事を受け継ぐも、徹夜で1枚の週報しか仕上げられなかった
編集担当の同修が迫害を受けてから3日目の夜、私は現地の週報の仕事を受け継ぎました。同修が迫害を受けたその晩、私は夢の中でその同修に会ったので、不吉な予感がしていました。3日目に同修が迫害を受けたという情報が入りました。私は声を出さず、涙を流し、心密かに考えました。私達の週報が邪悪によってこんな簡単に破壊されることは絶対に許されません。法がこの世を正す時まで、私は必ず続けていきます。邪悪が私を迫害することは絶対許しません。
涙を拭き、私はパソコンの前に座って、同修が受けた迫害の過程を書き始めました。私達はお互いのことを知り尽くしていたので、その晩私は、十数年来同修が受けてきた迫害の過程を、簡単で要点を得た文章にまとめました。私は多少の知識はありますが、文章の構成をしたことはありません。当時の私は、ワードを開いて文章を書くことしか知りませんでした。どうすればいいでしょうか? 黒く密集した他空間の邪悪らは、私の頭を押し、部屋中に邪悪が充満していました。肝心な時、私はいつも師尊に助けを求めます。「師尊よ、弟子を助けてください。弟子の智慧を開いてください。週報をよく作成して、もっと多くの衆生を救い済度するようにしてください」 それで頭の中から少しずつ考えが出て来ました。私は「明慧週報」の迫害文章と、他の週報を探して開き、テキストボックスにコピーして、文章を貼り付けました。画像を添えることはさらに難しいことでした。画像を挿入すると、文字が端に寄ってしまい、何度繰り返してもうまくいきませんでした。最後、私はまず文章のレイアウトを簡単に決めて、とりあえず保存しておき、再び開きました。そして図を挿入し、もし文字が端に寄ったら保存をせずにワードを閉じます。こうすれば少し楽になりました。
夜9時から翌朝6時の発正念が始まるまで、私はずっと週報を作成していました。北方の冬は非常に寒く、外は真っ黒で、我が家の明かりだけが夜と闘っていました。そのうえ、他空間からの黒く集まった圧力により、心がとても苦しくなってきました。もし私のそばに座って発正念をしてくれる同修がいれば、どれほど良いだろう! と思うと同時に、私はまた次のように思いました。師父が時々刻々そばにいらっしゃるのではないか? 師父に解決できない問題があるのだろうか? それで心の苦しみがだんだん消えていき、衆生を救い済度するため、まじめに責任を持とうという心に替わりました。
三、学法
編集の仕事を受け継ぎ、私は力不足をしみじみと感じました。以前、学法する時はいつも通読するだけで、私は若いのですが、法を暗記しようと思ったことがありませんでした。即ち修煉に対する重視の度合いが足りなかったのです。編集の仕事を良くするため、私は自分をよく修めようと決意し、法を覚えることから始めました。
始めたばかりの時は1日に1段落しか覚えることができず、そしていつも眠かったのです。本当に苦しかったのです! 頭の中で他空間の邪悪がいつも私に「あきらめなさい! あまりにも大変だろう」と話かけてきました。動揺する時もありましたが最後は正念が優勢になり、私は「もし私が法の暗記を放棄すれば、編集の仕事を続けることができない」と感じました。私はこれ以上、以前のようにだらしなく、修煉してもしなくてもよい状態のままではいけないと思いました。
このように1段落ずつ法の暗記を堅持すると同時に、同修からの励ましもあって、私はついに一番大変な時期を乗り越えることができました。第三講まで覚えるととても気が楽になり、邪魔も少なくなりました。第二講を暗記し終わった後、私は自分の頭が黒くて厚さが1cm程度の硬い殻に包まれているのを見ることができるようになりました。その時、その殻が裂けてしまい、私の元神が中に座っているのが見ました。これ以後、私は昔のことを思い出して、その煩雑な物事の本質を透徹に見通す事ができるようになりました。以前の私はどんなことにも無頓着で、見抜くこともできませんでした。これ以後「他心通」の功能も開き、他人の考えがすべて私の頭に反映されますが、私に影響を与えることはできません。
(続く)
(明慧ネット第8回中国大陸大法弟子の修煉体験交流会)