文/中国の大法弟子
【明慧日本2012年6月26日】
三、相手の考えに応じて真相を伝え、怨恨を放下して急いで人を救う
衆生を救うことにおいて、皆それぞれ長所があります。私は自分の現実的な状況に応じて、面と向かって真相を伝えることを主な方法としてきました。会社での勤務時間と休憩時間、休日に親戚や友人を訪問する時、休日、公共の場へ出掛ける時、親戚や友人の結婚披露宴、食卓、駅構内、散歩、買い物、美容院、とにかく利用可能な全ての時間と場所で真相を伝えていました。
1.すべてのチャンスを掴んで人を救う。祝日は結婚式を挙げる親戚と友人が多いです。招待状が届く度に私は第一念で「また人を救うチャンスが到来した」と考え、出来る限りたくさんの人を救おうと思っています。店員、運転手、出張修理の電気屋さん、リフォーム工事の作業員など、すべては逃してはならない人を救うチャンスです。数年前のある日、美容室でパーマをかけている間に11人の「三退」を成功させました。特に、一度だけの話では真相を理解してもらえない親戚と友人に対しては、招待という形をとって親睦を深めながら人を救うようにしました。
親戚と友人を訪問する際にも人を救いました。幼い頃からの友人がいて、彼女に二度にわたって真相を伝えましたが、なかなか理解してもらえませんでした。彼女は公安の伯父に「法輪功は共産党に反対しているから、くれぐれも接触してはならない」と言われていたそうです。私は彼女を家まで招待して、他の友人も呼びました。ちょうどその中にまだ「三退」をしていないもう一人の友人がいました。食卓に囲む時間で、私は共産党の劣悪な本質と、各種の手段で八千万の無実の中国人の命が奪われた真実を語りました。また、平塘県の蔵字石のこと、法輪功への迫害などが天の憤りと民衆の怒りをもたらしており共産党には滅ぼされる運命が待っていること、「心を込めて『法輪大法は素晴らしい』と念じていれば福に報われることなど、大切な真実を話しました。その場にいた皆が真相を理解し、全員が「三退」しました。実は私は経済的な迫害を受けたこともあります。しかし、人を救う為なら私は何でも惜しみません。一人、幼い頃から知っている女友達がいます。かつて深い誤解を招いて、十年来会っていませんでした。私はそんな事を気にせずに、彼女に孫が生まれたと聞いて三百元のお祝いを買って自ら会いに行きました。法を実証しながら人を救いました。普段は日常生活の中で倹約していますが、しかし人を救う為なら何を犠牲しても惜しみませんでした。
2.突破口を見出して人を救う。私は仕事柄、人と付き合うことが多いです。それぞれの年齢層、文化教育レベルに応じて、突破口を見つけて真相を伝えていました。ある日、ある30歳未満の女性に真相を伝え始めました。最初、彼女は無表情で黙って聞いているだけでした。彼女の自宅が北京王府井の近くにあると分かった時、1989年に大学生が鎮圧された6・4天安門事件の話題に変えてみました。私から先に「その日に共産党がたくさんの学生を殺したにもかかわらず、瞬く間にこの事実を認めてなくなって、とんでもないでしょう」と話を切り出すと、「そうよ! 当時の私は10歳未満で6・4夜の殺人は恐怖でしたよ」と彼女は共感しました。それからまた暫く、彼女と会話を続けている内に、私の伝える真相を信じるようになりました。そして、とても快く「三退」を承諾してくれました。しかもメールアドレスを教えて、自由門(訳者注:中国のネット封鎖突破ソフト)のリンク先を入手して自ら動画を見てみたいと希望しました。
私は公園で散歩する習慣がありました。ある日、公園で年配のお婆ちゃんを見掛けました。暗い表情で落ち込んでいて失望した様子でした。お婆ちゃんに近づいて健康状態と年齢を話題にしてみました。彼女は無表情で「もう八十三歳、長生きしてもつまらない、あぁ・・・」と溜め息を付いて、何か悩みがあるようでした。段々と世間話を交わしている内に、お婆ちゃんが嫁に罵られてむしゃくしゃして、公園で暇をつぶしていると分かりました。私は世間話を突破口にして真相を伝え始めました。現在の嫁姑関係について話を切り出しました。彼女は「今は姑と嫁の立場が逆転しているの。姑が嫁に、嫁が姑に変わっている」と不平を言いました「今の嫁はどうかしているよ」と続けて言った途端、私は「そのすべては、共産党が中華民族の伝統美徳を否定する各種の不正運動を起こしたせいです。天には天理があり、人には人倫があります。しかし共産党の各種運動で親族と血縁を無視し、無神論を提唱し、因果応報の天理を信じない教育を広めてきたせいで、今の若者達はやりたい放題で、『善事をすれば善に報われ、悪事をすれば悪に報われる』という天理を信じません。罪作りは中国共産党です。法輪功は『真・善・忍』を基準にお年寄りを尊敬し、幼い子を愛護し、他人を親切に接するようと教えているだけなのに、共産党は残忍な手口で法輪功を迫害します」と事実を話しました。「その通りだ」と彼女は賛同してくれました。「お嫁さんは真相を知らないので、本当はお母さんを罵るのはいけなかったのよ。彼女にとって非常に良くないことなの。お婆ちゃんが少し我慢しても、どうってことはないよ」とお婆ちゃんを慰めました。「本当ですか?」と彼女は急に元気になりました。すぐその場で「三退」を勧めました。お婆ちゃんは1949年以前に共産党に入った古い党員でしたが、喜んで「三退」を承諾しました。私はお婆ちゃんにお守りを差し上げて「今後、また困った時や、やりきれないことに遭ったら『法輪大法は素晴らしい』『真・善・忍は素晴らしい』と繰り返し念じれば、心が楽になります。もしかしたらお嫁さんの話す態度まで変わるかもしれない」との言葉を添えました。彼女はとても喜んで、ずっと善い人だと褒めてくれました。私は「今の事はすべて師父が教えてくださった」と告げました。
ある日の夕飯後に、また散歩に出かけました。心の中で縁のある人と出会えたら、随時真相を伝えようと思うと、案の定、目の前に二十歳前後の女の子が現れました。作業着を着ていて頭を低く下げていました。点字ブロックの道端に座っていて「どうしたの?」と近づきました。彼女は頭を上げた瞬間、涙がポロポロ頬にこぼれ落ちました。何かに困っている様子でした。私に力になれるようなことがあったら是非助けてあげたいと、泣いている理由を聞いてみました。彼女は内モンゴルの人だと分かりました。数百キロも離れたここまで出稼ぎに来ていて、最近ちょっと困った事があってホームシックになったそうです。困った事については詳しく聞きませんでしたが、私はまず彼女に「心を込めて『法輪大法は素晴らしい』『真・善・忍は素晴らしい』を念じてみて、もしかしたら解決の良い方向に転換するかもしれないよ」と話しました。彼女は半信半疑な様子で頷きました。それから簡潔に真相を伝えて「三退」も勧めました。最後にお守りを差し出しながら、「そのお守りを身に付けて、困った時に心を込めて、先ほどの言葉を暗唱すれば必ず福に報われるよ」との言葉も添えました。女の子はお守りを受け取ると、曇っていた顔がぱっと晴れて、笑顔で私に感謝の言葉を言いました。別れる時は、先までの涙が何処かに消えていました。
3.個人の不満と恨みを放下して人を救う。私が連行され、強制労働収容所に違法拘留された時、主人の両親に「仮に釈放されて出てきても離婚だ、もう要らない!」と言われました。孤立し、助けもない一番辛い時に、舅と姑に示唆されて主人は私と離婚しました。私達夫婦は、離婚するまでは円満でした。私は体が弱い為、仕事を断念して全身全霊をかけて主人の仕事を支えてきました。主人の仕事さえうまくいけば、自分の人生はこのままでも良いと考えていました。何度かの浮き沈みを共に乗り越えてきて、中には人生最大の挫折という暗黒の日々もありました。しかし、私は知恵を絞り出して、何とか劣勢を挽回することができました。そのおかげで、今日の主人の昇進があったと言えるでしょう。しかし私が迫害された時、主人は私のせいで昇進に悪影響がもたらされることを恐れて、私が最も主人を必要としている時に私を見捨ててしまいました。ところが思いにもよらないことに、ずっと私を見捨ててきた姑は病気で入院し、私に会いたがっていると聞きました。それを聞いた私は涙が止まらなくなりましたが、しかしすぐに病院に行きませんでした。絶えず法を勉強している内、姑の件において自己保護の執着心があったことに気づきました。半年が経った頃、姑が臨終を迎える際に私はお見舞いに行くことを決めました。久しぶりに会った姑は、既に会話する力がなく目も大きく開くことができず、しかし意識ははっきりしていました。姑が私を見ると、手を手に取ってしっかり握ったまま可哀想な表情でした。私は涙を流しながら、ただひたすらに「心を込めて『法輪大法は素晴らしい』『真・善・忍は素晴らしい』を念じるようにね。大法と師父が救ってくださるよ」と話しかけていました。姑はずっと私を見て頷いていました。あれから姑の意識は二日間もはっきりしていて、二カ月も命を維持するという奇跡を起こしました。病院にいる時は、心が透き通った湖のように穏やかで、姑に対して全く怨みがありませんでした。純粋に人を救うという一念のみでした。病院にたくさんの親戚が来ていました。また、チャンスを狙って「三退」を勧めなければならないと思いました。私達夫婦の家庭崩壊に大きく“貢献”した小姑と義理の姉もいました。その時は、頭の中に彼女達に対する恨みが全くなく、まず彼女達に「三退」を勧めました。「かつての怨恨はもう過ぎ去ったことなので、私は心からあなた達の無事と素晴らしい未来があるように祈ります。『三退』をしてください」と話した途端、義理の姉の涙は止まりませんでした。頷きながら「する! する! 『三退』をする!」と私のことを確信している様子でした。彼女達の無言の感動を見て、私の心は依然として穏やかでした。
十数年来、個人修煉においても真相を伝えて人を救うことにおいても、風雨の中で七転び八起きでした。「幸せな感動もあり辛い教訓もあり」でした。しかし師父のご加護の下で、前向きな態度で歩んで来られました。書きたい事は山ほどありますが、いくつかの断片的な出来事を書き出して師父にご報告させていただきます。今までどんなに辛い思いをしても、私は一度も後悔したことがありませんでした。たくさんの苦難を乗り越えながら執着心も減り、自らの成長を実感してきました。言葉で表し切れない程に、ほとんどの苦難は師父が受け持ってくださいました。それに対して自身が耐えてきたのは、ほんの氷山の一角に過ぎませんでした。救度していただいた師恩を、どれほど師父に感謝してもしきれないです。
自分自身がきちんと学を勉強できていないせいで、まだ一部の法理に対してはっきりと悟れていません。助かるべき人がまだ救われておらず、たくさんの悔いを残してしまいました。幸いなことに新経文『師が法を正すことを手伝うとは何か』と『大法弟子は必ず法を勉強しなければならない』が発表されました。「法を学び、人を救う」ことの重要性を改めて認識するよう、即刻私に促し、ある程度残されていた漏れを補うことができました。実質上は、全てを師父がやってくださっているのをよく分かっております。切実に師父のお言葉「本当の劫難に直面した時、あるいは関門を乗り越える時に、試してみてください。耐え難いものを耐えてみてください。乗り越えられそうもないと見えても、行ない難いと言われても、本当にできるかどうか試しにやってみてください。もし本当にやり遂げられれば、きっと‘柳暗 花明 又 一村’というように、眼前に新たな世界が開けることに気づくに違いありません!」(『転法輪』)を理解でき、法理の神威の偉大さはこの上ないと実感してきました。心より師尊のご教戒を感謝いたします。
レベルが限られているので、不適切な箇所がありましたら同修達のご叱正をお願いします。最後に師尊に合掌致します。同修に感謝致します。
(完)
(明慧ネット第8回中国大陸大法弟子の修煉体験交流会)