黒竜江省:綏化労働教養所で法輪功修煉者が受けた壮絶な迫害(写真)
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 【明慧日本2012年7月19日】黒竜江省の伊春市・烏馬河区に住んでいた法輪功修煉者・廉易坤さんは2000年、北京へ行き、法輪功の無実を訴えたため、労働教養1年の処分を科された。出所後は放浪生活を余儀なくされ、身分証明書を差し押さえられたため就職できず、苦しい生活を強いられていた。今年4月26日、身分証明書を申請するため地元へ戻ったところ、警察に捕まった。5月頃、綏化労働教養所へ収容された。しかし7月14日、入所してわずか2ヵ月後、廉さんの家族は彼が亡くなったことを知らされた。享年39歳。

 下記は、同所で監禁され、殺害された一部の修煉者の迫害状況。

 勃利県在住の閻修忠さんは2001年10月20日から29日にかけて迫害に断食で抗議してきたが、無実の罪を晴らせずに死亡した。

 湖南省紹東県出身の左国卿さんは迫害され死亡した。享年46歳。

左国卿さん

 慶安県在住の劉巖さんは、2002年7月21日に濡れ衣を晴らすことなく34歳の若さでこの世を去った。

劉巖さん

 集賢県在住の郭懐齢さんは2003年4頃、受刑者から殴る蹴るの暴行を受け突然 倒れた。そして、同年7月18日にこの世を去った。

 慶安県在住の林躍熙さんは、家族が面会のため2004年6月18日に施設を訪れた際、すでにそれ以前に亡くなっていたことが判明した。

 孫呉県在住の蔡勇さんは2004年に無実の罪を晴らすことなく34歳の若さでこの世を去った。

 七台河市在住の劉在祥さんは2003年10月に迫害され死亡した。

 北安市在住の姜秉志さんは2008年10月から監禁を強いられてきた。結局、全身不随の深刻な障害に至り、家へ帰されたが、2009年8月26日に濡れ衣を晴らせずに帰らぬ人となった。享年59歳であった。

姜秉志さん

 鄢宏傑さんは、2008年年始に体調を崩した。2月24日に46歳で死亡した。

 七台河市在住の姜成久さんは、転向や「三書」を拒否してきた。そのため迫害はエスカレートし瀕死状態にまで陥った。2006年10月27日、危篤のため家へ帰されたが、18日後に63歳で死亡した。

 鶴崗市在住の李玉章さんは2006年3月に監禁された。わずか5ヵ月後、迫害により死の寸前となった。家に戻って1ヵ月後、同年10月5日に濡れ衣を晴らすことなく帰らぬ人となった。

李玉章さん

 綏化労働教養所の第一大隊は、主に黒竜江省の男性修煉者を拘禁し、迫害する邪悪なアジトである。ここでは自国内の修煉者に対して激しい弾圧を行い、中共の卑劣な弾圧政策のもとで法輪功への迫害に追随し、迫害の規模を拡大させている。第一大隊の石剣・金慶富・範暁東・畢飛などは、良心の呵責もなく修煉者への迫害に力を注ぎ残酷なことで知られている。

 修煉者が迫害によって心神喪失状態や半身不随・身体障害に至った実例の中で、修煉者の病因は精神的・肉体的迫害を加えられた残酷な拷問によるものである。そのうえ、絶え間ない悪質な拷問や脅迫・プレッシャーを受け続けたことにより、多数の修煉者が殺害された。この13年来、少なくとも13人の修煉者の命が奪われた。

 下記は、同所で修煉者が迫害され、殺害された一部の凶悪な監守の迫害手段。

 範暁東(43)は、1999年12月から現在まで、法輪功への弾圧政策のもとで、修煉者への人身傷害に良心の呵責もなく迫害に加担してきた。彼は修煉者から金銭を脅し取った上、スタンガンや鈍器で修煉者を殴るのが常套手段だ。以前、二大隊のリーダーに就任した時期には辛い労働を修煉者に強要し、修煉者同士の恨みを煽動し、受刑者に修煉者を暴行するよう指示した。

 司法警官学校卒の石剣(32)は2002年11月末、同所に勤め始めた。それ以来、修煉者に対して容赦ない迫害を加え続けてきた。

 双城市在住の金慶富(32)は、司法警官学校卒、2002年11月、同所に勤め始めた。彼は修煉者から高額の金銭を恐喝したうえ、刑期延長などの脅迫手段で修煉者らに肉体的・精神的に二重の迫害を加え、休みなく夜遅くまで長時間の過酷な労役を与えている。

 畢飛は、何のためらいもなく暴行や拷問などの残酷な手口を好んで用いている。修煉者への迫害に力を注ぎ、残酷なことで知られている。

 (注:法輪功修煉者を迫害している主要な責任者らの情報は、中国語のページを参照)

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2012/7/17/260321.html)
 
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