文/台湾の大法弟子
【明慧日本2012年8月30日】私は2002年7月に修煉を始めた台湾の大法弟子です。法を得てからあっという間に10年が過ぎました。このことはどんなに幸せで名誉なことでしょう。人間の言葉を尽くしても師父に対する感謝の意を表すことはできません。
私は法を得た頃、法輪功をあまり理解していませんでした。2カ月ほどで、すべての経文を読み終えた後に、私は師父が私達に最も良いものを与えてくださったことが分かりました。そして真相をはっきり伝えるという神聖な使命に参与し始めました。師父は『北米での巡回説法』の中でこう説かれました。「ですから、大法弟子の責任は、個人の圓満成就のためではなく、法を実証する中で衆生を救い済度するためです。それこそ、大法弟子の歴史的使命であり、真の大法弟子の偉大さです」「皆さんが救い済度したそれらの生命は、皆さん考えてみてください。それはただ普通の一人の人間なのでしょうか?もし 彼が本当に厖大な天体と対応しているのであれば、彼に真相を伝えた時、あなたが救ったのは一つの厖大な天体であり、厖大な生命群であり、一人の主であり、一人の王です。ですから、大法弟子は偉大ではありませんか?」
今まで真相を伝えた中のいくつかの感想を述べて皆さんと分かち合いたいと思います。
一、生活の中の至る所で真相を伝える
10年来私はいつも、どこへ行くにも真相資料を持っていきました。衆生を救い済度するため、面倒な事を恐れず、私の鞄の中にはいつも真相資料があります。たまに忘れることがあると、心の中でとても悔しく思います。買い物をするとき、人と食事をするとき、パーティに参加するとき、公共の交通機関に乗るときも、私は全ての機会を利用して真相を伝えます。
台湾では大多数の人が、中国共産党はどうして法輪功を迫害するのか? あなたたちは煉功をしているのに、どうして政治に参加するのか? などと聞くのです。世間の人がこんなに多くの疑惑を持ち、毒害されているのに、普段から自発的に大法弟子が真相を伝えなければ、どうして彼らが真相を理解できるでしょうか? まだ多くの人が私達をよく知らないことに気づきました。たとえ台湾は自由民主の国だとしても、一部の官僚や民衆がまだ中国共産党の毒害を受けているので、私達を軽視したり、反対したりするのです。そうなると、この人たちの生命は危険になりますので、普段から真相を伝えることはとても重要です。
私がその答えを彼らに伝えた後、彼らの心の中の気がかりはなくなり、内心ではとても喜んで、生命が助かるだけでなく、彼らも真相を伝えることができると気づきました。師父は『精進要旨二』「北ヨーロッパ法会の全ての学習者へ」の中で「ですから、真相をはっきりと伝える中で、待たず、頼らず、外的な要素の変化に期待を託さないでください」「社会で接触するすべての人がみな、真相をはっきりと伝える対象である」と説かれました。
もし私達が自発的にやらなければ、たくさんの衆生を救い済度する機会を逃がしてしまいます。大法の関連活動がある時に真相資料を配るだけでは足りないのです。日常生活の中から少しずつ始めることが肝心です。
二、中国大陸の警察に電話を掛ける
大陸の同修への迫害を軽減し、救援するため、十年来大陸の警察や裁判所に電話を掛け続けることも私の使命です。法を得てから約2カ月半で私は電話を掛け始め、時には幾つかの仕事を引き受けたために、電話を掛ける時間が少なくなりましたが、どんなに忙しくても決して電話を掛けることを放棄してはいけません。電話を掛ける中で警官に罵られ、すごい剣幕で罵られたこともありましたが、それはすべて心性を高めるよい機会です。時には心の奥で、争いたくなったり、また闘争心が出てきたりしましたが、自分が法を学ぶことで、心も大きくなりました。自分の正念がとても強く、慈悲の心が出た時は、相手が怒鳴り散らしても穏やかに、静かに聞くことができます。師父は『マンハッタン説法』で「もしあなたの正念が強ければ、邪悪が解体されます。本当の慈悲の力は全ての正しくない要素を解体することができます」と言われました。電話を掛ける過程は絶えず人心を取り除く過程であると私は体得しました。
ある時、私は遠方に出かけ数時間かけて長距離バスに乗りました。人心が出てきて、今日は電話をかけなくてもいい、休もうと心で思いましたが、私が家に着いてパソコンを開くと、明慧ネット上に一つ、また一つと迫害の事例が目の前に現れました。大陸の同修への迫害がこんなにも深刻な時に、私は疲れたと言っていいのでしょうか? 私が再度受話器を握ったとき、一筋の熱い流れが頭のてっぺんから全身を貫きました。師父は弟子の慈悲心が出たことをお知りになり、私を加持してくださったのです。
2009年に台湾八八大水害が発生し、台湾は大きな痛手を被りました。雨の勢いがあまりに大きいのを見て、私が最上階に登って見ると、家の中には水漏れが五カ所もありました。私は急いで洗面器や桶を持って受け止めました。この時、私は大陸の警察に真相電話を掛けるつもりでしたので、いかなる事も私を邪魔できないと思って、水漏れの中でも電話を掛け続け、最上階の水漏れをすっかり忘れてしまいました。夜、私が再度最上階に登って見ると、びっくりしました。水漏れしていた五カ所のすべてが漏れていなかったのです。雨が降れば降るほど雨もりはひどくなるはずなのに、家の中で本当に一滴の水も漏れていませんでした。私達が一途に人を救う時、師父の法身と護法の神はすでに私達の身の回りのことを解決するように手伝い、その上私たちに最も良いすべてを与えてくださるということが分かりました。私の心は師父に対する無限の感謝でいっぱいになりました。
(続く)
(2012年ワシントンD.C.法会発言原稿)