【明慧日本2012年10月21日】黒竜江省ハルビン市の阿城区新華鎮に住む法輪功修煉者・譚玉ズイさん(39)は、不当に連行されすでに2カ月経ったが、今なお釈放されていない。譚さんの10歳の息子は母を思い、落ち込んでいる。地元の住民は譚さんの境遇に同情し、400人以上が署名して拇印を押し、警官に罪のない譚さんを釈放するよう求めた。
譚玉ズイさん
今年7月10日、譚さんと他の法輪功修煉者がウ排村で村民に法輪功の真相を伝えていたところ、マージャンで負けた村民・趙連忠が、ストレスを発散するため派出所に3回電話をかけて、譚さんなどの法輪功修煉者を連行するように通報した。
他の地域でアルバイトをしている譚さんの夫は、情報を聞いて急いで家に帰った。家の中はあらゆる物がひっくり返され、散らかっていて、子供が落ち込んでいる様子を目にした。以前、譚さんは2度強制連行され労働教養を強いられ、残虐な拷問を受けたことがある。譚さんの夫が最も心配しているのは、妻が再び迫害を受けるのではないかということだ。
譚さんの息子
400人以上の住民が署名し、関連部門に譚さんの釈放を呼びかける
譚さんは新華鎮紅星営林場の元教師だった。1999年2月に法輪功の修煉を始めた譚さんは、まさに健康な体を得て、どんな時も他人のことを優先に考えるようになった。
しかし、譚さんが修煉してから半年も経たないうちに、1999年7.20、中国共産党が法輪功を迫害し始めた。紅星営林場の指導者や地元の派出所の警官が何度も家に来て騒ぎ立て、恐喝し、修煉を放棄するように強制した。譚さんはしかたなく辞職し、収入源がなくなった。
2000年10月13日、譚さんは「法輪大法は素晴らしい」と書いた貼り紙を貼ったため、通報され、警官に阿城区留置場へ送られた。留置場は家族から1万6千元をゆすり取った後、ようやく譚さんを解放した。
2000年12月18日、譚さんは法輪功の無実を訴えるため北京へ行ったが、北京市先農壇派出所に連行され、阿城区第2留置場から洗脳班へ移送された。最後にいかなる手続きもなく万家労働教養所に監禁された。
この悪名高い万家労働教養所は、あらゆる手段を採用して法輪功修煉者を迫害している。譚さんなど新しく入って来た法輪功修煉者は、1つの部屋に閉じ込められ、1日中、法輪功と創始者を誹謗中傷する録画を見させられる。従わなければ、立つ姿勢としゃがむ姿勢を強制され、罵られ、暴力を振るわれるのは日常茶飯事だ。環境が極めて悪いため、多くの法輪功修煉者は疥癬(かいせん、伝染性の皮膚病)が発症した。ある日、警官は譚さん達を騙して職務室まで連れて行き、疥癬を削ったり掘ったりしたため、膿と血が混じってぽたぽたと流れた。それは、悲惨で見ていられない光景だった。
労働教養所は傷だらけの法輪功修煉者に作業させ、つまようじにカラーの紙を巻き付け、時には血の膿がつまようじにくっついてしまう。これらのつまようじは韓国へ輸出するという。
法輪功修煉者は毎日過酷な労働をさせられ、耐えられなくなり、皆で集団ストライキした。警官は「転向」しない法輪功修煉者を組ごとに分けて、各種の刑具を使い、電気スタンガン、革製のむち、トラの椅子、睡眠、トイレも許さず、暖房施設の管に縛り付けるなど、修煉者を苦しめる。暖房施設の管に縛り付ける拷問は、立つことも座ることもできず、苦しいしゃがんだ姿勢を長時間強いられる。そのため、足とすねがすぐに痺れて、数本の針で刺されるような痛みで、時間が長くなると感覚がなくなり、皆の足がひどく腫れていた。それでも「転向」しなければ、「大掛(吊るし上げる刑具)」に掛けられる。
雨の日には、警官らは冬服を着ても寒くしているが、譚さん達は手錠をかけられ、窓の鉄の手すりの上に吊るし上げられ、窓を全部開けて凍えさせられた。譚さん達は一枚しか服を着ておらず、荒れ狂う風で全身が濡れて、雨水が背中に沿って下へ垂れた。譚さん達はずっと震えており、上下の歯がガタガタ鳴っていた。さらに、警官は縄できつく縛って高く吊り上げた。譚さんはその瞬間、腕が折れるように痛み、悲鳴をあげた。当時の光景を思い出すとぞっとするという。