文/中国の大法弟子 李浄心
【明慧日本2012年12月28日】
二、インターネットの操作を教える中で自我を捨てる
協調人が、私にある同修に資料を作る方法を教えに行かせました。これも修煉であり、同修に資料を作る方法をマスターさせ、さらに多くの衆生を救い済度しなければならない、ということが分かりました。私は同修に教えてメモをとらせ、私が一つ説明するたびに、その同修が作業をしてメモしました。私は「焦らないで、はっきりと書いてください」と言いました。その同修は真剣に、すぐマスターしました。そして、その同修にメモの通りに何回か操作をさせ、私が傍で見ながら、教えました。そして「たくさん練習して、熟練すれば大丈夫です」と、その同修に何度も言い含めました。そして、小さな花(資料拠点)が咲きました。
問題が出ると、私が解決しに行きます。ある時、その同修は「コンピュータがインターネットに接続できなくなった」と、言いました。スイッチを入れて見てみると、パソコンにはたくさんの大紀元の中の書類があり、さらに、どこからダウンロードしたか分からないものもありました。私は長時間いじりましたが、インターネットに接続できず、何度やってみても接続できませんでした。私に少し隙があったということがわかりました。その同修と、修煉や法の上から交流をしなかったのです。これでうまくいかなかったことがわかり、急いでその同修と交流しました。
明慧ネットは大法弟子のサイトで、師父が守っていらっしゃるのですから、私たち大法弟子は明慧ネットを見て、大紀元やその他のサイトは常人が見るものです。あまりにもいい加減なので、その同修が受け入れたかどうかさえ分かりませんでした。最後に、「私もできません。技術が分かる同修を探して見てもらいましょう。ダメなら、パソコンをインストールしてみましょう」と、私は言いました。「技術の同修を見つけることができますか?」と、同修は私に尋ねました。「私も見つけることができません」というと、その同修は慌て、「普段、誰でもここに案内しますが、頼みごとがある時は誰も見つからず、電話が繋がらない」と、協調人に不満を言いました。その話を聞いて、私はその時、呆然となり、「私は急いでここを引き上げなければならない」と、思いました。私はてんてこ舞いをしながら二言三言慰めましたが、何にもなりませんでした。私は協調人を見つけ、技術の同修を探してほしいと言うと、協調人が戻って来て「彼女の家の付近でパトカーを見た、そして、あなたは怖い物質を持っていると彼女は言った」と、言いました。私は驚き、「これからは二度と行きません。私自身の修煉はまだまだですから、同修に影響してはいけませんから」と、急いで言いました。「内に向けて探していない」と、協調人は話しました。私は内に向かって探したはずだったのです。
「これは偶然だろうか?」と、私は冷静になって学法しました。師父は「大法弟子の心が落ち着いていなければ、周りの環境をも変化させます。あなたが恐れているとき、衆生もおかしくなることに気づきます。あなたが清々しい気持ちで、胸襟が広くなり、明るくなったとき、周りの環境も変化すると分かります」(『二〇〇九年ワシントンDC国際法会での説法』)と説かれました。内に向けて探すのですが、その時は怖がっていました。その同修は以前、邪悪に迫害されたので、その同修の家へ行く時、内心に小ウサギを入れているかのように、ドキドキしていました。「これは私の空間場が不純ではないのか? 怖がっていて、どうしてきちんとできるだろうか?」と分かりました。私は座って発正念をしました。このように何回か発正念をすると、怖がる心が無くなり、同修たちと何かをしている時に、堂々とやり遂げられるようになり、全体の息が合って、とても順調でした。
私の周囲の同修のコンピュータはトラブルが多く、小さな問題は私が解決できますが、大きなトラブルはダメでした。ある時は、暫くいじってみてもうまくいかず、改めて設定が必要になりました。資料拠点は素晴らしい発展ぶりを見せたので、コンピュータを学ぶ同修がだんだん多くなりましたが、技術のある同修は少なく、技術のある同修はみな忙しく、私の住んでいる所から距離があったのです。技術のある同修たちは自分への要求が厳しく、毎回、2時間ぐらい自転車に乗ってやってくるので、往復だけで4時間ぐらいかかります。私はパソコンのインストールを学ぼうと決めました。私は技術の同修に頼んで家に来てもらい、技術の同修は操作しながら教え、私は見ながらメモしました。
同修は「もっと練習するように。熟練すればいいのです」と、私に言いました。しかし、私は練習できませんでした。万一、インストールが分からなくなったら、私が資料を作って人を救う事は無駄になってしまうでしょう。この時、「資料を作ることをおろそかにはできない。パソコンを1台買いましょう」と、夫が言いました。夫がこんなに私を支持してくれているのを見て、私は本当に感動しました。私は必ずインストールを覚えます。
パソコンを買えない事を悲しんでいた時、ちょうど協調人が来て、この事を聞くと喜んで、二の句を言わずに、お金を手に入れると帰ってしまいました。その協調人は技術の同修を見つけ、私にコンピュータを買ってくれ、それはインストールもされていました。これはみな、設定したいという願いを持つ私を師父がお見かけになり、これらのすべてをちゃんと按排してくださったのでした。師父の慈悲に感謝します! 急いで練習しましょう。すると、半分インストールしてできなくなりました。メモされていた次の段階はスクリーン上になく、私をひどく慌てさせてしまい、技術の同修に電話し、パソコンの運転を止めました。しばらく止めるしかなく、成すべきことをなさなければなりませんでした。
ある日、私がスーパーへ行ってDVDを買った時、技術の同修を見かけ、技術の同修もDVDを買っていました。あの時は感動しました。慈悲深い師父は私たちのすぐそばにいらっしゃることを、私は体験しました。私はまたインストールに関する知識を得ました。今回、技術の同修は私に自分で操作させながらメモをさせました。(この前と方法が微妙に違ったので)習ったばかりだったのですが、私の近くのある同修のパソコンがまたインターネットに接続できなくなり、同修を見ると、それが慌てた様子だったので、私は大胆にもその同修のために設定し、結局、成功しました。すでに数カ月過ぎた今になっても、ずっと使い勝手が良いのです。
プリンターの修理を勉強するのも、実際は着実に修煉する過程です。資料拠点が素晴らしい発展ぶりを見せたので、プリンターを修理できる同修も忙しくて手が回らなくなりました。そこで、協調人が別の地方からプリンターを修理できる同修に来てもらい、私の地方の同修に機械の保守を教えることになりました。この良い知らせを聞くと、みんなとても喜びました。夫は後に修煉を始めており、夫に機械の保守を覚えてもらうことを、私たちの地方の同修は全員一致で決めました。夫は懸念しましたが、学法と交流を通して、学ぶことを決めました。夫が真面目に学んだおかげで、機械を理解し、勉強が速く、4日間の教室後、「自分の出発点は技術を学ぶことであり、師が法を正すことのお手伝いをし、衆生を救い済度するために、私は機械の分解と組み立てを習得しただけでなく、自分の右手はずいぶん長い間、感覚がマヒしており、立掌もできませんでしたが、今はすっかり治りました。慈悲ある師に感謝しています。弟子は必ず着実に修煉します」と、夫は私に話しました。話を聞いて私は暖かい気持ちになったのでした。
三、「誰かに自分の事を悪く言わせたくない心」を取り除く
昨日、甲さんと技術の同修が新しい機器を1台買って来て、乙さんに送ろうとしましたが、結局、乙さんは留守だったので、機器を持って私の所へやって来ました。私は玄関のチャイムが鳴るのが聞こえたので、急いでドアを開けると、ダンボールが目に入ったので、急いで受け取りました。同修の甲さんが「早く!」と言うのが聞こえました。「何をしているの?」と、技術の同修は甲さんに言いました。私は黙ったまま箱を家の中にしまいました。技術の同修は忙しかったので、午後来てから何時間かすぎましたが、何も食べていなかったのです。急いで食事を作りに行き、私が野菜を鍋に入れたちょうどその時、「乙さんから連絡がありましたか?」と、甲さんが私に尋ねました。「ありました」と、私は言いました。
安全のために、私は電話を暗号化し、私は自分で同修にネーミングしました。私は乙さんの電話番号を見つけ、甲さんに聞かせるために、甲さんにメモを取らせました。私の動作がとてもゆっくりだったのが気に入らなかったのか、機嫌が悪くなり、私は気づかなかったのですが、「それは乙さんの番号ですか?」と、甲さんはビシッと言いました。「そうです」と、私が言うと「どうして乙さんの名前を書かないのですか?」と甲さんは言いました。「知り合って数年経ちますが、乙さんの名前を尋ねたことはありません。あなたは普段、乙さんの名前を呼んでいますが、本名なのか偽名なのか、私にもわかりません。安全のために、私が乙さんに名前を付けました。自分で知っていれば、それでいいのです」と、私は言いました。この時、「あなたは言うことが多いですね!」と、甲さんは言いました。その時、私は心理的にも気分が悪くなりました。自分を探して、「誰かに自分の事を悪く言わせたくない心」が出たのがわかりました。早く取り除かなければなりません。
私は食事を作りながら、「誰かに自分の事を悪く言わせたくない心」を取り除きたいと師父の助けを求めました。ご飯ができて、私は最後の料理の皿を持って、部屋に向かって歩きながら、「早く食事をしましょう」と言いました。甲さんは袋を提げながら、「どうしてもあなたの料理を食べなければならないのね」と言ってから、技術の同修に挨拶して行ってしまいました。その時、私は涙がぽろぽろ出てきました。私は何を間違えたでしょうか? それでも、私はやはり心を落ち着かせ、礼儀正しく甲さんと技術の同修を送り出しました。
「しかし、往々にしてトラブルが発生する時、それが人の心の奥深いところを刺すような激しいものでないと煉功の効果が上がらず、向上につながりません」と、師父は『転法輪』の中で説かれました。私は涙があふれてくるのを止めて、「きょう、私はこの『誰かに自分の事を悪く言わせたくない心』を取り除きました。このチャンスを大切にし、早く向上します。甲さんはとても忙しく、毎日夜遅く帰ってきます。ここ何日か、甲さんの夫がまた入院したので、甲さんに寛大にならなければ」と、言いました。このように考えているうちに、心がすっきりしてきました。実際は、この悪い物質を師父が取り去ってくださったのです。
夫も辟易したのか、「次に、甲さんがまた来たら、『食事しますか?』と聞く必要はないよ。ひどすぎる!」と、夫は言いました。同修を責めることはできません。甲さんは毎日苦労していて、私がうまくできなかったのです。師父は「ですから、以前話したことがありますが、大法弟子は修煉者として、問題を見る時、人間と逆の角度から見るべきです。不愉快なことに遭うと、機嫌が斜めになる人がいますが、それならあなたはほかでもなく、人間ではありませんか? 何の違いがあるのでしょうか? 不愉快なことに遭うときはちょうど、自らを修めるときであり、心を修めるときです」(『大法弟子は必ず法を勉強しなければならない」)と説かれました。「師父が私たちに向上のきっかけをくださったのです。常人の理にしがみつくのはやめなさい」と、私が言うと夫も笑いました。
今年の夏、私はまた新しいプロジェクトの「ネット封鎖を突破するためのDVDのプロデュース」を行いました。明慧ネット上の同修たちの交流文章を見ていると、DVDに書き込んだ「ネット封鎖を突破する」ソフトは、人を救うのに便利で、効果もあるようです。多くの若者、また、幾人かのお年寄りもインターネットを見ることができるので、インターネットを見ることができる人たちにネット封鎖を突破するCD-ROMを贈り、中国大陸では見えない情報を、インターネットを見ることができる人たちに見せ、早く真相を明らかにし、1日も早く救いを得させたいからです。この方法は良い、と私は思ったので、この技術を覚えることを決めました。それで、技術の同修に家に来てもらい、どのように「ネット封鎖を突破する」ソフトをプロデュースすればいいのかを教えてもらいました。私はまじめに勉強し、一生懸命メモをし、ついにこの技術を覚えました。自由の門などのソフトに更新があったことに私が気づいた場合、私はミラーファイルを制作し、再びマスターディスクを作って、書き込みができる同修に送り、私もCD-ROMを作って同修たちに提供します。私は自分でも配りに出て行きますが、効果がとても良いのです。
自分の修煉を回想してみると、師父の慈悲とご加護で今日まで歩いてきたのです。すべて師父がなさっており、私はただ使い走りをしただけです。ただ、大法弟子がやるべきことをしただけです。修煉の中には至らないところが多く、さらに多くの執着心が捨てられていませんので、私は学法を多くしなければならず、自分が大法弟子であることを、どんな時も忘れず、事に当たっては法を用いて評価し、三つの事を成し遂げ、自分をしっかり修煉し、史前の誓約を実行し、師に従って円満に元いた場所に戻ります!
(完)
(明慧ネット第8回中国大陸大法弟子の修煉体験交流会)
(English: http://www.clearwisdom.net/html/articles/2011/12/16/130163.html)