広東省:女性教師 長期間迫害され障害を負う
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 【明慧日本2013年4月3日】広東省・湛江市の小学校教諭・陳少清(女性)さんは、法輪功を学んでいるという理由で、中共(中国共産党)当局から何度も連行・迫害され、危篤状態に陥った。2008年の北京オリンピックの直前、陳さんは再び湛江市「610弁公室」に拘束され、不当に懲役5年を宣告された。拘禁中、陳さんは様々な拷問と虐待を受けたため体が痩せ細り、下半身も動かせなくなり、不自由な体になってしまった。警官は大きな石で彼女の足を叩き、その後両手を吊るし上げて長時間苦しめた。陳さんは両足が大きく腫れ麻痺して歩けなくなった。また夫からは離婚をされた。

 陳さんは以下のように証言した。「私は1999年7月20日までは仕事を持ち、温かい家庭にも恵まれていました。普通の人のように幸せな生活を送っていました。ただ法輪功の『真・善・忍』の教えを信じたというだけで、中共の江沢民集団に迫害され、家庭は崩壊に追い込まれました。仕事を失い、健康な体も失い、数回も危篤状態になりました。中共は暴力で強制的に法輪功を放棄させようとしました」

 「この13年間、私は自宅にいても絶えず中共の関係者に侵入され騒ぎたてられるなどの嫌がらせを受けました。また何の根拠もなしに勝手に拘束されたり、洗脳班に連行され虐待を受けたり、労働教養を科されました。中共の刑務所はまるでこの世の地獄です。刑務所では精神的に苦痛を与えられ、長期にわたって寝かせない、トイレに行かせない、洗面もさせないなどの迫害を受けました。24時間しゃがんだ状態で法輪功や師父(法輪功創始者)を中傷する内容のDVDを見せられました。両手に手錠をかけて固定し両足も足かせをかけられ、真冬に冷水を体にかけられ、更に罵られたり打たれるなどは日常的なことでした」

 三水労働教養所での虐待

 2003年3月20日、陳少清さんは町を歩いているところを警官に連行された。広東省の三水労働教養所に監禁され、その後、懲役3年の判決を受けた。その間、様々な精神的・肉体的虐待を受けた。最初は医療室内に監禁され、3人の警官と3人の受刑者から24時間、輪番での監視と虐待を受けた。トイレと睡眠を禁止され、半分しゃがんだ姿で長時間立たされ続けた。両手を吊るし上げ、全身を打たれて皮膚のあちこちが紫色になっていた。警官らは受刑者を唆して暴行させ、見て見ないふりをしていた。

 2004年3月、陳少清さんが洗脳を拒否したため、施設側は彼女を独房に入れ、以前よりも厳しい拷問を加えた。彼女はこのような非人道的な迫害に抗議するため、断食を行ったが、30日間も断食をしたので体は衰弱し、やせ細った。しかし、労働教養所は陳さんを元の監禁室に戻して引き続き迫害した。

 2005年2月、陳少清さんは再び断食をし、迫害をやめるように求めた。断食をしてから140日目、彼女の体重は50キロから35キロまで落ちていた。陳さんが危篤状態に陥ると、労教所は責任から逃れるために彼女を自宅に返した。

 法制学校に監禁されお湯をかけられた

 陳少清さんが保釈され帰宅した後、「610弁公室」は絶えず陳さんの自宅に嫌がらせを行い、日常生活を邪魔した。陳さんは毎日緊張しながら生活をしていた。

 2007年3月9日夕方の8時頃、湛江市麻章区「610弁公室」リーダーの孫康瓊、尤蘭英らは、十数名の警官と数台の警察車両で陳少清さんの自宅に侵入し、不法な家宅捜査を行った。「転向書」(法輪功の修煉をやめるという旨の書類)を書いていないという理由で、陳さんは湛江市の法制学校に移送された。狭い独房に入れられ、スピーカーで法輪功を中傷する内容の放送を大音量で聞かされた。監視カメラで24時間全ての行動を監視された。数えきれない精神的・肉体的な虐待を受けて、陳少清さんの精神状態は限界に達していた。

 繰り返し連行され体が不自由になるまで迫害された

 その後、解放された陳少清さんは自宅に戻ると法輪功の修煉を再び始めた。すぐに体は回復した。2008年7月26日、陳少清さんは自宅の玄関先で警官に連行され、家にあったパソコンやプリンターなどの家財も押収された。陳さんは湛江市第二留置所に移送され迫害された。2009年、友人は面会に訪れたが、警察は面会を拒否した。この時の陳少清さんは痩せ衰えて恐ろしい姿だった。危篤状態になり言葉を話せず、歩くこともできず、手足が委縮して両目からは光が消えていた。いつ死んでもおかしくない極めて危険な状態だった。断食を行なっていた時、陳さんは無理やり喉から水道水を胃に流し込まれた。また、成分不明な薬を飲ませられたため、歩けなくなった。

 広東省・女子刑務所の第四監禁区は、重点的に迫害が行われる区域である。ここでは主に法輪功修煉者たちに対して、多くの精神的・肉体的苦痛を与えている。陳少清さんが健康診断を受けた時、医師は「両足の機能に障害が見つかり、腰髄が故障し、骨質増生などの怪我がある」と診断を下した。とても健康だった人が長年の迫害により、このようにボロボロになってしまった。

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2013/2/19/270194.html)
(English: http://en.minghui.org/html/articles/2013/3/5/138370.html)