明慧法会|創作の中で心を浄化する(二)
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文/中国の大法弟子

 【明慧日本2013年11月21日】

 協力の中で根本的な執着を取り除く

 創作を始めてから、自分の文章を書く他に、私は地元の協調担当の同修に協力して、真相資料を書き始めました。それぞれの考え方や認識の食い違いによって、私たちの間ではよく意見の不一致が生じました。私は自分の事(文章を書くと投稿する事)にこだわり過ぎて、真剣に意思疎通を図ろうとせず、そのため、協力関係はいつもあまりうまく行きませんでした。

 最も対立したのは、地元の法廷での審判に関する報道でした。何人かの協調担当の同修は、この点を強調して報道すべきだと言い、私は別の点を強調すべきだと言い張っていました。その結果、集めてきた材料は私が予想したものと随分違っていました。それだけではなく、私は同修に、「今はもうどういう時期だと思っているのですか? 考え方は未だに人間レベルじゃありませんか」と叱られました。私の心はたまらなく辛くて、喋り方もきつくなってきました。しかし、私はできるだけ怒りを抑え、自分に必要な材料を詳しくリストしました。協調担当の同修も何とか大局から協力してくれて、主な内容を私に伝えてくれました。しかしこれは、まだまだ悩みの始まりでした。

 私の報道の重点は方向性がずれている、と何人かの協調担当の同修はやはり考えていました。そのため、彼らは私の文章をやめて、他の同修に新たに書かせ、最終文章として明慧ネットに送りました。その文章では同修が正念をもって正しく行うことを強調していましたが、しかし、その中で表現されたのはとても強い闘争心で、修煉者の慈悲深さではありませんでした。協調担当の同修の了解を得て、お互いに補足するものとして、私は自分の文章も送付しました。

 文章はとても早く掲載されました。思いも寄らないことに、編集部は私が書いたものを採用してくれました。もう1篇の文章のいくつかの内容(私が文章を書く時知らなかったもの)を私の文章に足してくれました。しかし、それは同修からの誤解を招き、私が2つの文章を1つにまとめて送ったのではないかと勘違いされました。同修は「自分の考えに固執するべきでない。自分勝手に決めるべきではない」と私を責めました。私はその時とても悔しくてたまりませんでした。心の中では、「あなた達の文章は掲載されていないのに、どうして内に向けて探さず、かえって私を責めるのか?」と思いました。時間を無駄にするだけではなく、わけもなくこんなにトラブルを作り出すと思い、もう彼らと連絡を取りたくないと思いました。

 しかし、同修が指摘したもう一つの問題は、私が回避できないものでした。それは、私が原稿を送るとき、訳が分からず下書きまで送付してしまったことです。その中には、常人の秘密厳守を承諾する内容も書かれていました。文章が掲載された後にやっと気付きました。それは深刻な職務上の過失でした。私はようやく内に向けて自分の問題を探し始めました。表面上、今回の報道は私の判断が正しいものでした。しかし、私はいつも自分の学習と創作を最優先にし、地元の報道に積極的に参加せず、大半は協調する同修に推されて、渋々進み、意見の食い違いがあっても、あまり意思疎通を図ろうとしませんでした。それは時間を無駄にしたくない、また新たなトラブルを起したくないと考えていたからです。私はいつも、速く解決したい、速く片付けしたい、そればかりを思っていました。結局、焦る中、不平不満をこぼす中で、旧勢力に隙に乗じられ、全体に隔たりができてしまいました。それこそが絶え間なくトラブルを引き起こす本当の原因ではないでしょうか。

 内に向けて探して見れば、私はまた他の問題も見つけました。それは時間を切り詰めて学習し、文章力を高めようとする気持ちの裏に、強大かつ根本的な執着心が隠れていたことです。私の元配偶者は共産党の代弁メディアの記者で、迫害の圧力で私達はしかたなく離婚せざるを得ませんでした。ほほ同時に、私は路頭に迷いました。私は仕事と家庭を失い、住所不定であちこちを漂流し、人生のどん底に落ちました。その後、環境はいくらか緩やかになりましたが、同時に私の人心も出てきました。悪人を助けて悪事を働く共産党代弁メディアに対していつも恨みを持ち、気分はすっきりしませんでした。私はよく、その巨額の資本で建築したオフィスビルを見て、他人の不幸を喜ぶかのように「ある日、大法弟子が作ったメディアが中に入っていって、尊大ぶった代弁者達がビルの中からしょんぼりして出てきたら、どんな大喜びすることでしょう。もし私も創作をマスターできれば、その時、私もちょうどメディアの一員になれたら、それは痛快きわまりない」と思いました。だから私の努力も、その瞬間を迎えるために準備していたのでした。

 表面から見れば、これは憎しみと心理的な歪みに見えますが、しかし、それは私の情に対する強い執着によるものだと私は分かっていました。実は、私のほとんどの難は、すべて情から来るものでした。情の関門もずっと私の修煉に伴い、私の最大の関門でもありました。今回、それはまたバランスの崩れた心理状態の背後に身を隠していました。それは法を実証する巨大な障害となり、私と同修の協力関係の妨げになりました。それだけではなく、私のすべての努力は、誓約を果すため、衆生を済度するためではなく、自分を実証しようとしているのではないでしょうか。

 これらのよくない心を放棄した後で、私は協調する同修の大変さが見えました。毎回、彼は万難を乗り越え、危険を冒して材料を収集し、またそれぞれの文章を書く同修を探し、その中にはいつも何人か、私のような同修が、忙しさを理由に、自分の立場に立って、協調人に対して断ろうとしました。しかし彼はいつも皆のこの態度を気にせず、一回また一回と催促し、ほとんどの時間と気力をすべてこの事に費やしてきました。私は心から彼に対して、思いやりの気持ちと敬服する気持ちを持ちました。

 私はついに心を沈めて、同修に本気で協力しました。しばらくのとても良い関係を経て、私は自分と地元の文章に費やす時間をいかに割り当てるかについて考え始めました。このとき、私はとてもはっきりした夢を見ました。夢の中で多くの人が大型広場に立って、すべての人は手に自分の答案用紙を持ち、広場の真ん中に聳え立つ電子スクリーンの回答に合わせて、自分に点数をつけていました。すべての問題に2つ合わせて百点満点の50点ずつの問題があり、正解するとこの問題は百点が取れます。結局、私は多くの百点を取ることができました。周りの人はみんな羨ましがっていました。これは師父の私に対する激励と警告だと私は理解しました。つまりどの面も疎かにしてはいけないとヒントを与えてくださったのです。

 (続く)

 (明慧ネット第10回中国大陸大法弟子の修煉体験交流会)

 
(中国語:http://big5.minghui.org/mh/articles/2013/11/10/282151.html)
(English: http://en.minghui.org/html/articles/2013/11/11/143130.html)
 
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