明慧法会|身体障害者の修煉経歴(三)
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文/四川省の大法弟子

 【明慧日本2013年12月7日】前の文へ

 午後、ガス会社が善後処置をしに来て、我が家を含む7世帯のどのベランダにも窓ガラスの破片やガスゲージの部品が散乱しているのを見て、「こんなに強烈な爆発で、火も長時間燃えたのに、連続大爆発が発生しなかったのは奇跡です」と感嘆しました。   

 ガス会社は弁償について、どんなに大きい金額でも会社は必ず弁償する、治療費も全額負担すると言いました。そして私の再就職先の総務担当を呼んできて、共同で善後処理をすると言いました。総務担当も私の家族も少しでも弁償金をもらうように私に勧めました。しかし、私は今回の火事で大災難が起きなかったのは師父が守ってくださったおかげで、私と近所の命と財産が守られ、みんなに法輪功修煉者には神様のご加護がついていることも見せたので、修煉者の自分が弁償をもらってはいけないと、私は礼儀正しく断りました。

 今回の火災以降、元勤め先の人も町内会も我が家に来なくなりました。きっと法輪大法の修煉者が難に陥っても神様に守られることが分かったからでしょう。師父に感謝します。今回の火事で私の命を守ってくださったほか、周囲に法輪大法の不思議な力を実証することができ、私の生活と修煉環境も守ってくださいました。後日、近所に住んでいた私を迫害した悪人は急死しました。

 4.正念を持って迫害を否定する

 2008年、私は市の国家安全局に「尋問事項がある」という理由で連行され、留置場に移送されて拘禁されました。留置場で同室の人に「あなたたちの案件で既に9人が逮捕されました。最初に捕まった人が拷問に耐えられなくて次の人を告発し、このように9人が次々とここに入れられたのです。あなたを告発した人はまだ釈放されていません」と教えられました。

 話を聞いて情況の厳しさがはじめて分かりました。しかし私は自分が何年の懲役を下されるかを考えずに、私が考えたのは、同修を守らなければならず、決して一人の同修も検挙されてはならないということでした。考えを固めたら、私は拘禁中に大法弟子のするべき事をし始めました。

 一日中、私は覚えている大法の内容を暗唱して、煉功発正念もしっかり続けて、同時に同室の人たちに大法の真相を伝えました。私は毎日心の中で「私は大法弟子で、師父が按排してくださった道しか歩まず、他の按排を全て否定します。旧勢力は私を迫害してはいけません。ここは私のいるべき場所でなく、私の使命はまだ果たしておらず、私はここを出て衆生済度を行いたいです」と思いました。

 尋問の時、国家安全局の警官は私を告発したのは同修のCさんだと言いました。また、ここ4年近く、毎回私がCさんにどれだけの法輪功の資料を届けたかも把握していた、証拠が確実なので、重い刑罰を下すことができるなどと言いました。私は自分を落ち着かせてから、警官らが出した百近い質問に対して、全部穏やかにかつ強く「知りません」と答えました。尋問は何回も行われましたが、私は「知りません」以外、何も話しませんでした。断固とした態度は、彼らに疑う余地を与えませんでした。

 彼らはあきらめず、ある日、突然Cさんを私の前に連れてきて、私を屈服させようとしました。私は彼らの陰謀を看破して、大きな声でこの告発者とは面識がない、知らない私を誣告するのはとても卑劣な行為だ、今後心を入れ換えて善良な人になってくださいと話し、Cさんに話をする時間を与えませんでした。私の生死も顧みない正の気は警官らを震撼させ、彼らは黙ってCさんを連れ出しました。こんなに沈着に対応できたのは、師父が常にそばにおられて、きっと私に勇気と知恵をくださったと信じています。

 入所15日後、私は釈放されました。車で私を家まで送る途中、彼らはこんなことを教えてくれました。毎日多くの電話が国家安全局の法輪功迫害専門部署と留置場にかかってきて、私の名前を言って釈放を求めたそうです。彼らは「一日中こんな電話に対応するだけで疲れます。長年来、こんなことははじめてです」と言いました。これを聞いて、電話は海外の同修がかけてきたと分かりました。私を救出するために苦労をした国内外の全ての同修に感謝します!

 2009年、現地のある資料拠点が破壊され、私はまた巻き添えに遭い公安局に連行されました。警官らは私を刑務所に入れようと企んでいました。私は彼らに幼い時から神様に加護されてきた一生の経歴、大法の素晴らしさを教えると、彼らは好奇心に満ちていろいろ質問をし、知らず知らずに頭の中の無神論の思想を消去され、善良が呼び起こされました。私は絶えず発正念をして迫害を否定しました。2日後の午後6時前に、彼らは私を家に送りました。それ以来、悪人が我が家に来て妨害することは一回もありませんでした。

 数回留置場に入れられたことを通じて、修煉者はどんな時でも大法を心に覚え、師父が常にそばにおられることを信じて、災難に遭ったら先ず師父のご加護を願い、それから自分でできるだけの最善を尽くせば、きっと順調に魔難を乗り越えられる、ということをいっそう深く感銘しました。

 15年間の修煉に、私は多くの難関や生死の劫難を経験して苦労もしましたが、一度も後悔したことはなく、いっそう固く師父と大法を信じるようになりました。修煉の道はずっと以前に段取りされたもので、どんなに難しくても歩みきるしかありません。特に私の命、私のすべては大法が与えてくださったもので、大法を少しでも離れたら私の何もかもが存在しなくなります。私は命を尽くして大法を実証しなければなりません。今後、より精進して、より多くの衆生を救って、師恩に報いたいと思います。

 (完)

 (明慧ネット第10回中国大陸大法弟子の修煉体験交流会)

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2013/11/22/282155.html)
 
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