湖北省:暴行や臓器摘出、毒物注射で一連の迫害、男性は死亡
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 【明慧日本2013年12月21日】湖北省の法輪功修煉者・彭敏さんは青菱留置場で拘禁されている間、法輪功の煉功を堅持したため、拷問に協力する受刑者らによって繰り返し暴行を加えられていた。頭を抱えて壁にぶつけたり、顔面に拳で何度も殴ったり、足で胸や背中を狙って7回とび蹴りをしたりした。また、露出させた臀部に数えきれないほどスリッパで殴打を繰り返した。施設側の指示のもとで、死にいたるほどの殴る蹴るの暴行、滅多打ちの集団暴行が行われた。

彭敏さん

 2000年9月頃、彭さんは臀部に大きな「できもの」があった。それを治療するどころか、かえって施設側の指示で、彭さんは十数人に地面に押さえ付けられた。そして、各受刑者は指、手、腕、足を用いて、この患部を狙ってねじったり、突っ込んだり、蹴ったり、潰したりして、失神するまで彭さんを虐待した。

 2001年1月9日、彭さんは十数人の受刑者と刑務所に入れられ、虐待や暴行、拷問などの集団暴行を受けつくした。このため、体の数カ所が骨折し病院へ運ばれた。

 治療のために一時出所を許された彭さんは家で療養している間、煉功を続けたことで、体は回復してきた。そのときになると、30数人の警官が突然、彭さんの家に侵入して彭さんを強引に連れ去った。

 しかし、彭さんは施設ではなく、武漢市第七病院の手術室に送られた。

 何のための手術かの説明もなく、病室に放置された彭さん、彭さんの母親と兄は、610弁公室に病院から一歩も離れないよう24時間監視され、行動を制限された。

 その間、病室に立ち入ることができた彭さんの友人は3人いた。当時、彼らが目にした状況によると、彭さんの腰には縫った大きな傷痕が残り、病院で行われたのは治療ではなく、臓器が摘出される手術だったという。

 2001年4月5日午前、彭さんは病院で不明な薬物を注射され、翌日、深夜1時頃に突然、死亡した。

 彭さんの遺体は親族たちに迫害死の真相を隠蔽するため、中共(中国共産党)当局の指図のもとで警察側と病院側が結託して、死後2日のうちに何の手続きもなく慌しく火葬された。一方、彭さんの母親・李瑩秀さんは息子が殺害され、火葬された数日後に死んで発見された。未だに李さんの死因は不明のままになっている。

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2013/12/15/284023.html)
 
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