14年にわたる反迫害は、邪悪を一掃する(上)
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 【明慧日本2014年2月3日】

 【前書き】

 1999年7月20日、中共悪党による、法輪功に対する全面的な迫害がはじまった。それと同時に法輪功学習者による、平和的な反迫害運動もすぐさま始まった。14年の間、邪悪な勢力は絶えず衰え、正気は絶えず上昇した。最後まで堅持できる人々はみな、歴史の必然である「正義が邪悪に勝つ」光景を目にするだろう。

 今日に至るまで、世界各国の法輪功への中共の迫害はすでに徹底的に失敗した。全世界範囲内で、中共の迫害政策は各国政府と各界人士らの強烈な非難を受けている。例えば、迫害の元凶である江沢民、羅幹、周永康、劉京などの中共高官に対する告訴が、国際的に相次いで発生した。江沢民、羅幹など迫害に加担した高官は多くの国で裁判所により有罪判決を言い渡された。

 また、2013年12月12日、ヨーロッパ議会は、緊急決議案の、「中共による、生きた良心犯、および宗教信仰者と少数民族団体メンバより臓器を摘出する行為を直ちにやめさせる」、「ヨーロッパ連盟に中国国内での臓器移植、およびこの類の非道徳的な行為に関連する迫害に対して、全面的な、透明な調査の実施」を要求する決議案を通過させた。当該決議案では同時に、中共に、法輪功学習者を含む、すべての良心犯を直ちに釈放するよう呼びかけた。

 国際上、中共の迫害勢力が絶えず衰えるのに対して、法輪功の影響と名声は絶えず上昇した。法輪功は迫害されるなかで、消滅されないばかりか、かえって世界の多くの国と地区に広く伝わった。『轉法輪』とその他の法輪功関連書籍は30種類以上の言語に翻訳され、世界各地で発行されている。現在およそ110もの法輪功のウェブサイトがあり、法輪功は1000件以上の褒章と支持議案を獲得した。大紀元時報が『九評共産党』を掲載してから、「三退」ブームが起き、現在までに中共の関連組織を「三退」した人数はすでに1億5千万を超えている。また、「世界のトップショー」と賞賛される神韻公演は世界を風靡している。

 中国国内での正と邪の力の消長もますます明らかになり、中共の邪悪な勢力はますます衰えている。例えば、2002年から、中共のマスコミはもう敢えて、公に法輪功を中傷する報道をしなくなった。今日に至って、『九評共産党』に対して、世界世論による『生体臓器狩り』に対する非難に対して、国際上で高官が告訴されたことに対して、中共のマスコミはまったく、敢えて公に返答してない。なぜなら、一旦何かを発表すると、その嘘がばれてしまうからである。

 また、法輪功に対する迫害を発動した江沢民集団は絶えず力を失い、悪報に見舞われている。江沢民は権力を失い重病を患っている。迫害の重要犯・薄熙来は刑務所に監禁されている。迫害の元凶の1人である周永康は聞くところによるとすでに取り調べられ、処分をうけているという。迫害部門である「政法委員会」は大いに権力を奪われ、分割の危機に直面している。邪悪な労働教養制度は廃止され、迫害の指揮部門・610弁公室の官員は不安のなかで、びくびくしている。

 中国国内の、迫害勢力の衰えに比して、法輪功学習者と反迫害を支持する正義の力はますます強くなり、正気が絶えず上昇しているこ。ますます多くの法輪功学習者が迫害者の犯罪行為を告訴し、ますます多くの法輪功学習者の家族が立ち上がって、法輪功学習者とともに迫害者を告訴している。ますます多くの弁護士が圧力に耐えながら、法輪功学習者のために無罪弁護をし、法輪功学習者に協力して、迫害者を告訴している。ますます多くの民衆が真相を知り、立ち上がって中共の暴行を批判し、法輪功学習者を保護し救援している。また多くの警官、幹部らが真相を知り、迫害をやめたばかりか、法輪功学習者を保護するようになっている。

 14年間の反迫害の道程は、「正は邪を圧する」という永遠に変わらない真理を実証した。

 本文は年代順に、14年間にわたり、正気が絶えず上昇した事例を簡単に整理し、偉大なる歴史に証を残し、依然として迫害に加担しているものに教訓を残すものである。

 【1999年】

 1999年7月20日、中共は法輪功に対する全面的な迫害を発動した。一瞬にして乾坤が逆に回りはじめ、山河が変色し、邪悪は恐ろしい勢いで、世に比べる者なしとうぬぼれていた。

 突然なる残酷な迫害に直面し、法輪功学習者は相次ぎ陳情の道を歩み、平和的な反迫害の道程を歩みはじめた。法輪功学習者の陳情人数の多さは歴史上最高に達した。例えば、1999年7月20日、中共邪党は公に法輪功に対する迫害を宣告した。当日、数十万人の法輪功学習者が政府に平和的な陳情を行った。1999年10月25日、中共邪当の頭目・江沢民は「法輪功は×教」(中共こそ、本当の邪教である)と濡れ衣を着せた。数百人の法輪功学習者が中傷番組を見たのち、すぐさま天安門広場と人民大会堂に陳情に訪れた。翌日、およそ1千人の法輪功学習者が天安門広場を訪れ、陳情オフィスに陳情した。27日、約600人の法輪功学習者が天安門広場で横断幕を掲げ、17人の法輪功学習者が天安門城楼に法輪功の横断幕を掲げた。

「写真」

 1999年10月28日、約30人の法輪功学習者が北京の近郊で密かに記者会見を行い、実名と真実な姿でAP 通信社、ロイター通信社、AFP、ニューヨークタイムズなどの西洋の主要マスコミの北京駐在記者の取材を受け、写真を撮らせた。はじめて、中共による、法輪功に対する迫害が詳しく、中国国内から西洋マスコミに流れた。AP 通信社とロイター通信社は当日、記者会見のニュースを報道した。ニューヨークタイムズと南華早報、ヨーロッパの複数の新聞社も翌日、記者会見を報道し、大きく写真を掲載した。

 当時、中国国内の民衆は、冷静で賢明な人が多かった。1999年に中共が法輪功に対する迫害をはじめた当初、河北唐山山岳地帯に位置するある村で、村民らは真・善・忍を修煉する法輪功学習者に対して、狂ったように迫害する中共に対して、納得できなかった。村でコンクリート舗装をするとき、この村の村長はかつて人々が集団で法輪功を煉っていたところをわざとコンクリート舗装をし、「一旦法輪功をやることが許されたら、こここそ村の中心地だ」と言った。

 【2000年】

 2000年、中共悪党がわめき立てた、「3カ月以内に法輪功を消滅させる」ことが失敗した。江沢民邪悪集団は悔い改めないばかりか、却っていっそう迫害をエスカレートさせ、邪悪の勢いは更にほしいままに暴虐を行った。

 法輪功学習者は退くことなく、陳情者はますます多くなり、いろんな方法で、中国国内外で真相を伝えた。同時に、法輪功学習者は高圧に耐えながら、毅然として中共の迫害の元凶の犯罪行為を告訴した。

「写真」

朱柯明さん

 2000年8月29日、香港の法輪功学習者・朱柯明さんと北京の法輪功学習者・王傑さんは中国最高検察院に向けて、江沢民と中共邪党の組織部長・曾慶紅、中央政治局の秘書・羅幹を告訴した。当該3人が法規律に違反して、法輪功を迫害したことを訴え、李洪志氏に対する指名手配令を取り消し、公安部の憲法に違反した、「六つの禁止通告」を取り下げ、非合法に監禁されている法輪功学習者を釈放し、江、曾、羅の3人に対して、法律、及び刑事責任を追及するよう要求するなどの六項目を訴えた。当該告訴は法輪功学習者の正義ある、凛然とした正気を現し、中共悪党を非常に恐怖に陥れた。

 【2001年】

 2001年、中共は中国国内外を驚かせた茶番劇「天安門焼身自殺」を捏造し、これを口実に、迫害運動を更にエスカレートさせた。

 法輪功学習者は直ちに全世界に向け「天安門焼身自殺」の真相を暴いた。中国国内で、法輪功学習者は広範囲に、民衆らにはっきりと真相を伝えることを重点的にやりはじめた。同時に、法輪功学習者は世界各地で引き続き、中共の迫害者らの犯罪行為を告訴した。

 2001年4月6日の夜、武漢の法輪功学習者・彭敏さんが中共に迫害されて亡くなった。22日後の2001年4月29日、彭敏さんの母・李瑩秀さんが同じところで中共に迫害されて亡くなった。2001年7月17日、彭敏さんの兄・彭亮さんは弟の彭敏さんと母の李瑩秀さんが虐待されて死亡した冤罪事件をインターネット経由で、2人のアメリカの人権弁護士に伝え、当時ニューヨーク訪問中の中国湖北省公安庁長、湖北省610弁公室の2番目のリーダーの趙志飛に対して、ニューヨークで訴訟を起こすように委託した。趙は謀殺、拷問と虐待、その他の人間性のない残酷な虐待、あるいは侮辱的な虐待、反人類罪と非合法な監禁などの九つの罪名で告訴された。アメリカ連邦ニューヨーク南区裁判所は当日訴状を趙志飛の手元に届けた。2001年12月21日、アメリカ連邦裁判所は欠席裁判の形式で、趙志飛に対して、虐殺の罪が成立すると判定した。

 同年、周永康(当時、中共四川省委員会の書記)は、法輪功学習者に対する、拷問、謀殺の罪で、アメリカで告訴された。

 2001年1月4日、もっぱら法輪功に対する迫害事例と責任者を暴露するウェブサイト・「天網恢恢」が正式に稼働しはじめた。

 2001年12月6日、カナダの法輪功学習者はモントリオール市の中国語週報『華僑時報』を、法輪功に対する誹謗罪で告訴した。裁判所は12月10日に保護令を下し、『華僑時報』に法輪功に対する中傷内容の掲載停止を要求した。中共の海外への迫害の輸出は挫折した。

 2001年1月10日、カナダ籍の法輪功学習者・張崑崙教授は、中国で、中共邪党により、非合法に3年の労働教養処分を言い渡された。2カ月近く監禁されたのち、カナダ政府の関与の下で、釈放された。これは国際社会が法輪功学習者を救援した、1件目の事例となる。

 【2002年】

 2002年、中共マスコミは敢えて、再び大規模に法輪功を中傷できなくなり、法輪功迫害の首謀者・江沢民が失脚した。(いわゆる「軍委員会主席」の職務だけ保留された)

 2002年10月22日、江沢民はアメリカのシカゴに滞在中、法輪功学習者により、拷問とジェノサイドの罪でアメリカ・イリノイ州北区連邦裁判所に告訴された。

 同年10月17日、江沢民、曾慶紅と羅幹は、法輪功学習者により連名で、国連反拷問委員会、国連人権委員会に告訴された。610弁公室の頭目で副総理・李嵐清はフランスで告訴された。北京市市長・劉淇、遼寧省副市長・夏得仁はアメリカで告訴された。

 2002年11月6日、アメリカ・シカゴ市長、及び議会は満場一致で法輪功決議案を通過させた。法輪功に対する迫害と犯罪を非難し、アメリカ政府に中国政府、及び外交官による、法輪功を修煉するアメリカ国民に対する非合法な行為を調査し、それらを訴え、海外に追放するよう、要求した。

 2002年10月の初、国連難民署は日本の6人の法輪功難民申請者を国連難民と認定した。それから、国連はこの形式で法輪功学習者に対する、救助をはじめた。2002年7月から、迫害されている法輪功学習者を救援する、全世界的な活動が世界16カ国と地区で展開され、中国に監禁されていた法輪功学習者数十人が救援されて、ヨーロッパ、オーストラリアと北アメリカに到着した。

 中国国内の民衆もますます真相を知るようになった。例えば、2002年中共は法輪功に対して、勢いにのって、デマを飛ばし、中傷した。ある日、走っている列車のなかで、デマに騙された2人の女性と青年が法輪功学習者を激しく非難していた。その時、彼女らの向かいの席に座っていた1人の女性が彼女らに、「あなたたちに教えるが、私は仕事関係で、法輪功学習者の人柄を本当に認識できるようになった。彼女らは本当に彼女らが信じている、真・善・忍の法理の如く、実に人を感動させている」と述べた。この女性は若者らに、法輪功は全く世論が恥をかかせているようなものではない、と伝えた。最後に彼女は自分の身分証を取り出した。彼女は私服の警官だった。

 【2003年】

 2003年11月14日、法輪大法明慧ネットは、中国大陸の法輪功学習者らに、中国大陸のマスコミが、法輪功に対して飛ばしたデマ、誹謗中傷した物証、及び法輪功学習者が迫害を受けた物証を収集して、保管し、かつ海外に送るように呼びかけた。

 2003年、首謀者の江沢民はスイス、ベルギー、ドイツ、スペイン、韓国、台湾などで告訴され、羅幹と李嵐清も多くの国で同時に提訴された。羅幹はまたアイスランド、フィンランド、アルメニア、モルドバの四つの国で提訴された。呉官正(中共邪党の政治局常務委員、山東省委員会の書記)はキプロスで提訴された。

 2003年3月20日、「法網恢恢」組織は国連人権秘密監察機構に計4000ページに至る、11、000人以上の中国の警官、各級幹部、及びその他の具体的に法輪功に対する迫害に加担した責任者名簿とその犯罪行為を含む、法輪功学習者が受けた迫害状況報告を2部提出した。

 2003年1月20日、「法輪功迫害追跡調査国際組織」がアメリカで設立され、「天安門焼身自殺」事件を一つ目の調査対象にすると宣告。

 2003年9月30日、「全世界審江大連盟」がアメリカ・ワシントンDCで設立され、11月26日、全世界審江大連盟はハーグ国際裁判所の首席裁判官に、世界各国の法輪功学習者による、江沢民に対する提訴資料を提出し、江沢民に対して審判するよう要求した。

 2003年12月8日、アメリカで「法輪功迫害国際特別裁判所準備委員会」が設立された。その宗旨は法輪功に対する迫害に対して、国際特別裁判所を設けることを推し進めることであった。

 2003年、中国各界の民衆は更に真相をはっきり知るようになった。一部の民衆は自ら法輪功学習者を守った。例えば、2003年末、汽車に乗り、娘を迎えに北京空港に向かったある法輪功学習者は汽車のなかで、法輪功の真相を伝えていた。当時、彼女は中共が全国の鉄路部門に、北京に向かう列車の中で、法輪功を宣伝する人がいたら直ちにつかまえ、乗務員が法輪功学習者を密告すると5000元の奨励金を支給するように、命令を下していることを知らなかった。ひとりの若い男性乗務員は、彼女が法輪功学習者であることに気付いたのち、ずっと密かに車両の入り口で鉄道公安員の動きを見張り、密かに彼女を守った。列車が駅に入ると、この乗務員はまた自ら彼女にこの列車の帰りの時間を教え、彼女にまたこの列車に乗るように伝え、またいかにこの列車の切符を買えるかを教えた。娘を迎えたのち、この法輪功学習者は乗務員に教えられたとおり、順調に帰りの切符を買い、またその列車に乗った。その時、乗務員はやっとその法輪功学習者の娘と話す機会があり、彼がこうするのは法輪功学習者が危険に晒されないように守るためだと伝えた。

 2003年、武漢市洪山区610弁公室は九峰郷に洗脳班を開いた。1人の法輪功学習者を洗脳班に監禁すると政府から6千元の洗脳費用が支給された。人数を揃えるため、4月10日の夜、洪山区花山鎮派出所と鎮610弁公室は3台の車を出して、現地の法輪功学習者・李九蘭さんを非合法に捕まえようとした。李さんは理詰めで大いに言い争った。李さんの夫(法輪功を修煉してない)は警官と大いに口論し、妻を連れていけないようにした。子供は母の脚を抱えて、心臓と肺がはり裂けんばかりに泣き、村民を驚かせた。怒りを覚えた村民らは相次ぎ悪いものらを非難し、また何人かの村民はなんと無理やりパトカーから李さんを奪い返した。前後して30分くらいの間だった。

 2003年3月中旬、吉林省のある法輪功学習者は自宅で警官に強制連行され、直接労働教養所に送られた。身体検査時、高血圧と診断され、入所を拒否された。その後、警官はどんな手段を尽くしたか知らないが、当該法輪功学習者を労働教養所に入所させ、非合法に監禁した。その法輪功学習者の息子(20歳くらい)も法輪功学習者であった。彼は近郷の人々に父親のことを伝え、父を救援する署名を集めた。彼は1千軒以上を回り、668人の署名を集めた。ある人は、「彼が法輪功の修煉者だからこそ、署名した、法輪功を修煉する人でなければ、署名なんかしない!」と述べた。

 【2004年】

 2004年、中共の邪気は更に衰えてきた。その証となる事件として、2004年年末、大紀元時報がシーリズの論評『九評共産党』を発表し、壮大な「三退」のブームを引き起こし、中共悪党が解体しはじまったことである。

 2004年、首謀者・江沢民は最後の権力・軍委員会の主席の座を失った。

 2004年、江沢民、羅幹、劉京、周永康、李嵐清、賈慶林、李長春、黄菊、薄煕来、陳至立(当時教育部長を担当)、孫家正(文化部長)、王茂林(中央610弁公室の頭目)など中共の高官らが、同時に、あるいはそれぞれ、カナダ、ボリビア、アテネ、オランダ、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカ、タンザニア、韓国、オーストリア、スペイン、米国、イギリス、ポーランド、ロシア、フランス、アイルランド等で告訴された。中国反邪教(中共こそが本当の邪教である)協会の副理事長・王渝生、安徽省委員会の書記・王太華、黒龍江、北京、山東、吉林などの4省の610弁公室の頭目の張暁光、張憲林、董宗方、高奎先など迫害に加担したものらは、相次ぎ外国で告訴された。

 2004年、中共北京市委員会の書記・劉淇はアメリカ北カリフォルニア州地区裁判所で有罪判決を判定された。同年、中国前教育部長、現在国務委員・陳至立はタンザニアで訴えられ、呼び出されて、自ら出廷して、応訴しなければならなかった。これは、法輪功に対する迫害に加担した、中国官員を提訴して、はじめて被告が自ら出廷した事件である。同年、元武漢市ラジオテレビ局、武漢テレビ局局長・趙致真はアメリカで訴えられた。趙はアメリカコネチカット州ニューヘイブン市の連邦裁判所に応訴を延期する申請を提出した。これは法輪功学習者が海外で告訴した事件のなかで、陳至立がタンザニア法廷に出廷して応訴してから、もうひとりの出廷した被告になる。

 2004年、中共甘粛省書記・蘇栄はザンビアで告訴されて、拘留され、審問を待っていた。これは法輪功学習者が法輪功に対する迫害に加担した中国官員を告訴した案件のなかで、はじめて被告が拘留された件である。その後、蘇栄は時間通り、出廷せず、出国を禁止された。ザンビア警官側はまた蘇栄を逮捕する指名手配令を発行。蘇栄はその後、国境を越えて逃亡し中国に帰った。

 2004年2月3日、カナダオンタリオ州高等裁判所は、トロント駐在中国副領事・潘新春に対して、トロントの法輪功学習者・ジェエル・チプカー(Joel Chipkar)さんを誹謗した罪で、賠償を命じた。これは法輪功学習者が海外で法輪功に対する迫害に加担した中国外交官を告訴して、はじめて勝訴したもの。中共の海外への迫害の輸出は再び失敗におわった。

 2004年3月5日、国連の「不法拘禁調査チーム」は中国大陸の法輪功学習者・李凌さんと裴継林さんが、法輪功を修煉したことを理由に拘禁・逮捕され、判決を受けたことに対して、法輪功は世界人権宣言の保護を受けるべきであり、中国政府は李凌さんと裴継林さんに対する判決を改め、世界人権公約を遵守すべきであるとした。国連のこの判決は、中共邪党による、法輪功に対する迫害の違法性について、権威ある結論を出した。今後中共邪党の幹部に対して、法律責任を追及するにおいて重要な参照となった。

 2004年、国内では引き続き告訴が続いた。例えば、11月、241人の中国大陸の法輪功学習者の家族が全国人民大会、最高検察院、司法部、及び河南省高級検察院、司法庁、湖南省各級地、市の検察院、司法局に訴状を渡した。湖南省エン江赤山刑務所の警官がその親族に対して拷問し、虐待したことを訴え、凶行を厳しく処罰するよう要求した。

 2004年末、高智晟弁護士は「全国人民代表大会常務委員会、及び呉邦国委員長へ公開書簡」を書いた。その後、高弁護士はまた中共高層に2通の公開書簡を書き、法輪功に対する非合法な迫害の停止を強く呼びかけた。これは中国法曹界において、はじめて正式に法輪功に対して、声援し、支持したことになる。

 2004年、中国民衆による、法輪功学習者を守る事例は引き続き現れた。例えば、8月8日午後、湖北キ水県の警官6人がキ水朱店鎮九坪村の法輪功学習者・姚望来さんの自宅に押し入り、姚さんを強制連行しようと企んだ。姚さんの家族は理詰めで大いに論争し、かれらの強制連行に抵抗した。怒りで慌てふためいた警官は暴力を振るった。それに驚いた、九坪村の村民らは、畑から、自宅から、姚さんの家に駆けつけ、村長まで駆けつけて、警官に良い人を捕まえないように説得した。しかし、警官は非常に強硬で、どうしても姚さんを掴まえようした。その場にいた100人以上の村民は激怒して相次ぎ前に出て、不法な警官と対峙した。最後に警官は仕方なく、逮捕計画を放棄し、あわててその場を去った。

 【2005年】

 2005年、『九評共産党』の引き起こした「三退」ブームは更に盛り上がり、「三退」した人数は毎日激増した。このことは中共の弱点を掴んだ。中共は敢えて公に返答することができず、また返答する力がなくなり、解体を待つしかなくなった。

 2005年10月9日、法輪大法学会は公告を発布し、各省、市の主要官員、及び中共邪党の頭目に向け、法輪功に対する迫害に加担することを即時停止、あるいは引き続き加担することをやめるよう要求した。そうしないと、その刑事と民事の責任を追及する。かつ以前罪を犯したが、改めた官員は保証書と懺悔書を明慧ネット、あるいは各地の法輪大法学会に送って、整理保存するように要求した。

 2005年10月16日、「法輪功迫害追及国際組織」は「全世界監視追及システム」を全面的に稼働し、中国大陸で法輪功に対する迫害に積極的に加担した中共邪党の各級党政官員に対して監視、追跡し、法輪大法学会の公告発布後の海外での提訴に協力すると宣告した。

 2005年、首謀者の江沢民、及び共犯者の李嵐清、曾慶紅、羅幹、周永康、劉京、薄煕来、丁関根、徐永躍(国家安全部部長)、夏徳仁(大連市長)等は同時に、或いはそれぞれイギリス、スウェーデン、日本、ペルー、ベルギー、韓国、米国、カナダ、スペインなどで告訴された。

 同年、清華大学の校長・顧秉林、中国外交学院の院長・呉建民、中国科学院の副院長・陳竺、首剛グループの理事長・王青海、湖北省常務委員、湖北省対外文化交流協会の会長・張昌爾、湖北テレビ局の局長・唐源涛、河北省委員会の書記、現在中国情報産業部の部長・王旭東、吉林省委員会の書記・王云坤、遼寧省凌源刑務所管理支局の局長、 610弁公室の頭目・李元偉、河南省党委員会の書記・徐光春、最高人民検察院の検察長、610弁公室の副主任・賈春旺、広東省の省長・黄華華、吉林省委員会の副書記・林炎志、広東省委員会の書記・張徳江など、中共の共犯者らが海外で告訴された。

 2005年、2月23日、中国科学院の「法輪功問題処理リーダグループ」の副組長、中国科学院党組織の副書記・郭伝傑はニューヨークの法輪功学習者により、拷問の罪とジェノサイドの罪で告訴された。6月2日、アメリカ連邦ニューヨーク南区地方裁判所は郭伝傑に対して欠席裁判を行い、被告の郭伝傑に、原告にもたらした傷害、及び経済損失を賠償するよう判決を下した。

 2005年、中国大陸の多くの法輪功学習者の家族と民衆らは公に迫害に反対した。例えば、2005年9月と2006年3月、湖南株洲市の1061人の法輪功学習者の家族は連名で陳情書を出し、国際人権組織に、白馬リュウ労働教養所で法輪功学習者を迫害した黒幕に注目するよう呼びかけた。2006年12月9日、2500人の法輪功学習者の家族は再度連名で国連に陳情書を送り、非合法に監禁されている法輪功学習者に対して行った、白馬リュウ労働教養所の残酷な迫害停止を助けるよう呼びかけた。今回の訴えは規模が大きく、国際社会の深い注目を浴びた。この行動は更に多くの地区の一般民衆が公に前に出て、法輪功に着せた濡れ衣を晴らすよう動かした。これは中国大陸の形勢の変化、人心の向背の変化を示した。

 【2006年】

 2006年、中共による、生きた法輪功学習者から臓器狩りを行った犯罪行為がはじめて暴露され、国際社会を震撼させ、その行為は「この地球上かつてなかった罪悪」と称された。

 2006年、首謀者の江沢民の腹心、江系の「上海グループ」の重要メンバーである、中共上海市委員会書記、中共中央政治局委員の陳良宇が悪報をうけて、調査、処分された。これは江沢民犯罪グループの勢力が急速に下降した証である。

 2006年、江沢民、及びその共犯者・羅幹、李嵐清、劉淇、賈慶林、薄煕来、陳至立、葉小文(宗教局局長)などは同時に、或いはそれぞれオーストリア、ウクライナ、スウェーデン、カナダ、米国などで告訴された。

 同年、中国武漢同済病院の臓器移植研究院の院長・陳忠華、上海中山病院の臓器移植中心研究室の主任・朱同玉、東方臓器移植センターの主任・沈中陽は、米国で、生きた法輪功学習者から臓器狩りを行ったことにより、厳重な拷問の罪を起こしたとされ、告訴された。

 2006年12月14日、1年6カ月に及んだオーストラリア法輪功学習者による、オーストラリアの前外相・ダウナー氏が職務権限を乱用して、法輪功がキャンベラ中国大使館前で平和的に行った抗議を制限した訴訟案は、ダウナー氏が再び抗議の制限証を発行せず、かつ原告の法輪功学習者の訴訟費用・2万オーストラリアドルを支払うことで終了した。中共による、法輪功に対する迫害を海外へ輸出することは再び大きな失敗で終わった。

 2006年5月ごろ、中共の司法部門(司法部から基層の司法局まで)は上から下まで、各層にドキュメントを発行し、「全国で400人の弁護士が公に法輪功の名誉回復を要求している」ことを通報した。ドキュメントは敢えて法輪功のために声を出す弁護士らを脅すためのものだったが、却って中国法曹界が集結して、中共の暴行を排斥する力量を見せた。

 2006年、中国民衆による、法輪功学習者を保護する事例は引き続き現れた。例えば、9月17日の夜、青島市城陽区紅島街道派出所は、聯防人員を指図して、紅島西大洋村の法輪功学習者・趙宇群さんを強制連行しようと企んだ。この情報を得た、村民らは走り出て、不法人員らをぐるりと取り囲んだので、趙さんはその間に脱出することができた。村民らはまた悪人らが趙さんの妻を人質にしようとした行為をもきっぱり制止した。結果、悪人らは強制連行の陰謀をやめるしかなかった。

 【2007年】

 2007年1月3日から5月16日まで、法輪功学習者を主体とする、米国神韻芸術団が米国、ヨーロッパ、アジアとオセアニアなど四つの洲、33都市で、神伝文化を主題とする、全世界華人新年のタベを81回上演し、20万人以上の各民族の観客が劇場で鑑賞することができた。神韻はそれから、全世界を風靡し、「世界トップショー」と賞賛されている。

 2007年、中共江沢民集団の勢力は急速に衰え、6月2日、江系「上海グループ」のもう1人の重要メンバ、中共中央政治局常務委員の黄菊が北京で病死した。年は69歳。黄菊は常務委員として、満期を迎えることができず、悪の報いを受けて病死した。これは疑いもなく、江沢民集団に対する、もうひとつの大きな凶兆である。

 2007年、江沢民、羅幹、李嵐清と劉淇はオーストリアで告訴され、賈慶林は日本で告訴された。

 2007年、薄煕来はオーストラリアで告訴され、欠席判決を受け、敗訴した。

 2007年11月18日、スペインの憲法裁判所は正式に法輪功学習者による、江沢民、羅幹に対する告訴を受け取った。被害者から提供したすべての資料を受け取り、2号法廷のすべての裁判官は、スペイン司法は必ず中共邪党による、法輪功学習者に対して実施したジェノサイドの犯罪行為を調査すべきであり、江沢民、羅幹は必ずスペイン裁判所による、かれらに対するジェノサイド、拷問の罪、反人類の罪に対する調査を受け入れるべきであると決定した。

 2007年6月28日、朱柯明さんともうひとりの香港の法輪功学習者・傅学英さんは香港高等裁判所に民事訴訟を提出し、江沢民、李嵐清、羅幹の3人を告訴した。8月9日、香港高等裁判所は、拷問などの罪で、江沢民、李嵐清と羅幹を訴えた、原告の法輪功学習者・朱柯明さんと傅学英さんに「司法管轄区外で送達する許可令状」を渡すことを裁定し、中国大陸で被告に法律ドキュメントを送達することを許可した。これは反迫害告訴のなかでの、もう一つの大きな突破である。

 2007年4月27日、石家荘市中級裁判所は法輪功学習者・王博さん一家に対する二審開廷を行った。北京からやってきた6人の正義ある弁護士らは中共の度重なる阻止を乗り越え、法廷で法輪功学習者のために無罪弁護を行った。弁護士らは道理を踏まえて容赦なく言い、「憲法は至上、信仰の自由と人権を守る」べきであるという角度から、憲法と立法、司法プロセス、法律の事実などの方面から、王さん一家3人のために無罪弁護を行った。弁護士らは法輪功に対する迫害は法律の根拠がなく、しかも違法で、憲法に違反しており、すべての法輪功学習者に対する審判と量刑は非合法である、すべての法輪功学習者に対する逮捕、拘禁、審判に参加した組織と個人はみな罪を犯している、と指摘した。6人の弁護士らは出廷して法輪功のために無罪の弁護をし、正気が凛然として中国の正義ある弁護士のゆるぎない決意と勇気を示した。それから、ますます多くの正義ある弁護士が勇敢に、法輪功学習者のために立ち上がり、声を出した。

 中共はずつと弁護士が法輪功学習者のために弁護することを禁止した。弁護士許可証を取り下げる、追跡、脅す、拘留、労働教養、刑を言い渡すなどのごろつきの手段で弁護士を脅したが、弁護士の良知が目覚めることを阻止することはできず、弁護士界の正義と勇気を圧制することができなかった。

 【2008年】

 2008年、中共はオリンピックを主催する機会を利用して、狂ったように法輪功を迫害した。しかし、なんといっても、大勢はすでに去り、以前のような迫害の勢いを取り戻すことができず、却って全世界の非難を招いた。

 2008年1月16日、韓国に住んでいた2人の中国籍の法輪功学習者が難民資格告訴で勝訴した。これはアジアではじめて、法輪功学習者を難民として認めた判決となる。

 2008年6月3日、イタリアのローマ刑事法廷では、中国語新聞『新華時報』による、法輪功に対する誹謗罪が成立すると宣布した。中共の海外への迫害の輸出は再び大きく挫折した。

 2008年、中国大陸では法輪功学習者の家族と民衆が大量に公に立ち上がり、迫害に反対した。例えば、10月31日、河北省石家荘市新華区裁判所は女性法輪功学習者の王三英さんに対して、非合法に開廷審理を行った。2人の弁護士は王さんのために無罪弁護を行った。公訴人と裁判官も最後に異議がなかったが、当局は依然として、王さんを非合法に監禁し、釈放しなかった。王さんの親族と友人、およそ40人が連署で、石家荘新華区裁判所に直ちに王さんを釈放するように求めた。

 また、原籍が湖北省鹹寧市の劉社紅さんは、かつて遠くまで名を知られる「問題青年」だった。麻薬を吸い、殴り合い、何回も投獄されていた。2006年年末、劉氏は法輪功を修煉しはじめた。わずか4カ月の間に、劉氏は数年間吸っていた麻薬をやめて、元気になり、顔色もよくなってきた。また、本来もっていた悪い習慣をすべて捨て、良い人に生まれ変わった。彼を知る人はみな不思議に思った。しかし、よい人に生まれ変わった劉氏は中共に非合法に逮捕され、刑を言い渡された。同郷の人は劉さんが逮捕されたことを聞き、相次ぎ署名して、劉さんが悪い人からよい人に変わったことを証明し、公安が劉さんを釈放するよう望んだ。

「写真」

同郷の人が署名した原本のスキャン

「写真」

 鹹寧市鹹安区大橋村村民委員会の証明書

 (続く)

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2013/12/22/284334.html)
 
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