遼寧省の女性が留置場で受けた迫害事実
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 【明慧日本2014年6月24日】遼寧省撫順市の呉麗霞さん(57才女性)は法輪功を学んで18年になる。呉さんは、中共(中国共産党)当局に5回にわたって不当に連行され、拘禁や労働教養処分などを受けてきた。

  1999年7.20、中共当局は法輪功への弾圧を開始した。2000年7月18日、呉さんは法輪功への迫害停止を求めて北京へ行こうとしたが、撫順駅で警官に連行され、新撫区公安分局へ送られ、手錠で暖気管に繋がれた。翌日、将軍獅子楼留置場に送られた呉さんは断食をして迫害に抗議したが、四肢を固定され、灌食された。

酷刑演示:銬在暖氣管上
拷問の実演:手錠で暖気管に繋がれる
酷刑演示:野蠻灌食(繪畫)
拷問イメージ図:灌食される

 2001年1月26日(旧暦)、新撫区の警官は、区内の法輪功修煉者10数人を連行した。呉さんもその中の一人で、再び獅子楼留置場に拘禁され、尋問を受けた。呉さんは数日後に解放された。

 2001年4月、地元の警官は呉さんを撫順市教養院(武家堡教養院)に連行し、40日間拘禁した。教養院で呉さんは殴打され、肋骨を蹴られ、下記写真のような体勢で、「飛行機の操縦」と呼ばれる刑で苦しめられた。

酷刑演示:開飛機
拷問の実演:「飛行機の操縦」


 マンションの建て直しのため、呉さんは撫順市河東に引っ越したが、警官は呉さんの新しい住所を調べた。そして、2004年5月10日の昼ごろ、警官は突然、呉さんの自宅に押し入り、呉さんに暴行を加えて強制連行した。そのため、呉さんは左腕を負傷したが、夜中に撫順市南溝留置場に送られた。留置場で15日間拘禁された呉さんは2年の労働教養処分を下され、馬三家労働教養所に収容された。

 教養所で、呉さんは囚人のような扱いに抗議し、囚人服を着なかったため、殴打され、何度も独房に拘禁された。ある日、下着を着ていた呉さんは鉄の椅子に座らされ、椅子に電気を繋がれ、下着、太もも、臀部まで焼かれた。

酷刑演示:鐵椅子
拷問の実演:鉄の椅子に座らされる
 

 2005年11月21日、呉さんは警官に尋問された。尋問のとき、警官は新聞紙を巻いて、呉さんの頭部、四肢を強く殴った。

 2005年11月24日、4人の男性警官は呉さんを囲んでひどく殴打した。呉さんは体中があざだらけになり、鼻骨が折れ、痛みに耐えられず意識を失った。しかし、警官に囚人服を強制的に着せられ、吊るし上げられた。翌日、呉さんは歩けなくなったという。

酷刑演示:毒打
拷問の実演:殴打される

 2006年6月9日、呉さんは教養所から解放された。

 2006年8月28日午後2時ごろ、呉さんは自宅の近くで5度目の連行に遭った。その後、呉さんは撫順市の羅台山荘洗脳班に入れ込まれ、21日間にわたって強制洗脳されたという。

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2014/6/9/293230.html)
 
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