復旦大学の元大学院生 刑務所で迫害され肝腫瘍発症
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 【明慧日本2014年7月1日】上海市の復旦大学の元大学院生・張公華さん(39歳男性)は在学中の1999年、法輪功への迫害停止を求めて北京に行ったとして、大学側から強制的に休学処分を受け帰宅させられた。2002年7月、張さんは生計のため、瀋陽市でアルバイトをしていたときに警官に連行され懲、役15年の実刑判決を言い渡された。その後、瀋陽市刑務所で監禁された張さんは酷い拷問を受け、奴隷労働を強いられ、健康状態が悪化した。肝腫瘍と診断されたが、刑務所外で治療するための「一時出所」は許されなかった。

 1999年7月、中共(中国共産党)当局は法輪功への弾圧を開始した後、張さんは大学側に「法輪功は健康にとても良い」と言ったことで、1週間以上監禁された。その後、張さんは直接北京へ行き、法輪功の素晴らしさを政府部門に伝えようとした。しかし、北京で上海の北京駐在弁公室により連行された。そして、大学に戻されて、3カ月間拘禁された。

 2000年の新年の前、張さんは大学側から1年の休学を通知された。

 2000年6月、張さんは天安門広場で法輪功が迫害されている真相を人々に伝えたため、警官に連行され、大興県留置場に拘禁された。その後、張さんは上海市の留置場で1カ月間拘禁された後、実家にある湖北省に送還された。

 しかし、張さんは地元でも警官に騒ぎ立てられたため、放浪生活を余儀なくされた。生計のため、張さんは東北地方に行き、アルバイトをしていたが、2002年7月5日、撫順市公安局の国保(国家安全保衛)大隊の警官に連行された。公安局で張さんは5日間連続で睡眠を許されず、1日のうちに3回以上も殴打され紐で縛られた。

 その後、撫順市第一留置場に入れられ、全身傷だらけの張さんは、足かせをつけられ、両腕を背中に回され手錠をかけられた。迫害に対して、張さんは断食で抗議を行ったが、食道が血まみれになるまで、濃塩水や粉辛子などを灌食された。

 2002年11月、張さんは弁護士の出廷なしで開廷された。裁判はわずか数分間で終わり、張さんに懲役15年の実刑判決が宣告された。張さんは判決書にサインを求められたが、拒否し、その後10日以内に上訴したが、どの部門も受理しなかった。

 そして、2003年4月、張さんは瀋陽市第四刑務所に収容された。刑務所で張さんは受刑者に殴られ、重労働を強いられ、ハエ、鼠の糞などが入っているご飯を食べさせられた。

 数カ月後、張さんは瀋陽市第二刑務所に移送された。第二刑務所で奴隷労働に断食で抗議した張さんは、強制的に灌食され、嘔吐が止まらず、70日間起き上がれなかった。その後も、警官は秘密裏に張さんにひどい暴行を加えた。

 2007年12月19日、張さんは瀋陽市第一刑務所に移送された。第一刑務所は張さんなどの法輪功修煉者に信条を放棄させるため、非人道的な手段を使って、迫害を行った。例えば、吊るし上げる、トラの椅子に座らせる、長時間同じ姿勢を保持させる、爪楊枝を使って目を開かせて睡眠を剥奪する、食事を制限して満腹にさせない、罵る、殴打する、のどにトウガラシの水を流し込む、目にトウガラシの水を入れる、 綿棒で耳、鼻を突きさす、湯で火傷をさせる、体や生殖器などにスタンガンで電気ショックを加える、氷で睾丸を凍らせるなど。

酷刑演示:老虎凳
拷問の再現:トラの椅子に座らされる
酷刑演示:上绳
拷問の再現:紐で縛られる
中共酷刑示意图:背铐
拷問のイメージ図:両腕を背中に回され手錠をかけられる
酷刑示意图:摧残性灌食
拷問のイメージ図:非人道的な灌食

 長年にわたって、さまざまな拷問を受けた張さんは、検査で肝臓に腫瘍が見つかったが、出所を認められないでいる。刑務所外での治療も許されず、拘禁され続けているという。

 (注:法輪功修煉者を迫害している主要な責任者らの情報は、中国語のページを参照)

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2014/6/8/293174.html)
 
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