大連市の法輪功学習者が受けた迫害(写真)
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 【明慧日本2014年8月6日】私は孫桂香と申します、2005年に法輪功を学び始めました。

 2012年4月27日の朝、大連市開発区で法輪功の資料を配ったため告発され、得勝派出所の5、6人の警官に連行されました。どこから来たのかと聞かれましたが答えませんでした。そのため、警官らに暖房器具の管に12時間わたって手錠でつながれました。そして、まだ法輪功を続けるかと聞かれ、「はい」と答えると、殴られたり蹴られたりしました。朝3時に開発区に連れて行かれ、検査されました。2時間後に市内の姚家留置場に連れられ、拘禁されました。

拷問の再現:暖房器具に手錠でつながれる

 姚家留置場に拘禁された私は、囚人服の着用を強要されましたが、拒否したため殴られました。しばらくすると、写真を撮られそうになりましたが、応じなかったため警官3人に押さえつけられ、強制的に写真を撮られました。さらに一枚の紙に拇印を押すことを強要されましたが、拒否したため針のようなものを指に刺されてたくさんの血が出ました。

拷問の再現:指に針を刺される

 数日後に二人の男性警官に、まだ法輪功を修煉するかと聞かれ、書類へのサインを求めてきました。「はい」と答えると、白いクリップを全身につけられました。どんなに迫害されても、煉功を続けました。姚家留置場に20日間拘禁された後、瀋陽市の馬三家労働教養所に移送され拘禁されました。

 馬三家労働教養所三大隊で、私は囚人服を着なかったため毎日背もたれのない椅子に座らされ、テレビを見せられ、教養所の規則も暗誦させられ、三書を書かされ、法輪功と創始者を罵るよう強要されました。それに応じなかったため、囚人に殴られ、警官に「大掛」(拷問の一種、下図を参照)され、手の皮と肉が裂けました。2回目の「大掛」された時に腕が脱臼しました。私は大隊長に殴られ、顔を叩かれました。そして、名前も知らない警官に数回にわたって髪をつかまれて頭を壁にぶつけられました。「大掛」された後、体が衰弱したのに重労働を強いられました。このような迫害を、約1年間にわたって受けました。

馬三家労働教養所で受けた拷問:大掛

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2014/7/30/295369.html)
 
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