地獄から天国への7日間
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文/遼寧省の大法弟子 清心

 【明慧日本2015年7月3日】私はかつて、医師に100日以上生きられないと診断されました。

 私は名医を探して、ビルや山間部を頻繁に往来しました。卵巣癌末期の手術後に、再び現れた鶏卵大ほどの腫れ物に直面し、全く髪の毛が生えてこない頭を見て、また心臓病で3日に2回、救急車で運ばれ、その度に病院からの危篤通知書を見て、私はどう対処すべきか、答えはありませんでした。以前の状態を取り戻す力はありませんでした。

 医師から次々に出される非情な宣告を聞き、私は絶望状態に陥り、もう涙も出ません。死神は18階建てのビルの下から、「さあ、飛び降りなさい。そうすれば苦痛から逃れられますよ」と私に呼びかけてきます。渾河の波しぶきは堤防を叩いて、「飛び込みなさい。彼岸に送ってあげますよ」と声をかけてきます。「いいえ! いいえ! いいえ!……」。全ての非情な宣告を前に、全ての死神の呼びかけを前に、私は恐怖でぶつぶつ呟きながら、意識がもうろうとする中で、奇跡の現れるのを待っていました。

 2010年7月28日、医師から最後通牒が下されました。盛夏の強い日差しの下、蝉がやかましく鳴いていました。ベッドにいる私は何の望みもなく、暗黒で冷たい地獄を待っていました。

 2010年8月20日、激しく雨が降りしきる日、知らせを聞いて友達のお姉さんが私の家を訪ねて来ました。私は彼女の体から雨水が床一面に滴り落ち、彼女の慈悲深い、涙が一杯の両眼を見ました。私は青白くて力のない両手で、私を生き返らせた『轉法輪』を彼女から受け取りました。

 2010年8月27日、いつもと変わらないごく普通の日の朝9時、私は姿勢を正して座り、『轉法輪』を1時間半、一気に60ページ読みました。その後、軽々とベッドから降りて入口まで歩き、振り返って驚きました。20分も座れない私はどこへ行ってしまったのでしょうか?!

 同日午後3時30分、私は原因不明の高熱が出て、全身が激しく痛み、驚いた友達は私を病院に送りました。38.2度の高熱で、夜の8時まで点滴をしても、熱は下がるどころか、38.5度まで上昇しました。その上、下痢も始まりました。どんな方法でも「病状」をコントロールすることはできませんでした。友達は突然、「もしかして、本を読みましたか?」と私に聞き、すぐにお姉さんを呼びました。雨の中を急いでやって来たお姉さんは私を見て、頷きながら言いました。「師父があなたの体を浄化してくださっています」「師尊に感謝致します!」。私はベッドの上で、深く頭を下げました・・・。

 もっと不思議なことに、翌日の朝、主治医は出来たばかりのレントゲン写真と検査結果表を見て、驚いた様子で私の目の前で言いました。「何か起死回生の妙薬でも飲みましたか? 腫れ物が消えました! それに、あなたの検査結果は全て正常に戻りました! あなたは治ったのですよ!」。同室の人々の興奮が一瞬の間に消え、皆は驚きの眼差しで私を見つめていました。

 「私は『轉法輪』を読みました。僅か7日間、『轉法輪』を読んだだけです!」と私は言いました。皆は目を丸くてし、まるで神仏が下界に降りてきたのを聞いたかのようでした。「本当に不思議だ!」と興奮して主治医は繰り返し言いました。友達は「法輪功は本当に素晴らしいです!」と嬉しそうに言いました。私はぼうっとして自分のお腹を撫でながら、涙が止まらず、長い時間経ってから、一言言いました。「退院し、師父について家に帰ります!」

 7日間、それは人生の長い流れの中の一瞬の間に過ぎず、それは、果てしない歳月の中の瞬く間に過ぎません。しかし、2010年8月20日から8月27日、私は死刑を宣告されましたが、ところが地獄から天に跳び上がったのです。

 7日間・168時間・10,080分・604800秒、私の未知の世界で何が発生したのか分かりませんでした。しかし、私にははっきり分かっていました。慈悲で偉大な法輪大法の師父が、病業に満ちた私を地獄からきれいに洗って、掬い上げ、私に新しい生命を授けて下さったのです。

 7日間大法を学んだ私は、死神との契約を破り、全身の病業を取り除き、元気になったことが私の周辺に知れ渡りました。知り合いや、知らない人でも噂を聞いて訪ねて来て、顔がつやつやとして、元気な明るい笑顔の私を見て、皆が口を揃えて称賛しました。「法輪大法は素晴らしい!」

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2015/3/13/306190.html)
(English: http://en.minghui.org/html/articles/2015/3/25/149478.html)
 
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