あの最も貴重な師父との追憶の日々
■ 印刷版
 

文╱中国の大法弟子

 【明慧日本2017年7月30日】1994年まで、私は偏頭痛、貧血、ぜんそく、頸椎症、ノイローゼ、不眠症など様々な病気を患っていました。病気治療のため、いろんな気功を試しましたが、効果はあまりありませんでした。

 ある日、気功雑誌で法輪功を紹介する文章を読みました。その文章によると、法輪功は真、善、忍を修めており、そして、師父はすべての学習者の下腹部に法輪を植え付けて下さるとのことで、とても不思議に思いました。数日後、いつも気功を一緒に鍛えている友人から、「長春に法輪功を習いに行こう」と誘ってくれました。私はとても行きたいと思いましたが、しかし、仕事が忙しくて、結局諦めるしかありませんでした。友人は長春から『法輪功』と言う本を持ち帰ってくれました。その本にとても惹き付けられ私は、「これこそ私が探していたものだ!必ず法輪功を習おう」と決意しました。

 友人は「次の師父の講習会は済南で開かれ、期日は1994年6月20日となっています」と教えてくれました。

 私達は済南に来ました。やっと受付の場所を見つけました。全国各地からたくさんの学習者が来ていて、皆さんに会うと何故か親族に会ったように親しく感じました。皆は私達が東北から来たと聞いて、とても不思議そうに、「師父はあなた達の故郷から功法を広められ、今、法を広める時期はもうすでに終盤になっています。あなた達は逆にはるばる山東省にやって来て、しかも、始めて講習会に参加するなんて、とても信じられない」と言いました。彼らの中に、すでに9回も講習会に参加した人もいて、ほとんどの人は3回以上参加していました。また台湾や日本から来た学習者も見かけました。これだけ多くの学習者が、すでに何度も師父の講習会に参加していると聞いて、私達は本当にとても羨ましく思いました。

 講習会の1日目、始めて師父にお目にかかりました。師父は身長が高くて、優しくて、若く、とても格好がよくて、本当に20~30代にしか見えませんでした。私はとても感激しました。師父の講義が始まると、さらにびっくりしました。「この声は、とてもよく知っている!」、「いつかどこかで聞いたことのある声だ!」と思いました。その後、他の学習者にその話をしたら、彼は「始めて師父の声を聞いた時、皆同じように感じていますよ。師父とは、いくつかの前世ですでに縁が結ばれていたのですね。あなたは本当に幸運です。講習会の最後の時期に修煉に入ることができて、本当に幸運な人です!」と言いました。

 講習会に参加している学習者の中には、家族全員で参加している人もいれば、親戚や友達、同僚の間柄の人もいました。まさしく師父がおっしゃった「相継いでやって来て、道に入り法を得ます」[1]、その通りでした。

 師父の博大で奥深い説法とその後の質疑応答を聞いて、私の世界観はとても大きく変わりました。真の佛法とは何か、修煉とは何か、どう修煉するか、どう心性を高めるかが始めて分かりました。私は毎日の時間がゆっくり流れてほしい、そうすれば、もっと師父の説法を聞けるからと願いました。毎回、師父が会場に入られると、4、5千人の人々からたちまち盛大な拍手が送られ、その後、すぐにしんと静まりかえって、呼吸の音すら聞こえるほどに静かになりました。しかし、皆が師父の説法を拝聴している中、私はなんと何度も寝てしまいました。その為、私は悔しくて堪りませんでした。その後、「師父の説法を拝聴しながら眠りに付いている人がいるのよ。それは師父がその人の頭の病業を浄化してくださっている」と聞いて、やっと安心しました。確かにそれから、30年間悩まされてきた偏頭痛が再発することはありませんでした。また、師父がおっしゃった下痢の症状があり、私は何度もトイレに行たくなりました。

 毎回講義が終わると、各地から来た学習者達は皆集まって一緒に交流し、そして、各地で開かれた講習会で起きた不思議な出来事の話をしました。皆さんと一緒にいたあの頃は、本当に忘れられない思い出になりました。最後、数千人の人が出身地ごとに、師父と記念撮影をしました。一つの地域の人と撮り終わると、師父は「次の省の人は並びなさい」とおっしゃって、皆は静かに立ち並び、師父は皆の真ん中に入られ、1枚、さらに1枚、数十枚の写真がとても早く撮り終わりました。その効率の良さには本当に感心しました。

 しかし、皆が師父と1分でも長く一緒にいたいと思っていました。時間が経つのは早すぎて、8日間の講習会はあっという間に終わりました。心の中のあの未練が残る気持ちはとても言葉で表現できません。師父は次に大連で講習会を開く予定でしたが、みな師父に付いて行きたいと言いました。師父は「法はすでに皆さんに伝授しました。ずっと師父について来ては行けません。時間を大切にして、しっかり修めてください」とおっしゃいました。こうして、私達は涙を流しながら、師父と別れを告げ、それぞれの地元に帰ることにしました。しかし、やはり相当数の学習者は師父について、大連に行ってしまいました。

 1994年8月20日、師父は延吉で講習会を開かれました。私達多くの同修は延吉に集まり、再度師父の説法を拝聴することができました。今度の講習会も、とても忘れられない経験となりました。師父が大法を広められた時、魔の妨害が必ずありました。会場の近くで、他の気功師が大音量のスピーカーで自らの講座を宣伝していて、天気も悪く、激しい雨が降って、下水道は塞がっていました。私達が泊まっていた医学大学の正門はすでに冠水しており、仕方なく、私達は通用門から出て、そして、水の中を歩かないよう三輪車を雇って行きました。同修のAさんは自宅からたくさんの手作りのナンを延吉まで持って来ました。その後、湿気でナンにはカビも出ましたが、しかし、彼女は気にせず食べていました。私達は一緒に食事に行こうと誘いましたが、彼女はとうとう来ませんでした。私達は40分かけて、やっと会場にたどり着いて、なんとか師父の説法に間に合いました。

 一緒に行った義理の妹は体に憑き物があって、いつもちょっと歩くとすぐ疲れを感じて体が弱く、30代でもう仕事を辞めました。今回、彼女はとても感激して、「お姉さん、私はすっかり元気になりました。40分走っていても疲れをまったく感じません。家のお供えはどうすればいいでしょうか」と言いました。私は「全部ゴミ箱に捨てればいいじゃないか。師父はすでにあなたを清らかにして下さったから」と言いました。その後、彼女は供え物を全部捨てて、体もとても健康になりました。

 今回、延吉の講習会に参加してから、私はまた下痢の症状が出ました。スイカを食べると、ピンク色の水っぽいものを排泄しましたが、体にはまったく問題はありませんでした。講義の後、北京の学習者と交流して、私は、「講習会はもうすぐ終わりますが、数千人が列車に一斉に乗ると、トイレは大変な問題になるじゃありませんか」と心配そうに言いました。1人の学習者は「あなたは新しい学習者ですね。師父は時々刻々私達を見守って下さっていますよ。このような心配はまったく入りません」と言って、そして、「自分は師父の講習会には6回も参加して、一回、40度の熱を出しても、師と法を固く信じて、いつも通りにやるべきことをやって、体がすぐに回復しました」と言いました。そして、「他にもいろんな症状があったが、心さえ動じなければ、すべて乗り越えられる」と言いました。それを聞いて、私はとても勉強になりました。

 師父の延吉での説法は終わりになりました。各民族の学習者は師尊に花束を捧げ、感謝の意を表しました。朝鮮族の同修は鮮やかな民族衣装を身に付けて、師尊に花束を差し上げました。私達は残り惜しい気持ちで師父に別れを告げました。

 大きくない駅に突然数千人の乗客が押し寄せて来て、ほとんど学習者でした。私は事前にチケットを買ってありましたが、ナンを持って来た同修のAさんはまったく心配せず、「私は幸運にも師父の説法を拝聴することができて、これ以上幸せな事はありません。席がなくても家に帰れます」と言いました。そう言っているうちに、まったく面識のない人が列車を待つ大勢の人の中から彼女を選んで、席を譲りました。本当に不思議なことでした。

 もう一つ不思議なことがありました。当時、人が多すぎで、ホームに人がびっしり並んでいて、まったく動けない状態でした。私は人込みの中で押されたまま前へ進み、腕時計を落としてしまいました。あの人込みの中で、腰を屈めて拾うのはとても無理なことで、私は「もう一度師父の説法を聞けたことは何より嬉しいことです。腕時計は無くしても構わない」と思いました。その後、腕時計はなんとバックの中に入っているのに気が付きました。本当に不思議でした。

 列車の中で、ある北京の同修は師父の北京の講習会に参加したことがあると言って、そして、「今回、講義を受けた時、頸椎がコキッ、コキッと音がして、首が自然と回りました。今、頸椎はすっかり良くなったよ」と言いました。彼女は涙を浮かべながら、席を私達に譲ってくれました。6人の席は私達10人が詰めて座り、そして、背もたれに2人、床に2人、さらに、通路、お手洗いにも全部人がいっぱいでした。すべての学習者は皆優しい笑顔で他の学習者と自らの体験を交流し、そして、「師尊の説法をまた聞けたらいいね」と言いました。

 不思議なことに、6時間の間、私はトイレに行こうと思いませんでした。多くの人が降りて、乗客が少なくなってから、私はようやくトイレに行きたくなりました。

 家に帰った後、私達は周囲の郷、鎮に法を広め、学法グループを作り、もっと多くの人に大法を知ってもらって、修煉に入ってもらいました。その中には、政府機関の幹部もいれば、警察、教師、学生、医者、労働者、農民などがいました。毎回、師尊の説法を拝聴する日々を思い出すと、心の中で師尊に対する感謝の気持ちでいっぱいになって、涙が溢れてしまいました……。

 私はすでに70代になりました、しかし、若い人のように元気いっぱいです。私は必ず力を尽くして精進し、三つのことをしっかり行い、師父のご期待に背かないようにし、師尊について家に帰ります。

 注:
 [1]李洪志師父の著作:『精進要旨』「悟」

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2017/7/21/351438.html)
 
関連文章