文/山東省の大法弟子
【明慧日本2017年10月27日】私は1960年代に貧しい家庭に生まれ、家族は10人で、生活はとても苦しい状況でした。学校には弟を背負って通学し、授業中に弟が泣き出すと、先生は弟をおんぶさせて私を家に帰らせました。ある時は2時限目まで、また、ある時は3時限目までしか授業を受けられず、それで、字をよく読むことができません。
成人し、両親は私を嫁がせましたが、夫の家は家族が多く、生活はさらに困難でした。舅姑は道理をわきまえない人として、地元で有名でした。いつも家庭内の小さなことで私を口汚く罵しり、さらには、殴ることもあり、私が袋だたきにあっていても、夫は目もくれませんでした。
その後、私は舅姑の家を出て独立して暮らしましたが、数百元の借金ができました。家を出てからも暮らしはよくならず、それは家を建てるために大借金をしたからです。借金はまだ完済できず、家には3人の子供がおり、我が家の苦境は泣き面に蜂のような状態でした。夫に何度もアルバイトをしてお金を稼ぐように催促しましたが、聞く耳を持ちませんでした。仕方なく、生計を立てるために私が町でアルバイトをしてお金を稼ぎ、それでやっと子供たちを学校へ通わせました。
しかし間もなく、体調が次第に悪くなり、病院で検査をして、胃の病気、B型肝炎、リューマチ、婦人科の病気、乳腺肥大症などの病気があることが分かりました。これは我が家にとって疑いもなく泣き面に蜂の状態で、夫は思いやって世話をしてくれることもなく、それどころか殴ったり罵ったりしました。私はこのような日々に本当に耐えられず、首つり自殺をしようとしましたが、夫に見つかり死ぬことができませんでした。こうして、生きているより死ぬ方がましと思いながらも生きていました。
その後も殴られたり、罵しられたりする日々が続き、この世に生きている意味はもうないのではないかと思い、500ミリリットルの農薬を1滴も残さず飲み干し、自殺を図りました。農薬を飲んだ後に娘が気付き、急いで隣近所の人たちを呼び、夫は隣人に催促されてやっと私を病院に運び、丸一日救急処置を受けて、ようやく意識を取り戻しました。
その後、体は少し回復し、私は家を出て武漢へ行きました。その後、家から電話があり、2人の子供がずっと家にいて学校へ行かないと聞いて私は悲しくなりました。稼いだわずかばかりのお金を家に送り、子供たちに勉強させました。その後、実家に戻り、この結婚は名ばかりで実質がないと思い、離婚しました。他の地域での暮らしはとても辛かったのですが、怒鳴り散らして大騒ぎすることがなくなり、むしろ煩わしいものがなくなりました。
しかし、「災いは重なるものだ、果報は並んでこない」という諺があります。再び、不幸が私の身に現れました。私が地方でアルバイトをしていた時のことです。高い所で作業中、転んで足を折り、その後、二つの病院で、7カ月間入院しました。しかし好転せず、最後には医者も匙を投げ、自宅療養をさせるために退院させられました。続けて二度も入院し、12万元の治療費を使っても治らず、お金を使い果たしたため、実家に帰るしかありませんでした。実家では、よくなる見込みのない体を引きずりながら、日々の生活は真っ暗闇で、一筋の光明も希望もありませんでした。
2009年、息子のために仕事を探していた時、私は偶然、法輪功の修煉者と出会いました。修煉者は「『三退』すれば平安が保たれる」と教えてくれました。私は修煉者のなまりを聞いて、「どちらの出身ですか?」と尋ねると、私たちは同郷であることが分かりました。何千里も遠く離れた異郷で同郷の人に巡り合うことができて、私はとても嬉しく思いました。
ここ数年来、私は故郷を離れ、家族と共に苦しい立場に追い込まれていることを話しました。特に現在、治る見込みのない体と負傷した足を引きずっていることを話しました。すると修煉者は「毎日『法輪大法は素晴らしい、真・善・忍は素晴らしい』と心から念じれば、災い転じて福となす、苦難を幸運に変えることができます」と私に教え、さらに、「大法を修煉すれば良い人になり、病気治療と健康保持にも不思議な効果があります」と言いました。
しかし、私は信じられず、「足を治すために続けて二度入院し、12万元の医療費を払っても治らず、そのためにお金を使ってしまった」と思い、「あなたが言う『法輪大法好、真善忍好(法輪大法は素晴らしい、真・善・忍は素晴らしい)』の9文字は、そんなに不思議な効果があるのですか?」と言いました。
「溺れるものは藁をもつかむ」と諺にもあるように、「どうせお金がいらないのだし、念じてみよう!」と思いました。そこで毎日、時間がある時に心の中で何度も「法輪大法は素晴らしい、真・善・忍は素晴らしい」と念じている内に、いつの間にか十数日が過ぎました。以前の憂鬱で苦痛に満ちた表情は次第に消えていき、生活の中に暗闇ではなく、光明が充満し、希望が充満してきました。
こうして、私は大法の修煉に入りました。本当に不思議なことに、大法を修煉して間もなく、体は少しずつ好転し、病気がなくなっただけでなく、不自由だった足が正常に戻りました。私はとても幸せで、もともと暗かった生活がこの上なく明るくなりました。
深く法を学ぶにつれて、法輪大法は佛法であり、宇宙の特性「真・善・忍」に基づいて人を導いているということがさらにわかってきました。修煉者は特に心性の修煉を重視しなければなりません。何かがあれば、内に向けて自分の間違いを探し、ほかの人のことを配慮し、いつでもこのように自分を律しなければなりません。大法の法理に従い、私の心性はゆっくりと向上し、私が大法を修煉したことにより、もともとバラバラだった家族も、私たち夫婦も再びもとのさやに収まりました。
私の家では舅をずっと扶養していますが、夫の姉妹たちから扶養するためのお金はまったく受け取ったことはありません。しかし、すでに高齢の舅は体がますます弱くなり、ある時、大病を患いました。夫と子供たちは地方で仕事をしていたので、病床で動けない舅の世話をしました。毎日、食事や下の世話をし、そして、毎日出勤しなければなりません。仕事が終わって家に帰り、まず舅の食事の世話をした後、片づけます。時には、出勤時間になり、自分の食事のことを全く考える余裕もなく、出勤することもありました。
もし大法を修煉していなかったら、いつもこのように他人のことを考えることができず、今までの恨みにこだわることなく、細心の注意を払って、舅を世話することもなかったでしょう。大法を修煉した後だからこそ行えたことです。
私はこのすべてが師父の慈悲深い済度と恩恵であることを知っています。師父は私に健康な体、きちんとした家庭、光明と希望を与えてくださいました。