明慧法会|その日、私は母を連れ帰った
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文/中国の大法弟子

 【明慧日本2017年12月17日】

 師父、こんにちは!

 大法弟子の皆さん、こんにちは!

 私は青年の女性大法弟子で、すでに大学を卒業し社会に出て仕事をしています。10代の時に縁があって両親と修煉を始めました。小さいころから大法が素晴らしいことを知っており、なぜなら、大法は母のリューマチを治し、大法は父の悪癖を治し、大法は多くの人の道徳水準を向上させ、心を修め良い人間になれるように導いていたからです。大きくなってからわかったのですが、法輪大法は佛を修めるもので高度な佛法でした。大法の修煉の過程で成長して来た私は、どれほど幸運で、どれほど多くの福をもらったのでしょうか!

 この10年以上、両親と全国の大法弟子と同じように中国共産党の残酷な迫害を体験しましたが、私たちはまだ大法を固く信じ、確信しながら修煉の道を歩むのと同時に、大法の素晴らしさと偉大さをこの目で見てきました。

 大法を着実に修めることにより、私は強靭な性格になり、以前のように困難に遭って、ただ泣いているだけの人ではなくなり、どのように処理したらよいかがわからず、ただ恐れているだけの人ではなくなり、性格も以前のような焦ったり衝動にかられることはなくなりました。また、解決できないことに出会うと怒り出すこともなくなり、無鉄砲な子供のようではなくなりました。大法は知らず知らずのうちに私の性格を変え、私の心を強大かつ強靭にし、そこには道徳と品格の向上も含まれていました。私は自分が他の女の子とは異なることに気付いており、私にはさらに高い道徳基準があり、「真・善・忍」によって自分をしっかりと制約していました。

 私は今とても幸運です! ありがとうございました、師父!

 魔難が訪れた時、師父が私と一緒にいらっしゃった

 今年の春のある日、仕事帰りに気分良く家に帰り、さらに途中でお菓子を買いました。ドアを押し開けた途端、私は驚きました。物が乱雑に散らかしてある様子が目に入り、最初の認識で家に入って母を探していると、隣人がノックして入ってきて「大変よ、午後5時か6時ごろ、私服警官たちがあなたのお母さんの腕を捕らえてここに帰って来て、家宅捜索したのよ。彼らが誰なのか尋ねました。どこから来たのかも尋ねました。しかし、彼らは何も言いませんでした。急いであなたのお父さんに電話したけれど、あいにく出張でいませんでした」と伝えてくれました。

 隣人の話を聞くと頭の中で「うわあんー」という音が響き、怒りと嫌悪の気持ちが頭に浮かび上がってきたのですが、かつてこのような事を弟と一緒に小さい頃、経験していたからです。まだ幼くて、学校に通っていた頃の心の中に形成されたあの恐れと孤立無援さは、とても想像しがたいものでした。私たちはきちんとした家庭であったのに、このような無慈悲で野蛮な騒擾(そうじょう・騒いで秩序を乱すこと。騒動)を受けたのでした。隣人たちはみな法輪大法が素晴らしいことを知っており、なぜならそれは、普段の両親の言行のおかげで、どこでも他の人のために修養を積んでいるのを隣人たちは皆、その目で見ていたので、隣人たちは極力に私たちを守り、大法も守ってくれました。

 隣人が帰った後ドアを締め、リビングルームに山のようになっていたのは、タンスから引っ張り出された大小さまざまな物でいっぱいでした。師父の写真の枠や打ち砕かれたガラスなどが四方いたるところに飛び散っており、寝室の両親の毛布や服は床からタンスにまで飛び散っており、すべての物が狂犬にかまれたかのように散乱していました。

 急いで大法書籍を探しましたが、見つかりませんでした! さらに、寝室を見てみると、いつも仕事で使っているパソコン、プリンター、英語のMP3プレイヤー、携帯電話などがすべてひとつ残さず、奪い去られていました。

 このような情景は初めての経験ではありませんでしたが、今回は初めて1人で直面し、その上、奪い去り方が徹底していました!

 私は泣きもせず、家を片付けることもしないで、タンスの中を子細にチェックしてみると、小さな『法輪功』書籍が1冊、角に落ちているのを発見し、書籍を取り出し、師父の写真が載っているページを開き、タンスの上に置き、師父に向かって頭を3回下げ、心の中で静かに師父に「母が無事帰ってこられるように助けてください、師父」と申し上げました。

 すでに夜の8時でしたが、やはり母を探しに行こうと決めました。しかし、私はとても困惑し、なぜなら、こんなに大きな街でどこを探すというのでしょうか? どこから探せばいいのでしょうか? 兄弟姉妹と友人を呼んで「誰か私と一緒に母を探してくれる人はいませんか」と尋ねました。そして、友人に連絡して母の行方を問い合わせました。しかし、夜になっても結果は出ませんでした。

 次の日、信頼できる友人の1人から連絡があり、市公安局で仕事をしているクラスメイトの話によると母はすでに留置場に送られた、ということで、さらに、判決が下されたと言いました。

 電話を切ると慌てることなく、第一念で「うそだ、これは虚像だ」と自分に告げました。私は母が無事であることを堅く信じていました。その時、私の念は正しく、あれこれとつまらぬことを考えず、でたらめなうわさを信じませんでした。同修の助けを借りて、母が不当に拘禁されている警察署に午後到着し、中にいる人は自分がしたことを思い出して、恐ろしくなっているかのようにものを言わず、ただ「返事を待つように」とだけ言いました。師父の写真と大法書籍とパソコンなどがそこに置かれており、積み重ねて床に置いてありましたが、私の手は届かず、心が悲しくなりました。

 午後4時過ぎまで待っていると、その警察署の責任者が帰って来て、「あなたの母親は外で人に真相を伝えたために通報され、今は拘置場におり、10日後に出てきます」と私に告げました。私は落ち着き払って、責任者とその部下に「あなたたちはよい人を迫害しており、悪事を働いています」と言いました。しかし、大多数の人はものも言いませんでしたが、「私たちは公務を執行しているだけですので、どうにもなりません」と言った人もいました。

 私は母に会いました。母の目は赤く、第一声は「あのね、大法書籍、大法書籍を取りに行ってきて、大法の資源が損失を受けるわけにはいきません」でした。私は母のために心を痛め、「安心して、心配しないで」とだけ言いました。

 夜、ベッドに横になり「どうやって本を取りに行くべきか?」と思いました。心に障碍を感じ、おじけづき、二度とあそこには行きたくない、と思いましたが、奪われた師父の写真と大法書籍のことを思うと心配のあまり気分が悪くなり、「この一歩を踏み出し、自分を突破し、大法書籍を取り返すべきだ」と責任感が湧いてきました。すると「わたしがむかし修煉していた時、多くの高人がこんなことを言ってくれました。『忍び難がたきは忍びうる。行ない難きも行ないうる』」[1]、「それが大きいと思えば思うほど、関は大きくなり、あなたは小さくなるのです。もし気にせず、気にかけなければ、緑の山さえあれば、薪がなくなる心配はなく、師がいて、法もあるのに、何を恐れるのですか? 無視すればよいのです! 放下すれば、関は小さくなり、あなたは変って大きくなり、一歩だけで乗り越えてしまいます。その難は何程のものでもありません。必ずそうなるのです」[2]という師父の法が自然と頭に浮かんできました。私は涙があふれてきましたが、「今はしっかりとしなければならず、弱々しくなってはいけない」と自分に言い聞かせました。

 本を取り返しに行く前の晩、私は夢を見ました。家の中で、師父の写真が応接間の天井から宙にぶらさがっており、一部分が傾斜しており、片側の房はありましたが、もう片側の房は切れており、写真はくるくると回転し続けており、淡く光っていました。目が覚めてから「これは師父が悟らせてくださっているのであり、師父の写真と大法書籍を取り返しに行くように励ましてくださっているのだ」とわかりました。

 朝起きてからまず師父の説法を聞き、同修の家族と一緒に正念を強め、自信が増した後で警察署へ行きました。

 私たちが警察署に到着した時、ちょうど警官たちが出勤して来ていました。私は大きなカバンを背負っていました。門の前の事務室には宿直の警官がおり、「責任者に会いたいのですが」と伝えると、振り返って私たちを見てから、「ああ、リーダーはまだ来ていないから、そこに座って待っててください」と言いました。そして、頭を下げて自分の仕事を始め、私たちに関心を持つことはありませんでした。

 私は警察署の中の事務所に入り、ざっと見渡すと確かに誰もおらず、師父の写真と大法書籍は目の前の床に置いてあり、その時は深く考えずに事務所の中から戻ってきて、片足をドアの外に踏み出した時、「だめだ、このまま出ていくわけにはいかない、これこそ、師父が私のために按排された機会ではないのか」と突然気づきました。そして、私は手早く事務所に戻って行きました。

 後方のドアの上方にカメラがあることがはっきりとわかっていましたが、私は「師父、誰にも私が見えないように覆いをしてください」と念を正しました。そして、最も大きな師父の写真を取ってカバンの中に入れると、カバンの中に師父の写真がちょうど入りました。そして、立ち上がって落ち着き払ってドアを出て、同修のところに戻って坐りました。待つこと2時間が過ぎ、リーダーと同僚が続々とやって来て、事務所はいっぱいになりました。しかし、私たちの再三の要求にもかかわらず、師父の写真と大法書籍は戻ってきませんでした。

 帰り道で私は「自分は用心深すぎたのか、あるいは、躊躇しすぎたのか、2時間、師父が与えてくださった絶好の機会に、なぜ師父の他の写真と大法書籍をカバンに入れて持って帰らなかったのか?」と後悔しました。明らかにそれを行うことができたはずでした! 本当に後悔しました。

 家に帰ってから、つぶれされて引っ掻き回された部屋の中で、最も大きな師父の写真を取り出し、きれいに拭いた後、敬う台の上に師父の写真を再びしっかりと置きました。この突発的な出来事に直面しても「家で私は1人ではなく、師父がずっとそばにいらっしゃったこと」を知っていました。ありがとうございます、師父!

 そして、母親も正々堂々と家に帰って来ました。

 その日、私は母を連れ帰った

 1カ月後のある日、仕事を終えて帰り家に入ると、人の気分を悪くするような物質があたりに満ちている感じがし、何かの助言だろうかと思いました。家の中を見回わすと母親はおらず、家の中はきれいにかたずいており、「夜のご飯は残しておく」とはっきり言っていたはずですが、かまどの上の鍋の中はピカピカで何もありませんでした。もし家にいないなら、母親は必ずメモを残すはずですが、どこに行ったのでしょうか? 私は習慣的に師父の写真に近づいて、師父を拝見すると安心しました。そして、自分がやるべきことを行いました。

 夜の10時になっても母親は帰らず、私はリビングルームを行ったり来たりして少し心配し始め、1時間以上リビングルームを行ったり来たりして11時過ぎになりましたが、人の気分を悪くするような物質は依然として散っておらず、夜の12時になり、この時間になっても帰って来ないということは何かあったのだ、ということがわかりました。なぜなら母親は今まで何も声を掛けずに外で宿泊したことはなかったからです。

 私は自分の心を静め、ベッドに横になっても心は重々しく、怒りを感じ始め抑えつけられているように感じました。中国共産党の嫌がらせに対して嫌悪の念をいだき、恨みの念が起き、慈悲心は全くありませんでした。しかし「私は大法弟子だ」と思うと、自分の意志が強靭で力があるように感じることができ、一つの念が頭の中に現れ、師父に対して「師父、父は家にいませんから、私が一家の中心人物です! ですから、私はどんな危険な状況に直面しても、必ず気丈に勇敢でなければなりません。明日、私は必ず母親を家に連れて帰ります。母は法を正す時期の大法弟子ですから、師父の要求通りに三つの事を行っており、彼女は人を救っています。彼らが迫害するといったからと言って、大法弟子を迫害できるはずがなく、あの場所は大法弟子がいるべき場所ではありません。大法弟子を迫害する警官たちですが、彼らは何ものでもありません! 大法と大法弟子を破壊するすべての邪悪を根絶するために、ご加護をお願いいたします。そして、どうか母親を無事帰らせてくださいますように!」と申し上げました。

 このように考え終わると、「念を正しくすれば 悪は直ぐに崩れる」[3]という師父の法が頭の中に映りましたが、師父がどこでこの法を説かれたのか、どんなに考えても思い出せませんでした。私は心の中でひたすら正念を発して邪悪をかたづけながら、2時過ぎまで正念を発しました。すると突然、母親の手が傷ついているのが見え、「あらまー!」という声が聞こえ、続いて母親が帰ってきて、入り口で私の名前を呼びながら、「早くドアを開けて、ただいま」とドアをたたき、ノックの音で目が覚めました。目を開けて、寝室のドアの方を見ても何の動きもなく、時間を確認すると夜中の3時過ぎで、今のが夢だったことに気が付きましたが、その夢はとても真に迫っており、たった今本当に起きた出来事のようでした。

 後で母親と話した時に、母は「本当にその通りよ」と言いました。

 ベッドから起きだし食事をして、顔を上げて師父の写真を見ると、やはり「私は1人ではなく、師父が目の前にいらっしゃる」という感覚がありました。出かける前、師父に香を捧げ、師父の前に跪き、「師父、私はどこに母を探しに行けばよいのかわかりません、お導きをお願いします。順調に彼女を見つけ出せるようにしてください。彼女が今日中に家に帰れるようにしてください。ありがとうございます、師父!」と師父にお願いしました。

 私と同行したのは、いつもの親しい同修でした。すると、私たちは力をあまり費やさずに順調に母を見つけ出したので、警察署にいた警官たちも不思議がり、どうしてあんなに早く母を連れて来れたのでしょうかと、いぶかしげでした。

 私は母親にどこにいたのかを尋ねました。すると、結局は母は警察署にいました。私は「母を連れて家に帰らなければなりません!」と言うと、警官たちは「先に家に帰って、今はあなたのお母さんは帰れないから、後で知らせる。今帰ることはできない」と言いました。その時、私は「師父がお決めになることだから、絶対に今日、母を連れて帰れるはずだ」と思いました。

 そこで私は「ここで待ちます、今日、母を連れて帰ります。ですから、でたらめを言わないでください」と言って、私は向かいの商店で水と食べ物を買いました。というのは、警官たちが与えたものを母は食べていないだろうし、あるいは、母に全く食べ物を与えていないかもしれなかったからです。私は門の外にいた護衛に相談し、「母親に食べ物を渡すために中に入りたい」と言いましたが、護衛たちはかたくなに私を中に入れようとしませんでした。しかしその後、私に同意してくれました。そして、私は中に入って母親と会い、まず母親に食べ物を食べさせてから、「しばらくしたら、一緒に帰りましょう」と言いました。なぜなら、私は最初から母親が帰れないとは考えておらず、いつでも家に帰れるように準備していたからです。

 私が護衛のいる門をくぐると、責任者の隊長が下りてきて、数人の警官を連れており、みな私服を着ており、因縁をつけて私を階上へ引っ張って行き、「誰があなたを入れたんだ! 上に行って私と話をしてもらう!」と高い声で怒鳴りつけました。そこで、私は極力警官たちの手を振り切るようにして、恐れず、協力せずに、「あなたたちはどうして私をこのように扱うのですか? 人権を無視するのですか? 私が何か法を犯しましたか? なぜ私が上へ行かなければならないのですか?」と言いました。

 警官たちは強硬に私を上階に引っ張り上げ、小さな部屋に押し込み、座らせ、警官たちは私を取り囲むように一列に立っていました。すると、隊長がやって来て私を指さしながら、「よろしい、本来ならお前に機会を与えようと思ったが、結局その態度はなんだ」。そこで私は「態度とは何ですか? あなたたち6、7人の大人たちが、私のような小娘を強行にここへ引っ張ってきたのですよ」と言うと、隊長は「機会は与えない、下へ降りろ」と威張りました。そう言い終わると隊長は出て行きました。もちろん私も出て行き下へ降り、元居た場所まで下りて行きました。門を開けて私を中に入れ、母親に食べ物を持っていかせてくれたあの護衛が、隊長にしかられているのが目に入ったので、あとで護衛に謝り、「ありがとうございました」とお礼を言うと、護衛は感動していました。

 私は門のところに座り、正念を発しながら静かに待ちました。すると、警官たちのリーダーがやって来て、今回は遠慮がちに礼儀正しく、「上へ行って話をしましょう」と言いました。階段を上がりながらリーダーは私に「質問に対して答えたくなければ、『知りません』と言ってもいいが、うそをついてはいけない」と言いました。その時、私はこのリーダーは善良であると感じ、話をした時、自分の友人やクラスメイトと同じようにこのリーダーと交流し、大法弟子を迫害している「邪悪な警察官」とはみなしませんでした。この機会を利用して、大法が無実であること、法輪功は佛を修めるものであること、大法弟子は家でも社会でも良い人であり、さらに良い人であることをリーダーに伝えました。最初、リーダーは聞こうとしませんでしたが、その後、正のエネルギーを感じ取れるようになると沈黙し、その後、私を階下におろしました。

 私は元居た場所に戻って座り、待ち続けました。その間、ある人が母親のいる部屋に入っていった時、母親が私に手を振るのが見えました。私は母の意思を理解し、母親は私を心配し私の足手まといになるわけにはいかないので、私を先に帰らせようとしました。私はいやな気持ちになり、涙があふれてきました。「人の情から見れば、彼女は私の母親だから、母親を連れて家に帰らなければならない」と思いましたが、高い次元から見れば、彼女は私の母親ではなく大法弟子であり、大法弟子はここに滞在すべきではなく、誰も私を動かせず、私は同修を救って家に帰らなければなりませんでした! 私は情のために動くのではなく、情に動かされるわけにはいきませんでした。今日、私は必ず同修を連れて家に帰らなければならないと考えると、自分の信念がさらに確固としてきました。

 その瞬間、自分の体からエネルギーが拡散するような感覚があり、かたく密度の高いエネルギーで、もし誰かが私にぶつかってきたら跳ね返されてしまうようなエネルギーで、空気は凝固してしまったかのように感じ、耳元で地震のようなウオーンという音が響き、磁場のようなものを感じとても震撼しました。

 その時、門の外から3人の人が入って来て、私の前を通り過ぎる時、わざわざ私に向かって頭を下げて微笑み、1人目の人が通り過ぎた時、私はまだ目の錯覚だと思っていましたが、3人目の人が微笑みながら私に頭を下げた時、初めて師父が励ましてくださっているのだと気づきました。

 しばらくして、あの「決定権を持つ」リーダーが私を手招きして、「おい、こっちへ来なさい、お母さんを連れて帰りなさい!」と言われ、私は喜んで母親を連れて家へ帰りました。

 偉大なる師父に感謝申し上げます! 同修の方々の援助に感謝いたします!

 注:
 [1] 李洪志師父の著作:『轉法輪
 [2] 李洪志師父の著作:『シドニー法会での説法』
 [3] 李洪志師父の詩:『洪吟二』「恐れ無し」

 (明慧ネット第14回中国大陸大法弟子の修煉体験交流会)

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2017/11/20/356183.html)
 
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