香港法会|修煉の道
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 文/日本の大法弟子

 【明慧日本2019年8月27日】

 尊敬する師父、こんにちは!

 同修の皆さん、こんにちは!

 幸いなことにこの機会を借りて、自分の23年来の修煉体験とその中で悟ったことと感じたことを記録し、師父にご報告するとともに、同修の皆さんと交流したいと思います。

 一、幼い日に修煉を始める

 1996年、母親の同僚が母親に法輪功を紹介し「この功を修煉すれば病気治療と健康保持が可能で、多くの難病も治療せずに治ります」と言い、気功に触れたことのない母親は、少し疑いながら始め、修煉の道を歩むことになりました。私が9歳の頃、ある日家で、母親が第一式の功法煉功しているところを見て、体を伸ばすのが面白いと感じて一緒にやり始め、学びたいと思うようになりました。母親は私を相手にはしませんでしたが、このようにして、私も修煉の道を歩み始めました。

 二、修煉初期に、大法の素晴らしさを実感

 修煉を始めてからしばらくして、母親が以前痛めた足の怪我が治療せずに治ったり、長年母親を悩ませた病気もいつの間にか無くなりました。大法の真・善・忍の基準に基づいて自分を律することで、精神的に向上したため、以前は人を許すことができませんでしたが、修煉後は人と論争しなくなり、大真面目に仕事をし、ほとんど毎年模範労働者に選ばれました。私は、幼い頃から病気が多く、大病はありませんが軽い病気が続きました。毎月平均2、3回病院に行かなければなりませんでした。さらにお正月を祝うたびに病気になり、両親や家族を苦しめました。修煉後、この全てが変わり法理を理解し、これが消業であることを知りました。10歳の年にある日突然、腎臓病の症状が現れました(周りの学友が、ちょうど腎臓病で入院して1年休学して、学友が腎臓病の症状を伝えてくれたことがあった)。これが消業であると分かっていたので少しも動揺せず、大法と師父を固く信じ、しばらくして体がすべて正常に回復しました。その間、私は学校をさぼらず、1日も休みを取りませんでした。

 このようにして、私たち一家3人と親戚を加えて計10人が、大法の佛光の中で朝煉功場へ行って煉功し、夜学法グループへ行って学法し、とても幸せな時間を過ごしました。

 三、迫害が始まり、法を正す道を歩む

 このようにずっと落ち着いて修煉していけると思っていましたが、1999年7月20日以後、煉功場に行けなくなり、学法グループは解散し、煉功場の責任者は連行されました。こんなにも多くの急変に直面し、当時まだ子供だった私は、なぜテレビであのようなことを言うのかが分からず、いったい何が起きているのかはっきり分かりませんでした。はっきりしないことばかりで、私と母親は煉功場の同修たちと一緒に北京へ行って、正義の声を上げることにしました。1999年12月、私たちは北京行きの列車に乗り、天安門に通じる道を歩みました。

 北京に着くとすでに翌日の朝で、寒風が骨身に染みる中、地下鉄に乗って天安門広場へ向かい、周りを見渡す暇もなく同修たちは横断幕を広げ、私たちの何人かが抱輪(訳注:法輪を抱える動作)を始めました。手を持ち上げて1分も経たないうちに私服警官の一団が押し寄せて来て、蹴ったり殴ったりして私たちをパトカーに急いで乗せ、どこか知らない留置場へ不当に監禁しました。ただはっきり覚えているのは長い時間そこで呆然としていると、どんどんと同修が送られて来て、人が多くなり足を縮めて床に座ることしかできませんでした。それからどれくらい過ぎたか分かりませんが、私たち一人一人を登録し、強引に帰りの列車で送り返しました。当時、発正念が分からず、旧勢力の按排を否定することも知らず、ぼんやりと警察に協力しましたが、順調に家に帰ったわけではありませんでした。母親は刑務所に不当に拘禁され、私は拘禁できる年齢に達していなかったので、住民委員会に送り返され、保証書を書かなければ家に帰してもらえませんでした。私は泣き続けて保証書は書かず、父親が迎えに来ました。当時の私はただ「頑として書かない」という信念だけがあり、警官らは実際手を焼き、仕方なく父親に私を家に連れ戻させました。

 それ以後、心が悲しくて母親を思い、無心に登校しました。母親がどこに拘禁されているか知っていましたが、会うことはできず、ただ、少しばかりの服を持っていくことができました。服の中に手紙を挟み、母親にしっかりと堅持し続けるように、妥協しないようにと励ましました。1カ月後、母親が出てきて「中で同修と一緒に絶食して抗議し、多くの苦をなめたが妥協しなかった」と言い、母親の強さを知って、私は本当に嬉しく感じました。それから、警官がいつも家に来ては嫌がらせをしました。ある日、母親は警察署へ連行され、「すぐに戻す」と言われましたが母親が行方知れずになり、父親と母親の職場の上司を通じて多くの方面に聞いてやっと母親の行方が分かり、職場の上司が表に立って全力を挙げて保証したので、やっと母親は釈放されました。当時、私はもうすぐ高校受験に直面する頃で、私の学業が上手くいかなくなることを恐れ、警察の嫌がらせを避けるために母親は引っ越すことにしました。嫌がらせからは遠ざかることができましたが、同修との連絡手段を失い、またインターネットも分からないため、門を閉ざし、1人で修煉する期間が長く続きました。大法を気にかけてはいましたが、本当に外に出ることはなく、多くの時間を浪費しました。大学に通ってから、少しずつ昔の同修と連絡を取るようになり、修煉者は三つのことを行なわなければならないことを知っていましたが、子供の頃の暗い影が忘れたくても忘れることができなかったため、見ず知らずの人に真相を伝えられず、また、周りにいる仲の良い学友と話す時も、自分が修煉者であると言ったことはなく、いつも第三者の立場で伝え、根本から恐れる心が災いになっていました。

 四、海外へ行き、先史の誓約を実行する

 仕事をするようになると私は日本へ行く機会があり、国内では自分はよく行なうことができなかったため、国を出て、人一倍補わなければなりませんでした。日本に着いてからまず行なったことは、明慧ネットを見て地元の同修に連絡し、そして、地元の公園で行なわれている法輪功を広める活動に参加することでした。その日は、見渡す限り晴れわたり、桜が満開でした。桜の木の下で、同修が座禅を組んでいるのを見て、恐る恐るその同修のところへ行って「私も法輪功を修煉しています」と言うと、同修は笑いながら「それなら一緒に煉功しましょう」と言いました。1999年以後、とても長い間、日差しの下で正々堂々と煉功したことがなかったので、心はこの上なく感動し、その瞬間、閉ざされた自分がついに再び光明に巡り合ったかのように感じ、その瞬間、自分が海外で法を正す道を歩み始めたのだと知りました。

 小さい頃、学校の吹奏楽部でフルートを吹き、一定の基礎があったので、順調に天国楽団に加入しました。しかし、ある同修は何年も吹いているのに、やはり吹き方が理想的ではなく、歩きの隊列も十分に揃っていないなど、多くの不満の心が生まれました。自分は小さい頃、天国楽団の曲より何倍も難しい曲を吹いたことがあり、また、市級の軍楽隊コンクールや形を変える隊列にも参加したことがあり、そのため天国楽団での要領は根本的にコツをつかんでいるはずでした。そこで、多くの顕示心や歓喜心が生まれていましたが、表に出すことはなく、これらの心を深く隠していました。そのため、楽団の出団活動以外、ほとんど楽器を練習せず、自分には根本的に必要ないと思い、練習は時間を無駄にして自分の現有レベルで対策万全だと思っていました。

 2015年、台湾のプロの指揮者が日本に指導に来て、有ろう事か私の吹奏がみんなと溶け合っていないと指摘され、私が一人ぼっちの世界にいると言われました。最初、私は心では大変不服で、内に向けて探しませんでした。パレードの時も、いつもわざと大きな音で吹き、他の同修の吹き方があまり良くないため、私が少し大きな音を出さなければフルートのパートは存在感が出ないからと、自分の顕示心のために口実を探しました。ある時、台湾の楽団の同修と一緒に舞台に出た時、そばにいた台湾同修が「演奏はうまいけれども、音が突出していて、しっかり溶け込んでいません」と善意で指摘してくれましたが、私は「ありがとうございます、これから注意します」と口だけで言い、心の中では依然として注意しようなどとは思っておらず、自分の演奏を変えようとは思いませんでした。今考えると、本当に非常に恥ずかしく思います。

 そんなある日、楽団の練習が終わって運転して家に帰る時、5時間近い道のりの中、ずっと神韻交響楽団のCDを聞いていました。毎日運転する時に繰り返し聞くのですが、その日は突然心の底から音楽が融合した力と震撼を感じ、楽器と楽器が共鳴し合い、合奏の中で突出した音の表現はなく、時には物静かで和やかさを保ち、時には変化に富んでおり、時には大波のように勢いが凄まじく、どの表現であろうと「自我を主張する」音は聞こえてきませんでした。その瞬間、何が融合なのかがついに分かりました。実際、楽団も同じで修煉の一部であり、楽器を練習することも同様に法に則って自分を律し、どのようにすべきか、師父は早くから弟子に示されていました。

 師父は「皆さんはあることに気をつけるべきです。つまり、皆さんは法を実証しているのであって、自分自身を証明しているのではないということです。大法弟子の責任は法を実証することです。法を実証することも修煉です。修煉の中で他でもなく自我に対する執着を取り除くことであり、意識的にまたは無意識的に自分自身を証明することをかえって助長してしまうようなことをしてはいけません。法を実証することと修煉は自我を取り除く過程でもあります。これをやり遂げることができれば、本当の意味で自分自身を証明したことになります。常人のことを最終的に皆さんは放下しなければならず、常人の全ての執着を放下してはじめて常人から脱皮することができるからです」[1] と説かれました。

 そうです、自分を実証しようとするこの心が、私の顕示心や歓喜心、恨む心や相手を見下す心、ひいては同修の勧告を全く受け入れず、さらに楽団全体の融合を破壊する音となっていたこと、この全てに気づきました。音楽の美とは、さまざまな音が互いに力を合わせて発するのであり、自我を主張せず、自我を捨てるものだったのです。

 台湾のプロの指揮者は日本も台湾を見習い、常人の専門の先生の指導による声部レッスンあるいはマンツーマンレッスンを受けるよう推薦しましたが、当初の私には抵抗感がありました。いくつかのクラスで日本の常人の講師が見つかり、成人の音楽愛好家向けの教授法で、全く厳しくなく、実質的なものを学ぶことができず、お金と時間の浪費である感じがして続けていきたくありませんでした。しかし夫(同修)は私に続けてほしいと思っており、夫が新しい先生を探してくれたため、一度クラスの見学にしぶしぶ行ってみることにしました。授業を受けた感じは想定外で、先生は私に根本的に存在する問題を示し、正確な練習方法を教えてくれました。

 この時に授業に対する抵抗に気づき、先生は私に何も教えられないと感じ、これもまた「自我を主張する」ことでした。実際に自我を捨てさえすれば、先生を信じて自然と得るところがあるものです。

 師父は『二〇一〇年ニューヨーク法会での説法』の中で次のように説かれています。

 弟子:ニューヨーク天国楽団は現在、多くの音楽知識を勉強していて、さらに試験もあります。これは時間を無駄にしているのでしょうか?

 師父:多くの音楽知識を勉強していますか? そうではないでしょう? 今はプロ化にすることができず、法を実証するために多くのことを行なわなければならないので、分かればいいのであって、プロの天国楽団のメンバーになってほしいとも要求していません。大法弟子はいくつかの仕事を掛け持ちしています。どの仕事も良く行ないたいと皆さんは思っており、これは理解できますが、必ず優先順位をよく考えるべきです。 [2]

 師父は「今はプロ化にすることができず」、「分かればいい」と説かれています。天国楽団が演奏する曲の中の最も基本的な音楽知識は、一人一人が掌握しなければならないのだ、と私は悟りました。これを悟り、私は自我を主張する心を放下し始め、正しい吹奏法を学習して少しずつ音楽知識を積み、気付かないうちに自分の音色が良くなっていることに気づきました。息の制御もだんだんと思いのままになり、楽曲の演奏も音楽を聞き分けられる感じになりました。この道を私は正しく歩んでいるのだと知りました。

 自分の吹奏が向上すると同時に楽団の同修の状態を見て、私は師父の説法を思い出しました。

 弟子:どのようにして全体をより良く向上させ、昇華させることができるのでしょうか?

 師:お互い協力し合えばやり遂げることができます。それぞれの境地が違います。皆さんに教えますが、学習者と学習者の間の差が既に開かれていると師父は目にしました。今まではっきりしていなかったのですが、今はすでに開かれており、最後になればなるほど、差が大きくなります。ですから、認識においてきっと食い違いが出てきます。肝心なのはどのように協力し合い、協調するかということです。 [3]

 楽団に対して説かれた法ではありませんが、楽団の同修の吹奏レベルについてレベルが落ちた同修が幾人かいます。協調する精神に欠けて独りよがりになってはならず、同修の向上を手助けする機会があれば同修と協調をとり、全体で向上しなければなりません。しかし、東京から遠く離れた所に住んでいるので、やる気はありますが終始一貫して力があるわけではありませんでした。弟子の心を師父がご覧になり、1年後、順調に東京の会社に入り、また楽団に一歩近づきました。

 東京に引っ越してから、楽団はフルートとクラリネットのパートの練習を率いるよう私に要求し、当時の私は熱心さはありましたが経験がなく、基本的な音楽知識を調べ、同修に教えてもらい、自分のフルートの先生の教授法を参考にして皆に基礎を練習させ、同修の受け入れと吸収状況によってゆっくりと調整し、経験を積んでいきました。

 思いもよらなかったことに数カ月後、楽団の協調人が技術を協調する仕事を担当できないかと私に聞いてきて、技術を協調することは台湾やアジア太平洋の国々の協調人と技術に関して、互いに交流するものだと単純に勘違いしていたので、二つ返事で承知しました。しかし夢にも思わなかったことに、楽団の技術の面での総合窓口にとどまらず、楽団全体の技術の責任を負い、練習メニューを設定し、楽団の練習を率いなければならなかったのです。これには茫然となりました。幸いにして、夫と一緒に行なうことになり、私たちは共に練習方法と内容を研究し、さらに台湾のプロの指揮者の同修の惜しまぬ応援と指導で、日本の楽団に合った練習方法と方向を少しずつ探り当てました。同時に「師父と法を信じさえすれば、法に基づいて絶えず自己の境地を高めることができ、あるべき能力は師父が自然と弟子に与えてくださるのだ」ということを私は信じていました。ですから楽団の練習で難問に遭う度に、法に基づき、自分の焦る心を落ち着かせることができました。

 具体的な過程において、本当に好調ではありませんでした。できるだけ早く同修の基礎を向上させるために、大法の曲目で試験を行い、合格した人だけがパレードで演奏できるように楽団が要求しましたが、これは同修にとってすでに非常に難しいものでした。試験で不合格になれば、パレードに参加して演奏することができません。毎回の香港や日本国内のパレードではさらに多くの楽団の同修が必要であり、それでこそ壮観なのであり、この二つのバランスをどのようにうまく保てるのでしょうか? 試験を実施したばかりの頃、ある同修が毎回積極的に応募して参加しましたが、ほとんど毎回試験で同じところを間違い「自分は最近練習していない」などと言い、私は口では言いませんが心の中はざわついていました。運試しの心を抱いて試験に参加しに来て、みんなの時間を浪費しているのではないですか? 再び同修に対する愚痴が充満してマイナス思考がどっと押し寄せ、また内に向けて探さなくなりました。家に帰ってから「どうしてこうなのか」と深く考え、同修の態度は自分が向上する機会であり、楽団の仕事もまた心性を向上させる環境であり、絶対に楽団と修煉を分けることはできず、楽団の仕事はただの仕事ではありません。また、学法や煉功をする時だけ修煉者であるわけにはいかず、楽器を吹いたらすぐに常人になってしまうわけにもいきませんでした。その後角度を変えて考え、同修がきちんと練習しなかったら、同修たちの練習を助ける方法を考えるのはダメなのでしょうか? そこである試験の方法を思いつきました。同修にどこに問題があるのかを指摘してあげさえすれば、直すことができます。その後、試験の効率が改善されて合格率が高くなりました。

 ある同修たちはいつも私に演奏の録音を送るのですが、以前に指摘した問題は確かに少し改善されていました。しかし、私にはまだ面倒なことを嫌がる心があり、これも取り除かなければなりません。実際、この方法は日本でゆっくりと進行していく中で、すでに少しは効果が見られ、いくつかは望み通りに全てなるわけではありませんが、私と同修はゆっくりと協力しながら自己の境地を高めました。

 師父は「わたしは皆さんに大法を教えただけではなく、わたしの行ない方をも皆さんのために残していますが、仕事のときの口調、善の心、それに加えて、道理で人の心を変えることはできても、命令では永遠にできないのです! ほかの人は、心の中では不服で、ただ表面的に服従しているだけであれば、見られていないときに、相も変わらず自分の思うがままに行動するのです」[4] と説かれました。

 師父は「私がいつも話しているように、もし、人が如何なる自分の観念も持たずに他の人と話し、相手の欠点を指摘したり、相手に何かを教えたりすることができれば、相手はきっと涙が出るほど感動します。あなたに如何なる私心もなく、何かを得ようともせず、更に自分の何かを守るつもりもなく、本当に善意だけから相手のためを考えるのであれば、どんな人であっても、相手は本当にあなたの心が分かります」[5] と説かれました。

 「楽団の中で、吹奏上に存在する問題を切実に解決するよう同修を助けなければならず、そうして初めて楽団が全体で向上し続ける」ということがよく分かりました。無私な考えと、善の力を以って楽団の仕事をしっかり行わなければならず、この過程で人心を取り除き、自我を捨て、楽団の同修たちとお互いに力を合わせて全体で向上しなければならず、これこそが師父が望まれていることだと私は思います。

 以上が私の体験ですが、もし不足があれば、同修の皆さんの慈悲深いご指摘をお願い致します。

 師父に感謝申し上げます!

 同修の皆さん、ありがとうございます!

 注:
 [1] 李洪志師父の著作:『各地での説法六』「アジア太平洋地区学習者会議での説法」
 [2] 李洪志師父の著作:『各地での説法十一』「二〇一〇年ニューヨーク法会での説法」
 [3] 李洪志師父の著作:『各地での説法三』「大ニューヨーク地区法会での説法」
 [4] 李洪志師父の著作:『精進要旨』「はっきりと目覚めよ」
 [5] 李洪志師父の経文:『シンガポール法会での説法』

 (2019年香港法会発表文章)

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2019/6/3/388139.html)
 
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