徐静波さん(42歳女性)は、吉林省楡樹市の法輪功学習者であった。2000年から2001年まで、徐さんは楡樹市公安局と勤め先の責任者・丘哲に不法に連行され、精神的、肉体的、経済的な迫害を受けたあげく、2006年2月17日、残念な思いと未練を残したままこの世を去った。
1998年に法を得た徐さんはかつてなかった喜びに浸った。勤め先での勤務成績はとても際立っていた。修煉後、「真、善、忍」の基準で自己に厳しく要求し、人生観、世界観共に明らかに変化が現れ、家でも勤め先でも寛容に人に接した。邪悪な迫害が始まってからも大法を堅く信じ、動揺することなく修煉を続けていた。ある時、勤め先で大法の書物を読んでいた際に、責任者の丘哲に取り上げられた。
2000年10月16日、丘哲は地元派出所と共謀して、徐さんと印刷会社の経営者の奥さんを楡樹市公安局に不法に連行し、拘留した。楡樹市公安局政保科は人の手柄を横取りして恩賞を願い出るため、2人の写真を撮り録画して、この件に言いがかりをつけてあげつらい、どれほどの資料を印刷したかなどとデマをとばした。政保科の悪人はほかの法輪功学習者の名前を供述するよう2人に強要した。奥さんは家族と仕事のために、徐さんに供述するように責め立て、徐さんは脅迫されて供述した。その上、徐さんの家族は政保科の人にご馳走し、また2000元の保証金を支払い、買収金として2000元、全部で7000元をも注ぎ込み、このようにしてやっと悪らつな警官は徐さんを解放した。
2001年10月1日 、勤め先ではまた彼女を重点的に迫害した。彼らは徐さんと数人の法輪功学習者を農業銀行の人事課まで連れて行き、勤め先の責任者と銀行の責任者は彼らに「保証書」を書くように強要した。学習者達は「私達は大法を修煉してよい人になるのに何が間違っていますか? 私達は仕事において苦労をいとわず、不平を言わずやっていますが、私達に何の間違いがあるのですか? どうしてこれを書け、あれを書けと強迫するのですか?」。責任者らは大声で叱責した、「必ず書くのだ、書かなければ除籍して追い出してやる、私もこれ以上あんたに構わないから、上がどんな処罰をしようが関係のないことだ」。徐さんは「私達はいかなる法律も犯していません、あなた達には私を除名する権限はありません」と言った。結局彼らは怒って帰ってしまった。
2001年の末、徐さんとある法輪功学習者が再度地元派出所に不法に連行されたが、正念をもって脱出した。その後、家を離れ放浪せざるを得なかった。ほかの法輪功学習者は不法に留置場に連行された後、4000元もゆすられ、やっと家に戻された。
長期にわたり法の勉強、煉功の環境を失い、その上、精神的、肉体的、経済的な蹂躪、迫害を受けた徐さんの身体は深刻な病状に見舞われた。家族はたくさんのお金を使って病気を治療したものの、2006年2月17日、数年間の精神的、肉体的苦しみを嘗め尽くして、徐さんは残念な思いと未練を残したままこの世を去った。徐さんを愛する年老いた父親と夫、子供、親族たち皆は徐さんの死を悲しんだ。
徐さんの受けた迫害から、多くの人々は邪悪な迫害をみることができ、大法の真相を知った人々は、善良な法輪功学習者を残酷に迫害した楡樹市公安局、勤め先の悪人の悪業に対し厳しく非難した。
徐静波さんの迫害に加担した丘哲はかつて「俺は悪の報いなんか怖くない、私に罰が当たらないじゃないか」と言った。結果、ある日、丘は運転中、車を人の庭に突っ込んで、一人の女性と子供に重傷を負わせ、大金を使って弁償した。
一時の利益に目が眩んで、悪事を働いた人は直ちに悪事を止め、新たに法輪功を理解して、自分のために素晴しい未来を選択することを心から望んでいる。