日本明慧
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法に対する堅い信念は揺らいだことがない(三)


文/中国の大法弟子

(明慧日本)その時、私はパソコンの起動、シャットダウンも分からず、明慧ネットにアクセスして資料をダウンロードすることはなおさらのことでした。自分は完全に学ぶことができるのか自信がなく、他の人に任せようかとの考えもありました。しかし、これは宇宙の中で最も神聖で偉大なことであり、大法弟子が行うべきことだと思いました。法を理解し、基点を正しく置いてから、メモしながら一からパソコンについて学び始めました。同修が帰ってから、メモを見ながら繰り返し試してみました。しばらくして、明慧ネットのホームページが表示されました。「1999年7月20日後、師父がニューヨークを離れ、山中で世間を静観する」の写真が最初に目に留まりました。私は本当に感動しました。
 
 同修は私のことが心配で、数日経って私の様子を見に来ました。今回は『明慧週刊』と明慧小冊子を印刷することや、ネットで三退の声明を発表する方法を教わりました。繰り返しやっているうちに上手にできるようになりました。同修たちの精進のため、毎日の文章を小冊子に編集して同修に贈りました。私はさまざまなお守り、真相写真などを印刷することも学びました。師父の加持と同修の支持の下で、私も資料拠点を作ることができました。
 
 2008年、私と協調人は切磋琢磨して、田舎に資料拠点を作ろうと考えました。これにより、田舎に住んでいる同修も随時、大法の資料を見ることができ、ほかの資料拠点の負担と、資料を引き渡す同修の負担も減らすことができ、田舎の同修も自分の法を実証する道を歩むことができるのです。
 
 五、師を信じ、法を信じて、恐怖心を取り除く
 
 師父は『転法輪』の中で「絶えず執着心を取り除くことこそ人間の修煉の過程のすべてです」とおっしゃいました。私は資料を作る過程も修煉の過程だと思います。初めのころは妨害も多く、特に、恐怖心が引き起こした妨害が多くありました。資料を作る過程でより良く、より正しく行うためには必ず恐怖心を取り除かなければならないと思いました。
 
 私は幼いころから臆病で、日ごろ真相を伝える時も小心翼翼で、肝心のところで正念がなくなってしまいます。わずかな異変でも恐怖心が出てきて、作っている資料のことを思い出すと、もっと怯えてしまいます。それで、資料の作り始めの時から妨害されました。パソコンが作動しなくなったり、ネットに繋がらなくなったり、ダウンロードした資料が開かなくなったり、プリンタも故障したりしました。実はパソコンも、プリンタもすべて正常で、私の心性に問題があったのです。妨害に出会って発正念をしてから、内に向かって原因を探してみると、恐怖心とあせる心から生じた妨害でした。
 
 印刷する時、正々堂々とではなく、いつも音が大きすぎて隣近所に聞こえるのではないかと考え、資料を作るたびに早く終わらせたい心が生じてきます。こんなに良くない心をもって、良い資料が作れるはずがありません。私は心を静かにして師父の経文を学びました。「法は一切の執着を打破することができ、一切の邪悪を打破することができ、一切の虚言を排除することができ、法は正念を固めることができるのです」(『精進要旨二』「妨害を排除せよ」) 師父の法理は私の心を揺り動かしました。私は正念が強固になり、恐怖心も取り除きました。私はまるで生まれ変わったかのように感じ、自分は正法時期の大法弟子で、人を救う重大な使命を担っていることを新たに認識することができました。
 
 私は正念を発しました。「私は大法弟子であり、宇宙の中で最も神聖なことをしています。いかなる生命も私が資料を作ることを妨害してはなりません。妨害することは罪を犯すことになります」 念が正しくなって、恐怖心もなくなりました。それから資料を作ると、質も量も保つことができ、順調に任務を完成することができました。
 
 (明慧ネット第7回中国大陸大法弟子ネット法会)
 
 (続く) 
 
2010年11月26日

(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2010/11/13/%E6%98%8E%E6%85%A7%E6%B3%95%E4%BC%9A--%E5%AF%B9%E6%B3%95%E5%9D%9A%E5%AE%9A%E4%BB%8E%E6%9C%AA%E7%8A%B9%E8%B1%AB-232283.html

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