【明慧日本2012年1月25日】交流文章「大法小弟子への迫害を終わらせることを重視しよう」を読んでから、ある同修は「弾圧が始まって12年間が経ち、そのときの小弟子も大きくなりました。これらの若い同修は筆を持って、当時の修煉体験を書いてください」と促しました。昔一緒に集団学法、煉功していた小同修たちは、今になって私だけが揺れて歩いて、ここまで来ました。私は必ず青年同修としての修煉体験を書かなければならないと思い、それを同修と交流し、師父に報告いたします。
私は1997年大法を修煉し始めました。当時はわずか8歳でした。無知な私は両親と一緒に修煉しました。大人が師父の説法ビデオを見ていたとき、私も側にいて、見ながら遊んでいました。しかし師父が説法していた内容は、私が遊んでいるうちに、心の中で覚えていきました。両親が煉功していたとき、私もまねして学び、動きはすぐ覚えてきて、大人よりも正しかったそうです。そのとき、私は自分が賢いと思っていましたが、実はすべては大法から頂いたものです。
二歳の時、私はひどい気管炎に罹りました。冬になると、呼吸が難しくなって、薬や注射やいろんな処方箋も試しましたが治りませんでした。修煉を始めてから、私は再び健全な体を取り戻すことができました。小学校の頃、よく一緒に遊んでいた友達に大法のすばらしさと修煉を始めてからの変化を言いました。
五年生のある日、私は一人の友達と一緒にボートで遊ぶため、川へ行きました。楽しく遊んでいましたが、泳げない私は水深2メートルも深い川に落ちてしまい、友達はとても恐れていました。すぐ川の中に飛び込んで私を上に支えながら、ボートを引っ張ろうとしましたが、私は水に沈んでしまいました。何回も繰り返して、友たちも力がなくなって危険な状態になっていたとき、風のない状況でボートが私たちの側に流れてきて、私は無意識にボートをつかんでいました。その後友達が、もしボートが流れて来なかったら、私たちはもう死んでいたかもしれないと言いました。師父が私を救ってくれたのだと思いました。ここで、師父に感謝いたします。
中学校一年生のとき、中共邪党が大法を弾圧し始めました。家族は皆、少しも揺れることなく、大法は間違っていないと信じていました。お母さんは人に真相を伝えていたときに通報され、2回も留置場に拘禁されました。警官らは少なくとも年に一回、夜中に家にやって来ていつも、まだ修煉を続けているのかを聞きました。そして不法に家財を没収し、服や布団などを勝手に地面を投げていました。欲しいものが見つからないと、警官らはお母さんに怒鳴ってから帰っていきました。毎回、私はいつも夜中に驚いて目を覚ましました。そのとき、私はまだ発正念ができませんでしたが、ただ邪悪があまりにも悪く、善い人を迫害していると思って、幼い心の中に怖いイメージが残っていました。しかしそうであっても、家族3人の修煉の道を少しも妨害することはできず、時々、夜中に両親と一緒に真相の資料を配ったり、スプレーで真相のスローガンを書いたりしに行きました。
私の性格はおとなしいので、人と話すことが好きではなく、特に異性は苦手です。中学校三年生のとき、「三退」を勧め始めました。「三退」で人を救うため、私は自分の友達から救おうと思っていました。私は勇気を持って、夜の自習時間が終わってから、よく仲のいいクラスメートを誘い、運動場を散歩しました。その間、自分の体験や、大法のすばらしさ、邪党からの迫害、そして「三退」の大切さなどを話しました。これで、何人かのクラスメートを救い、その中に一人の仲のいい女の子もいました。高校のときも同じ方法で、自分の友達たちに「三退」してもらいました。実は、学生も真相を伝えることができます。自分の友達から始めます。学生の同修はもっと自分のクラスメートを救うべきだと思います。
何年前に省の中心都市へアルバイトに行ったことがあります。私は毎週の月曜日に会社に戻って会議をすることになりました。駅を往復する道で、いつもタクシーや三輪車に乗り、よく運転士さんとおしゃべりして、真相を伝えてから「三退」をしてもらいました。毎回話すと、私は必ず「三退」させました。運転士さんに「あなたは見た目は若いですが、よく知ってますね」と言われました。それは師父が弟子を励してくれると私は思いました。
今、年末になると連絡が取れるクラスメートたちは皆一緒に会ってご飯を食べています。人が一番多い時は11人がいました。こんなに多いクラスメートの前に、どうやって真相を伝えるのかを悩んでいて、心の中に師父に言い、弟子に知恵をくださいと願いました。その結果、11人全員が「三退」してくれました。
今、青年同修にとってよくある問題、つまり「名、利、情」の中で一番放下しにくい「情」について交流したいと思います。20歳を超えた私は、結婚に直面しました。実は、このような年齢になって、タバコもお酒も恋人もいない私を、親友たちは理解できず、私は正常ではないと思われています。私たちの近所には私と同じ年齢の人がいますが、この人の子供はもう小学校に入りました。よく結婚に関することを聞かれるので、私はとても悩んでいました。母親と交流して、「彼女を見つけたかったら、そうしなさい。決めるのはやはり自分自身です。でも恋をしたら、きっと修煉に影響しますよ」とお母さんはいつもそう言います。正法はもう最後になりますので、人を救い済度することや真相を伝えることは、これほど差し迫っているので、恋で気を散らしては駄目だと私はこう思います。
正法はもう最後の最後になりますので、今は「一刻千金」な時期なので、昔の大法小弟子、今の青年同修たちは正法の進展についていき、最後の遠くない道をしっかり歩んで、師父について帰るように願います。
ここで、私は家族の皆を代表し、偉大な師父に「新年おめでとうございます」と伝えます。
文章を提出するのは初めてのことなので、適当でない所は、慈悲にご指摘ください。