文/中国の大法弟子
私は1997年10月より法輪大法の修煉を始めました。師父の慈悲なる加護のもとで、本日までたどり着くことができました。明慧ネットを見ることがずっと私の願望でしたが、修煉していない主人がずっとパソコンを買うことを阻止していました。心の中に師父にお願いして、やっと先日、我が家もパソコンを買いました。私は嬉しくて仕方がありませんでした。パソコンはまったくの無知ですが、私は絶対明慧ネットにアクセスすると決心しました。
同じ修煉者である娘に簡単な操作を教えてもらい、私はUSBメモリ内のデータから動態ネット経由ですぐに明慧ネットアクセスしました。師父の写真を見て、久々に家族と会ったかのように感激しました。ちょうど師父の新経文も発表されていて、感無量でした。同時に、正法の進展についていけていないことを残念に思いました。そして十数年来、明慧ネットがこれだけ発展したのに、やっと明慧ネットにアクセスしたことを、すこし恥ずかしく感じました。たくさんの執着心があって、たくさんのしっかりできてない部分もあり、師父に申し訳がありませんでした。
翌日の朝、再びパソコンを立ち上げると、なかなかインターネットに入れず、他の全てのウェブサイトも見られなくなりました。電話して見ると、パソコンの修理屋が来てOSがだめだと言われました。修理した翌日、また問題が起き、またOSの問題だと言われました。3日目、また同じ故障だと言われ続け、私はどうも納得できませんでした。夜、私はパソコンの前に座って、じっくりと考えました。新しいパソコンなのに、OSが問題というのはありえない、きっと私個人に問題があると思いました。何の問題でしょうか、パソコンに執着しているのでしょうか? 明慧ネットに執着しているのでしょうか? 私は思いました。明慧ネットにアクセスすることは、大法弟子にとって当たり前のことです。しかも十数年も遅れたのですから、きっと妨害だと判断しました。そこで私は正念を発して、師父にご加持をお願いして、妨害を一掃し、絶対明慧ネットにアクセスできると念じました。
「完璧な修煉システムを一式植えつけてあげますので、あなたは最初から高い次元で修煉することになります」(『転法輪』)と思い出して、師父に新しいOSを下さるようにお願いしました。そうして私は再びパソコンを立ち上げ、同じ操作して動態ネットに入り、みごとに明慧ネットに入りました。師父の写真を見て、ありがとうございます、ありがとうと繰り返し感謝の意を表しました。
明慧ネットを見てから、他のページも問題なく表示できました。主人は不思議そうに質問しました。私は、師父が修理してくださったと答えて、主人と娘、私は納得して、三人一緒に笑いました。