真に心を静めて学法しよう(五)
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 【明慧日本201246日】

 皆で一緒に法を勉強することに対しての認識と考え

 師父『アジア太平洋地区学習者会議での説法』でこのように私たちに教えました。「皆で一緒に法を勉強することは私が皆さんのために切り開いた環境であり、皆さんのために残した形式です。やはりこのようにすべきだと思います。なぜならば、これは実践してきたことであり、このような修煉が学習者を最も早く向上させることができるからです。自分一人で修煉していれば、あなたの向上を促進する要素はありません。大法弟子として、師父の言うように行うと皆さんは言ったのではありませんか? 大法弟子として歩むべき道を正しく歩まなければならないのだと言ったのではありませんか?」皆で一緒に法を勉強することは師父が切り開いて残して下さった一緒に向上する環境と形式なので、私たちは最大限に学法グループを利用して皆で一緒に法を勉強すべきです。現在大法弟子毎日師父が要求した三つのことをしっかりやる以外に、仕事、家庭生活の事も片づけなければなりません。このような時間が少ない貴重な状況の下で、皆で安全な、妨げられない場所(学法点)で一緒に法を勉強する機会は非常に貴重で、絶対に無駄に費やしてはいけないのです。このためには、私たちは正々堂々と一緒に法を勉強することを徹底させ、真に修煉が高まる環境にしなければならないのです。これにより、一緒に法を勉強する中で、学法や修煉を通じてお互いに絶えず法の上で高めていくと同時に、大法弟子が心を静めて学法することを妨げる要素に対して、学法グループ全体が力を発揮することで、妨害をできるだけ早く取り除くことができるのです。

 学法グループの中の交流を通して、お互いが同じ認識となりました。学法グループは『転法輪』を勉強する他に、師父の他の説法(特に師父7.20以降の経文と説法)を勉強することも段取りしています。師父は7.20以降の経文と説法の中で、迫害に対して大法弟子はどのように法を実証するか、どのように衆生を救い済度するかの法をたくさん説きました。一緒に7.20以降の経文と説法を勉強することは、師父が段取りした修煉と衆生を救い済度する道を正しく歩むのに有利です。それと同時に皆にもこのような認識ができました。安全の問題から、学法グループの人数は一般的に3人から10人で組むほうがいいです。人数がもし多すぎる場合、もう一組増やすことを考えるべきです。一人ひとりは真相を伝える等たくさんの事をやらなけばならないので、一緒に法を勉強する回数は毎週1回から4回が適当だと思われます。学法時に皆が順番に読むようにし、一人が1段落か2段落を読むやりは、他の人の主意識が高まり、より集中するので、法を間違えて読んだときに、お互いに訂正するだけではなく、間違えて読んだところを最初から最後までもう一度読みます。時間があれば、定期的に一緒に師父の説法ビデオ(済南、大連あるいは広州)と師父が功を伝授するビデオを一通り見て、お互いに煉功の動作の間違いを直します。また、決まった時間に一緒に正念を発して法を勉強し、向上するのを妨げる邪悪の要素を取り除くようにすると、一緒に法を勉強する環境はさらに安定して、安全になります。

 一緒に法を勉強するにせよ、個人で法を勉強するにせよ、大法を通読する速度速すぎるのはよくないです。師父が学法の速度問題についてこのように私たちに教えてくださいました。

 「弟子:ある人が先生は「転法輪」を読み終えるのに一日半では遅すぎるとおっしゃいましたが。

 師:私はそんなことを言っていません。速すぎると思います。(拍手) 私は皆が時間を無駄にせず本を読むように話しましたが、その人はすぐその極端にまで走りました。読んで読んで読んで読んで、一生懸命に読んでそれぞれの字さえ分からないようでは、あなたは何を読んでいるのでしょうか。あなたは法を学んでいるのではありませんか。法を学ぶ、法を学ぶ、その学(び)はどこに置いたのでしょうか。あなたは自分が何を見ているのか分からないようでは、どうやって修しますか。あなたは今何を見ているのかわからなければなりません。あなたはどういう字を読んでいるのか、表面的にどういう意味かわからなければなりません。あのようなやり方ではどうして法を学ぶと言えますか。そんな読み方でいいのですか。本をパラパラめくってしまえばすぐ終わるではありませんか。こういう道理ではありませんか。」(『シンガポール法会での説法』)

 私たちは大法を通読する時に心を静めて、穏やかつゆっくりと読まなければなりません。さらに、読んだ一文字、一言もはっきりと大脳に反映されなければなりません。そして、ゆっくりと通読すると同時に心を静めて悟らなければなりせん。以前ある同修が交流中にこのような話をました。早く読むと、意識がぼんやりすることはないが、ゆっくり読むと逆に意識がぼんやりしてしまう。これについて皆で交流してこのような学法状態は間違っていると同じ認識が得られました。なぜなら、早く読むと主元神心をめてことに大脳をコントロールするのではなく、完全に「読ことに固く大脳がコントロールされので、早く読むと、流暢に間違いがなく読まないといけないと意識してしまうので、主元神は完全に「読ことに集中し、「学ことに集中しなくなるのです。「なぜなら主意識が厳しく大脳を制御すればするほど、ほかの生命が入り込めないのです。」(『転法輪』)ですから、これは不正確な「読」状態がもう一種の不正確な、意識がぼんやりした学法状態を覆い隠そうとするだけです。私達は心を静めて学法し、正念でしっかり大脳を抑制しなければなりません。従って、最大限に心を静めて学法するのです。

 (続く)

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2008/12/5/191133.html)
(English: http://en.minghui.org/html/articles/2011/6/10/125925.html)     更新日:2012年4月7日
 
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