言行と思想の中から色欲に対する執着を根絶する
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文/アメリカの大法弟子

 【明慧日本2012年7月3日】私は大学生です。多くの青年大法弟子と同じように、しょっちゅう色欲の誘惑に遭っています。あるとき、この方面の執着はもう少なくなっていると思っていたのに、また沸いてきて、内心、非常に困惑しています。学法をして、同修の交流文章を読んで、どれが真の自分か見分けて、徹底的に旧勢力の按排と妨害を否定することが大事だと分かりました。

 数年前、私は海外で大法に出会いました。修煉する前、私はどうすれば、もっと魅力的で内包がある人になれるかという根本的な執着心があり、 イメージアップのために心理学の本をたくさん読みました。現代心理学の色と欲に対する解釈は、道徳が低下した現代社会の理論と同じで、私はそれらの本を読む過程で、知らず知らずのうちに汚染されてしまいました。修煉を始めてからも、この方面の根本的な執着を認識していませんでした。半年後に私は中国に戻りましたが、国内での様々な誘惑から、私は完全に常人になってしまいました。とにかく和やかになり、自分のイメージがアップしたので、修煉のことは後でゆっくり考えようと思いました。

 自分を緩めた結果、大きな間違いを犯してしまいました。私は常人と早すぎる恋愛をし、肉体関係を持ってしまいました。そのときの自分はほとんど修煉を放棄した状態でした。アメリカに戻ってから再び修煉しましたが、頭は現代社会の観念に妨害され、相次いで2人の異性の友達と関係ができました。当時はこれが間違っていることすら気がつきませんでしたが、後になってこの方面の法理が分かり、今まで変異した常人の観念で自分を計っていたために、間違いを犯したことをひどく後悔しました。

 実は修煉する前、私は色の方面で多く汚染されました。現在の社会では常人のマスコミやインターネットには正しいものが少なく、修煉してからもポルノの動画を見ました。私は思い切ってこのような行為をやめようと思うものの、しょっちゅう常人のサイトで時間を費やしました。師父は『精進要旨』「法の中に溶け込む」の中で「人間はまるで一つの容器のようなもので、何かを入れればそれになるのです」と説かれました。私は、常人のものは正念を消耗することが分かりました。

 若い異性の同修間でも色欲の妨害があります。先日、若い異性の同修から2回ほど、外で会いたいと誘われました。地元には決まった学法と交流の時間があるので、その時に交流しましょうと、1回は断りました。しかし 2回目に誘われたときは、同修との関係が悪くなるのではないかと思い、外で会いました。しかし、話の内容は全部常人のもので、甚だしきに至っては法から離れた内容もあり、その後の自分の修煉に大きな妨害を受けました。異性の同修とはふざけた言い方や冗談などは言わないほうがよいと思います。私は既婚の青年同修と、いつもふざけた言い方で、冗談を言ったりしていましたが、当時は適切でないと気づきませんでしたが、その後、自分の正念が多く妨害されました。また、相手に対する不正な色と情の心もありました。自分が正しく対処すれば、このような妨害は最初から遮断することができたと思います。

 道徳が低下した現在の社会では、若者には多くの誘惑があるので、少しでも気を抜くと、堕ちてしまいます。常に法に照らして、正しい念と正しい行いを自分に要求しなければ、修煉に影響してしまいます。言行と思想から色欲に対する執着を取り除いてこそ、修煉の純粋さとすばらしさを体験することができます。不足の部分は同修の慈悲なるご指摘をお願いします。

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2012/6/30/259510.html)
 
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