夫の変化(一)
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文/中国の大法弟子  文姝

 【明慧日本2013年4月12日】尊敬する師父こんにちは! 同修の皆さんこんにちは!

 ネット上で交流の場を与えていただき感謝いたします! 正法修煉に入りこの十数年余り、江沢民集団が法輪功修煉者に対し、「その名誉を腐らせ、その経済を打ち壊し、その肉体を消滅させる」政策を行なう中で、多くの修煉者が幸せな家庭を失いました。修煉者が円満な家庭を築き、縁のある衆生を済度することも旧勢力の按排を否定することになります。私が修煉をしてからの、大法に対する夫の認識の変化を師父と皆さんに紹介したいと思います。至らない所は慈悲にご指摘をお願い致します。

 一、修煉をして穏やかな家庭を得る

 修煉をする前の私は、身体が弱く辛い日々を過ごしていました。嫌なことがあると、夫に八つ当たりをしていました。あの頃の夫はよく遊びに出歩いていました。ある時、夜中に帰って来て、あまりにも頭に来た私は、朝一番に姑の家に行き、姑夫婦に当り散らし大騒ぎになったこともありました。子供の教育に対してもいらいらしたり、気分で怒ったりしていました。

 会社では感情を抑えていますが、苛立ちを抑えきれないこともよくありました。同僚に「おかしいわよ!」と言われたこともありました。

 あの頃の私は、2階に上がるのも精一杯の状態でした。仕事を終えて家に帰ると何をする気にもならず、ベッドに横になりたいだけでした。夫も家を顧みなかったので、家の中はグチャグチャで、その日暮らしでした。

 修煉を始めてから、師父は私の身体を浄化して下さいました。大法は私にどういう人になるべきかを教えて下さいました。私はまるで別人のように変わり、どんなこともまず自分を探すようになりました。家事のすべてを1人で引き受けました。子供にも怒らなくなり、会社でもイライラしなくなり、ずる賢さもなくなり、同僚に変わったと褒められました。姑の子供たちの中で、私だけがよく会いに行き面倒を見ました。夫とも喧嘩をしなくなりました。

 あの頃の私は仕事が終わると、毎日学法に行きました。毎日が楽しくて、身をもって法輪大法の素晴らしさを知りました。夫も会う人ごとに「法輪大法は素晴らしい」と話していました。

 二、迫害後、夫は恐怖のため自分を見失う

 1999年7月20日に迫害が始まりました。翌日の21日に私は大法を実証するために列車に乗り、北京に行きました。北京に着いた後、22日から大法を侮辱する放送が流れたことを知りました。夫は突然の状況の変化に怖くなり、家で見つけた大法の本を全部破り、会社に持って行きました。私はその破られた本を家に持って帰った時、悲しくて大泣きしました。同時に気の小さい夫を恥ずかしく思い、心が痛みました。

 北京から家に戻った次の日、私は精神病院へ連れて行かれ、病室から出ることを許されませんでした。夫は私の見張りを命令され、言われた通りに協力しました。

 2000年2月、私は大法を実証するために、また北京に行きました。警察の人が会社と家族を脅迫し、私は再び精神病院に入れられました。無理やり薬を飲まされて苦しそうにしていると、夫はたまに薬を隠してくれたりしました。しかし、学法と煉功は許してくれませんでした。精神病院から家に帰っても、長い間見張られて、学法も外出も許してもらえず、言う事を聞かないと、大法の本を破ると迫られました。

 2000年6月、法輪功を放棄するように会社に強要され、署名を拒否したため、停職になりました。しかも夫は私を見張るように命じられました。会社は私に北京へもう行かないと約束するように強要しましたが、協力をしなかったため、給料も差し押さえられました。2001年3月、警察と会社は一緒になって私を連行しようとしました、それから私は家に帰れなくなりました。同修が私に会いに来ても、夫に罵られたり、追い返されたりして会わせてくれませんでした。

 私が労働教養所に入れられていた時、夫は世間の冷たい目に耐えきれず、会社を辞めてしまいました。家には年寄りと学校に通う娘がいました。新しい仕事を探すこともできず、家を売り払い娘の学費にしました。幸せな家庭はこのように崩れていきました。夫はすべての責任を私が修煉したせいにしました。それから、大法と師父を罵るようになりました。

 あの頃の夫は、私を敵(かたき)のように扱いました。家に親戚が遊びに来ても、私を避けるようにしたり、お正月に家族が集まって食事をしても、見知らぬ人のように話もしませんでした。私が迫害されて入院していた時、一度しか見舞いに来ませんでした。迫害で受けた怪我を一人で治していた時、私が存在していないかのように、面倒を見ることもありませんでした。最も悲しかったのは、離婚したいと言われたことです。

 (続く)

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2013/2/19/264891.html)
 
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