同修を助けることは実際自分自身を助けること
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文/中国の大法弟子

 【明慧日本2014年2月26日】甲午年(2014年)の旧正月は私にとって、いままでで最も意義ある年でした。私はひとりの同修と一緒に学法し、煉功し、互いにとても早く向上できました。表面的には私が同修を助けているようでしたが、実際は、私がとても大きく向上できるように、師父がこのような機会を按排してくださったのでした。

 我が地区に次のような同修がいました。彼女は、1999年7.20前に法を得て、精進して、着実に修煉しました。全身の病気がなくなり、彼女の言葉で言うと、「やっと人間らしく生活できるようになった」のです。その後、彼女は北京へ大法を実証しにいき、真相資料を配り、真相を伝え三退を勧め、とてもよくやっていましたが、この2年間、家庭の事情により、修煉に少しずつ遅れがでて、法を学ばなくなり、煉功もしなくなり、真相を伝えて人を救うこともしなくなりました。彼女は一気にとても老いてしまいました。まわりの同修はみな彼女のために焦り、連絡をとり、大法に戻ってこられるように助けようとしました。最近、彼女はやっと家庭の束縛から抜け出すことができ、同修らも彼女に連絡を取り、『轉法輪』と煉功用MP3を持っていきました。しかし、法を離れた時間がとても長かったため、彼女に対する妨害はとても大きく、大法に戻ってくる足取りは緩慢でした。

 今年の旧正月の間、私は突然「師父、私は彼女を助けたいのです、彼女に会わせてください」という念が生じました。そして、とても順調に私は彼女に会うことができました。やつれて、老衰した彼女の姿を見ると、私はとても辛かったのです。私は彼女に我が家に来て、話し合うように招きました。その夜、彼女が我が家を訪れたとき、私は彼女に飲むようにお湯を渡し、果物を食べるように洗って渡し、一緒に話しました。なるべく修煉の話を話題にして、大法の修煉に戻ってきてほしいと伝えました。私は彼女が当初、精進していた姿、大法を実証していたことを思い出し、彼女に「師父はあなたを待っておられます。ご存じですか? 天目が開いた同修に見えたのですが、師父は両腕で、旧勢力が押し付けてきた衆生を壊滅させる巨大な難を支えておられます。衆生が救われる時間を延ばしておられます。師父の払われた代価は私たちには想像できません。あなたは自分のために師父にご心配をかけてもいいのでしょうか」と伝えると、彼女は目の周りが赤くなってきました。私たちは、旧正月の間、家事が終わると、彼女が我が家にきて、一緒に学法することを約束しました。

 翌日の夜、同修は来ました。私は手元の仕事をまずおいて、急いで彼女と一緒に『轉法輪』を読み始めました。2時間後には、彼女にひとりで読ませ、私は彼女が読み間違えた文字を指摘してあげました。読んでいるうちに、彼女の顔色は変わっていき、学法が終わると、彼女の顔色は蝋のような色だったのが、赤みが出てきて、目にも生気が出てきました。

 この日から、連続して数日間、彼女は毎晩我が家にきて一緒に学習しました。彼女の変化はとても大きく、ますます元気になり、皮膚も白くなり、赤みがでました。私たちはとても喜びました。私は、やっと師父の弟子をひとり連れ戻した、と安心しました。私は彼女に『明慧週刊』を読めるように電子辞書を貸してあげました。また、私は毎週定期的に彼女にファイルを入れてあげました。こうして、紙に印刷することも省くことができ、彼女の家庭環境に相応しくなりました。

 年越しの時に比較的仕事が少なかったためか、同修は時間があると我が家にきました。午前に来たり、午後に来たり、夜にきたりして、夜12時の発正念が終わると帰宅しました。場合によっては、一日中我が家にいましたが、私は一気に不便を感じました。彼女が来ると、私は直ちに彼女に付き添い、一緒に学法しなければならないので、家事をする時間がなく、真相資料を制作することにも影響が出てきました。私は少し嫌になり、「すべてあなたのために準備してあげたから、これからは自宅で、ひとりで学べば良いのに、こうしてずっと私を邪魔してはいけない」という念が出てきたとき、私は自分が間違ったと分かりました。内に向けて探すと、一つは怖れる心がありました。彼女の家族はかつて大法弟子を密告したことがあったので、私は怖がって、彼女に我が家が資料点であることを知ってほしくなかったのです。もう一つは、私の心が重く、慈悲心が足りず、自分の修煉が影響されることを恐れていました。もう一つは、修煉が着実にできておらず、表面に留まっていました。私は心のなかで、「師父、本当に申し訳ございません。私は間違いました。同修がやっと大法のなかにもどってきて、私と一緒に集団学法しようとしています。彼女の助けになるなら、私は続けて彼女と一緒に学法します。自分の仕事は重要ではありません。彼女は今、大法のなかに戻ってきたばかりなので、少し緩めると、彼女が修煉して向上することに不利になります」と言いました。私は心理状態を調整して、毎日、時間を切り詰めて家事をしました。年越しの時期でしたが、食事は最も簡単にし、どの時間帯であっても、彼女が来たら、すぐ学法をしました。

 年越し後のある日、彼女は午前中に来ました。私は、今日は時間にゆとりがあるから、一緒に煉功しましょう、と言いました。私たちは一緒に第1式から第4式までやりました。そして、夜に学法した後、一緒に静功をしました。彼女の状態は良くなり、最初に我が家にきた時と比べて、完全に別人に変わりました。その後のある日、彼女がうちに来た時に私はちょうど資料を作っていましたが、私は堂々と彼女に『明慧週刊』を見せ、彼女も私を手伝って製本したり、資料を折ったりしながら、交流して切磋しました。すべてが終わったら、私たちは一緒に学法と煉功をしました。この状態は、年が明けて、みなが出勤しはじめるまで続きました。

 同修の変化と同時に、私は自分の変化にも気付いたのです。最初は任務を完成するように彼女をうちに招いている状態でしたが、それから、彼女がくるのを少し怖れ、最後には穏やかに、慈悲の心を持って、彼女が来るのを待ちました。しかも、同修が来たら、私は時間を無駄にすることが恥ずかしくなり、パソコンを立ちあげなくなりました。(明慧ネットを読む以外)、テレビも見なくなりました。(彼女と一緒に新唐人の新年晩会を見る以外)。こうして、長い時間大法のなかに溶け込むことができ、学法は更に心に入り、煉功の時間も更に長くなりました。同修は私のために、私が長い間意識できていなかった正しくない煉功動作を正してくれたのです。師父は彼女の口を借りて、私を悟らせてくださいました。それはちょうど私を困らせていた問題だったのです。私も大きく向上できました。

 こうして、私たちは一緒に学法し、一緒に煉功し、一緒に大法を実証することができました。まさに「佛光が普く照らせば、礼儀が圓明となる」[1]、だったのです。まさに師父がおっしゃったとおり、「将来の大法弟子にはそれが見えますが、大法弟子が行なった全ては皆自分のために行なっているのであって、救い済度したのは自分の衆生であり、圓満成就させたのは自分の世界と衆生であり、自分のために威徳を樹立し、全ての全ては皆大法弟子自身のために行なっています。師父のために他人のために行なったことは一つもありません」[2]年越しの間、私は同修を手伝っているように見えたのですが、実はその過程で、私はさらに大きく向上し、多く向上できたのでした。

 注:
 [1] 李洪志師父の著作:『轉法輪』
 [2] 李洪志師父の著作:『各地での説法三』「大ニューヨーク地区法会での説法」

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2014/2/19/287869.html)
 
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