真相を伝え衆生を救うことと、個人修煉は切り離せない
文/青島市の大法弟子
【明慧日本2014年4月29日】私は1998年に修煉を始めた農村の大法弟子です。今日、明慧ネットのこの場をお借りして昨年12月4日、私が自由市場で真相を伝えた際に、真相を知らない中共(中国共産党)の治安維持隊員に連行されたことについて、同修の皆さんと交流したいと思います。
昨年の12月4日、この日の午前、私は同修と一緒に自由市場で真相を伝え、真相カレンダーと小冊子を配っていた時、治安維持隊の私服警官に尾行され、そして、不当に連行されました。あまりにも突然に起きたことで、しかもその時、同修は電話料金の支払いのため銀行に行っており、このことはまだ知らなかったのです。同修が銀行から出てきた時、私服警官の1人が私を離し、同修を連行しようとしました(後で分かったのですが、この同修はすでに自由市場で尾行されていました)。この肝心な時に、私は同修を守ろうと力いっぱい必死に抵抗して、同修に気付かせようと、「法輪大法は素晴らしい」と叫びました。すると、警官は残りの1人では私を押さえ切れないと思い、すぐに戻って来ました。同修はそれを見て迅速にその場を離れ、無事に家に戻り、発正念をするようにみんなに知らせました。
こうして、警官は私を治安維持隊の詰所に連行し、威嚇し、脅迫し、殴ったり蹴ったりしました。私は大法の要求に従って、正念を発し、真相を伝えました。警官らは私がまったく協力しないのを見て、派出所に送り、カーテンを閉めて、引き続き脅したり、すかしたりして、殴ったり蹴ったりしました。しかし、写真撮影とか何かを要求されても、私は一切協力しませんでした。
私は暴力を振るわれながらも、それを制止するため、両手を高く上げ、念を込めて「法輪大法は素晴らしい」と叫びました。この一声で、奇跡が起きました。その瞬間、私を迫害していた者全員が驚いて茫然自失となり、木偶の坊のようになってしまいました。しばらくして、そのうちの1人が我に返り、「手錠をするのを忘れた。私達はもう行こう。彼女に言いたいだけ言わせよう」と言って素早くその場を離れました。
その時、私は心を静めて、素早く自分の漏れを探し、発正念をして、師父にご加持をお願いしました。同時に、師父がおっしゃった「一つの心も動じなければ、すべての動きを制することができる」[1]を固く信じました。彼らは私が全く協力しないのを見て、私を留置場に移し、さらに迫害しようとしました。
留置場で、彼らはまず私の身体検査をしました。最初、私は全く協力しないつもりでしたが、しかし考え直して、検査しても構わない、私は心の中で私に虚像を作るように師父にお願いしました。その結果、高血圧、心臓病の症状が現れ、しかも、とても深刻でした。留置場側は責任を負いたくないため、私の収監を拒否しました。私を送ってきた警官は一目見て仕方なく、「それでは、お前を家に戻すしかない」と言いました。
この話を聞いた私は、決着がついて心がやっと落ち着きました。しかし、すぐに歓喜心が芽生えてきました。修煉はとても厳粛なことで、この一念がまた面倒なことを招いてしまいました。彼らはまた戻って来て、再び私を留置場に入れようとしました。私はすぐに発正念をして、法を暗唱し、断固として認めませんでした。
再び留置場に戻って、私はやはり真相を伝え、発正念をして、そして師父に、弟子の一存となるようにお願いしました。師父はおっしゃいました。「法は一切の執着を打破することができ、一切の邪悪を打破することができ、一切の虚言を排除することができ、法は正念を固めることができるのです」[2]。その通りになりました。こうして、師父のご加持の下、同修の正念の支援の下、十数時間の正邪の戦いを経て、私はついに夜9時に正々堂々と家に帰りました。
今回の魔難を通して、私は「表面上では大法のことを盛大にやりましたが、しかし、形式に流れ、特に家庭で心性の修煉を重視せず、魔性を強め、執着を強め、真の自分と偽りの自分を区別できず、法に基づいて心を着実に修めず、心性の修煉を重視しなかった」ことに気づきました。心性を修めることに力を注がなければ絶対に駄目です。それは修煉上の大きな漏れです。それが今回の妨害された主要な原因だと分かりました。
今回の教訓は私に一つの道理をより明確に認識させてくれました。それは、真相を伝え人を救うことは、個人の修煉と切り離せないということです。自分をしっかり修めて、初めてより安定して三つのことを行うことができ、初めて妨害されることなく、最後までしっかりと歩むことができるのです。これはこの失敗から得た教訓です。
注:
[1] 李洪志師父の著作:『精進要旨(二)』「最後の執着を取り除こう」
[2] 李洪志師父の著作:『精進要旨(二)』「妨害を排除せよ」