二言三言:同修を助けることは自分を助けることにもなる
■ 印刷版
 

文/中国の大法弟子

 【明慧日本2014年8月13日】同修を助けることは、どの大法弟子も喜んでできる事だと思います。私は助けの必要な同修がいると聞いて、迷うことなく、彼女の家に行きました。同修は長い間、身体の状態がよくありませんでした。次の日の朝、私は怠ける心を克服して、五式の功法を行いました。彼女と一緒にいた数日間、私は自分の気づいた問題を同修に話しました。

 驚いたことに、彼女の問題は私にもあるのだと気づきました。私は突然、自分がここに来た理由が分かりました。師父は出会ったすべてのことにおいて、内に向かって探すという法理を教えてくださいました。最初は、同修の「問題」ばかり話していましたが、自分に向かって全く探していなかったことを、今さら恥ずかしく思いました。

 自分が内に向かって探すことができたとき、同修に何を言っても、彼女は喜んで受け入れてくれました。しかも、彼女は自分の短所にも気づき、自分自身の問題に消極的に対処することがなくなり、精進すると決心しました。

 同修を助けに行ったと言っても、実際は同修が私を助けてくれました。修煉者として、どの人にも短所があるのです。内に向かって探すことによって、自分を修めることができ、そして、大法弟子の全体が向上でき、さらに魔難を乗り越える同修を助けることがよくできると思います。

 以上は個人的な悟りです。適当でないところがあれば、ご指摘ください。

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2012/10/4/263638.html)
 
関連文章