一正が百邪を圧する 正念は本当に効き目がある
■ 印刷版
 

文/中国遼寧省の大法弟子 識途

 【明慧日本2014年9月28日】私は今年71歳です。2011年、労働教養所付近で、皆と一緒に近距離で発正念をしていた際、留置場に強制連行され、1カ月間、不当に監禁されました。その後、正しい念を持って、正しい行いをするなか、師父に助けられ、留置場から出ることができました。

 発正念はとても重要であり、囚人服を着なくても迫害されなかった

 留置場に監禁されていた時、受刑者の着るベストを着用することを強いられましたが、私は邪悪な迫害に妥協せず、着ませんでした。私は「このベストを着る事に納得がいかない。これは罪を犯した人が着るものだ。私は罪を犯していない。私は煉功しただけだ。これは信仰の問題だから、私は着ない!」と言いました。警官は「たかが一枚のベストを着るだけのことじゃないか」と言いました。監房の号長は他の受刑者を指図して、無理やり私にそのベストを着させました。師父のお誕生日に、私は、「今日は師父の誕生日だ。ベストを着ないで師父の誕生日をお祝いする、私は今日は何があっても着ない!」と心で決めました。すると警官は怒り出し、「お前に言うことを聞かせる方法はいくらでもあるんだ。独房も空いている、ベストを着ないと独房にぶちこむぞ。それでも、反抗し、服従しないのか!」と叫びました。私は発正念をしながら、無理やり着せられたベストを脱ぎました。受刑者らは「あなたはあまりに怖れを知らなすぎる。罰せられることが怖くないのですか?」と言いました。彼女らが何を言っても、ずっと黙っていると、担当の警官が安全検査に来る時間になりました。監房では私ひとりだけベストを着ておらず、とても目立っていました。受刑者らは私のために心配していました。私はただ発正念し、心の中では、すべては師父がお決めになる、と思っているだけでした。その結果、監房のドアは開かなかったのです。安全検査をする警官はただ鉄のドアの小窓から殺人犯の受刑者に足かせを外すよう告げました。彼女はすでに半年もの間、足かせを嵌められていましたが、今回の事で外せるようになりました。

 正念で邪悪な迫害を否定し、煉功できるようになった

 留置場では毎晩、麻薬常習犯が二人一組で交代で当番をしていました。私は、時間を無駄にしてはいけない、当番など気にせず煉功しよう、と思い、動功を始めました。第三式のとき、夜に巡回する警官の歩く革靴の音が聞こえてきました、私は少し心が動じました。そのとき、ほかの受刑者が「あなたはまだやっているの」と叫びました。その時、私は、煉功者は当然煉功すべきではないか? そうだ、当然煉功すべきだ! と思いました。すると、革靴の音は監房の付近まで来て、また帰っていきました。

 その後再び、一人の警官がわざわざやってきて「もうやめてください、しばらくして検査する人がくるから」と言いました。私は心の中で、「その検査は私と何の関係があるのか?」と思いました。すると続けて警官は「検査が終わったら、また煉功してください」と言い、立ち去りました。

 また煉功しようとした時、私は今まで5式を全部通してしたことがないので、今日こそは必ず、すべてやり遂げようと思いました。私は時計を見てから、動功を始めました。10人の中で、私だけが法輪功学習者でした。彼らは動功の動作を部分的にしか見たことがなく、瞬きもせず、私を見ていました。監房に設置している監視カメラでは私が煉功しているところを監視できます。近くにある警官の当番室からは絶えずドアをパターンと閉める音が聞こえてきたり、革靴で出入りする音が聞こえてきました。私は、「これらはすべて虚像だ。私はこれらを認めない。すべては師父がお決めになる。一正が百邪を圧する」と思いました。こうして、1時間をかけて、私は動功をすべて行いました。誰も妨害する人はいませんでした。朝になると、彼女らは皆それぞれ自分のやるべきことをやり、だれも私が煉功したことを口にしませんでした。朝食後、受刑者らは煉功の口訣を教えてほしいと言い、壁に書くように依頼してきました。私はこれは神聖な言葉なので、どこにでも書けるものではないと教え、彼らに暗記するように伝えました。彼女らの中には、私を真似して煉功する人もいます。私は動作が正しくない人の動作を直してあげました。教え終わると「あなたは家に帰ってください」と警官が言い、私は留置場から出て帰りました。

 修煉者の正念は常に試練を受ける

 留置場から出て行く前、また一つの関がありました。所長と副所長が記録を取っていました。夫が私を迎えにきていて、向こうでイライラしながら私を待っていました。所長は「ここから出てから、あなたは、また法輪功をするのですか? もし出てからもまだ煉功していたら、あなたをすぐに馬三家労働教養所に送りますよ」と言いました。夫は私に、もうしないと早く答えるように促しました。しかし、私は確固たる意志で「続けます!」と答えました。すると副所長はぷっと笑ってしまい、「それでは、一時出所にしましょう」と言いました。私は夫と一緒に家に帰りました。

 私は以前は発正念をあまり重視していませんでした。正念の威力もよく知らなかったのです。今回のことを通じて、私の得た教訓は本当にとても大きいものでした。一正は百邪を圧します。正念は本当に効き目があるもので、とても重要です。ですから、同修の皆さんも必ず発正念を重視し、正念を持ってすべてを正視しましょう。

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2014/9/12/297623.html)
(English: http://en.minghui.org/html/articles/2014/9/22/3386.html)
 
関連文章