色欲の執着心を取り除く
■ 印刷版
 

 【明慧日本2016年7月19日】私は女性の大法弟子で、1995年年末、23歳の時に大法の修煉を始め、未だに結婚していない為、修煉において長年の間、各種の妨害や執着に悩まされていました。大法への迫害が始まる前は周りの環境が良く、結婚しなくても平気でした。迫害されてから、2、3年経ったら修煉は終わるかも知れないと思い、結婚したいと思いませんでした。まさか迫害が十数年間も続くとは、思っても見ませんでした。私は毎日真相の資料を配っており、その時は強い正念を持たなければならず、少しでも彼氏を探すような雑念を起こしてはならなかったです。その後、修煉を続けるにつれ、徐々に結婚に対する執着心も薄れて行き、心身ともにバランスが取れ、落ち着くようになりました。

 しかし、外部からの妨害も大きく、常人から結婚相手を紹介してくれるとか、未婚男性の同修が仲人を通じて求婚するとか、また各種の理由で会いたいとかなど色々なことがありました。時にはちょっと会って見ただけで、心の欲望が掻き立てられ、落ち着きを失いました。学法を通じて、多くの苦を舐めてから、やっとこのような様々な妨害を取り除けました。

 他の空間からの妨害は、さらに酷いものでした。例えば、夜寝っている時に、隣に男性が横たわっていると感じ、ちょうど昔好きだった人で、私が執着していることや聞きたい言葉を話してくれてます。その時、人心があり、本当のことだと思ったら、すぐダメになります。実はそれは色魔の変幻による妨害なのです。最初の頃は、まったく心性を守れませんでした。驚いて怖くなり、夜寝るのを恐れていました。このように心性が落ちてから修煉し、また這い上がることを繰り返し、回数が多くなるにつれ、経験を積んでからはそれは全て嘘で人を騙しているので、これらを求めず聞かず、師父にご加護を求め、師父が按排してくださった道を歩み、師父の助けを求めていました。これらは他の空間の旧勢力が色魔を利用して加えた迫害で、もともとなく、真相資料の拠点を立ち上げてから学法が少なくなったため、このような妨害が現れてきました。

 このような妨害は時には激しい場合があり、一睡もせずにずっと発正念していました。ちょっと横になろうと思うと、他の空間から色魔が必ずやってきました。その時、私はこのような妨害を認めず、絶えず発正念をしていました。ある日の昼ころ、横になって休もうと思った時、色魔がやってきて、私はすぐ発正念しました。その時に、白くて柔らかい光の中に青い髪の毛で、黄金色の袈裟を身にまとった師父の法身が立っておられました。私はすぐ「師父!」と叫びました。師父は何もおっしゃらず、「喜」の文字の一部の映像を見せてくださいました(訳註:中国では結婚式や新婚の家に「喜喜」、ふたつ「喜」の字が書かれた紙やものを飾る習慣がある)。しばらく経ってから、師父の法身がおられなくなり、何もかも見えなくなりました。これは結婚に対する執着を放下するよう、私にご教示をくださったとその時に悟りました。

 今私は心性を守ることができ、常に師父の色欲に関する説法を暗誦し、心の中も広く明るく感じました。師父のおっしゃった通り、この執着心を放下した後、言葉で言い表せない自由自在な気持ちを覚えました。本を読んで学法を通じて、師父はこれらの物質を取り除いてくださいました。全てなくなったわけではないですが、乗り越えることができるようになりました。このような妨害が再び現れてきた時、誘惑に影響されず、自分を修煉者として自覚を持って、正念で対処することが出来るようになりました。

 師父は「われわれの法門では、常人の中で修煉する人に対して、和尚と尼僧になるように要求しているわけではなく、若者たちはこれからやはり所帯を持たなければなりません。それでは、どうやってこの問題に対処したらよいのでしょうか? 前にお話ししたように、われわれの法門は人心を真っ直ぐに指すもので、物質や利益の面であなたに本当に何かを失わせようとするのではありません。まったく逆に、常人の物質や利益のただ中で、あなたの心性を磨き、ほかでもないあなたの心性を本当に向上させようとするのです。その心さえ捨て去ることができれば、何もかも放棄できますので、物質的利益を捨てろと言われれば、当然捨てられます。その心を捨て去ることができなければ、何も捨てられません。修煉の本当の目的は、その心を修煉することです」[1]と説かれました。

 自分は結婚の問題において、長年妨害されたのは学法をよく行わず、大法に対する理解が浅く、師父が按排してくださった道を歩めず、最初からの考えややり方が間違っていた為、このような大きいな魔難に遭ったと今やっと悟りました。

 1999年迫害が始まる前、修煉環境がよく、プレッシャーもなく、大法の修煉機会を大切にしておらず、たくさんの人心がありました。迫害の後、楽な修煉環境を失ってしまい、修煉の時間が足りないのではないかと心配し、跪いて師父にもう一度修煉の機会を頂けるようお願いをしました。その時に、頭の上の空間に穴が開き、そこに銀白色の菩薩が見えました。菩薩の肌は本当に銀でできていて、頭上の光がそこの世界を照らしていて、この上なく神聖でした。しかし、しばらく経ってから、その世界は外から来たたくさんの黒い魔によって遮られ何も見えなくなりました。この光景を見て、私はとても励まされたと同時に、今後の修煉の道にきっと多くの魔難に遭うと悟りました。これからは時間を大切にし、しっかり修めなければならないと決心しました。

 人生は短く、正法修煉の機縁は得難いものです。やはり時間を大切にして、師父から託された三つのことをよりよく行い、結婚するかどうかを考えないで、くれぐれも修煉を怠ることなく、自分で按排するより師父の按排に従ったほうが良いと思います。修煉の道をしっかりと歩み、自分が立てた誓願を果たすことが、最も肝心です。私たちの世界の衆生やこの世の人々は、この上なく、済度されるのを待っています。彼らを本当に救い済度し、希望を与えなければならないと強く強く思います。

 個人の体験ですが、適切でないところがあれば、どうか同修による慈悲なるご指摘をお願いいたします。

 注:
 [1]:李洪志先生の著書:『轉法輪

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2016/6/20/330275.html)
 
関連文章