突発的な事態に対し、師父を信じ、法を信じて対処する
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 【明慧日本2017年1月22日】毎年、孫の冬休みや夏休みの時期になると、孫の面倒を見るため、私は北京に住んでいる娘の家に1カ月か2カ月ぐらい泊まに行きます。北京にも真相を伝えることがあるので、毎回私は必ずたくさんの真相資料を持って出かけて行きます。駅の安全検査所を通る時、正念を発しながら通り、毎回資料を安全に持って行きました。

 昨年8月28日、私は娘の家に行く時、いつも通りに順調に安全検査所を通って、改札口を通り抜けた際、多くの警官が走って来ました。ほぼ1人の前に1人の警官がいて、もう一度鞄を検査すると言い出しました。

 この状況を見て、私はすぐに緊張し恐怖心が出てきました。急なことでもあり避けたり、逃げることもできないため、正念だけしか頼れませんでした。私は大法弟子であり、鞄の中の資料が人を救うためであり、危険な品など一切ないため怖がる必要がない、正々堂々と対応すべきだと考え、その恐怖心は私ではなく、滅しなければいけないものだと思いました。私は師父の法「汝に恐れ有らば、它はじきに抓む、念を正しくすれば、悪はじぐに崩る」[1]を思い出し、師父はまた「もし大法弟子が皆正念を持ち、正しく行うことができ、いかなる情況下でも正念で物事を考え、すべての弟子が迫害の前で恐れる心が生じなければ、誰があなたを迫害し得るのでしょうか!」[2]と説かれました。師父が私のそばにいらしゃり、私を迫害することを絶対許されません。私は師父に「真相資料を守って、邪悪が警官を操って大法弟子に犯罪をおかすことを許さず、警官には何も見えないように」とお願いしました。

  私は鞄を開く警官に正念を発し「他の空間の邪悪を解体し、旧勢力が警官を通して大法弟子を迫害することを許しません」と思いました。当日、私は4つの鞄を持っていました。警官は前の3つの鞄を検査して、最後の四つ目の鞄、真相資料が入っている鞄を検査する時に、私は怖がらず継続して正念を発していました。その際、私の後ろの女性警官は、鞄を検査している警官に「もうやめて、行かせましょう」と言ったので、そこで止めて私を通過させました。

 師父のお陰と自分の正念をもって、安全に通過しました。その女性警官が「もうやめて、行かせましょう」と言った瞬間、私は涙が出そうになり、心の中で師父に感謝しました。「修煉の道に何があっても、落ち着いて念を正しくするなら、それは師父を信じること、大法を信じることであり、大法は必ず奇跡をあらわします」と悟りました。

 落ち着いてくると、私は内に向けて探しました。なぜこのことに出会ったのか、長年間、私は難なく安全検査所を通っていました。鞄を開くことはこの度がはじめてでした。修煉の道には、偶然なことは何一つありません。このことに出会って、師父は必ずこのことを利用して、私の恐怖心を取り除くように諭されました。振り返って見ると、この恐怖心はずっと私と共にいて、他の同修のように正々堂々と法を実証することを妨げていました。以前、面と向かって真相を伝えることを出来るだけ避けていた原因は、この恐怖心によるものでした。

 今回のことについて鞄を検査する瞬間、私には恐怖心がなくなり、正々堂々とした態度であったため、安全に通過できました。今後、私はもっと法を多く勉強し、法の中で自分の不足を修め、本当の大法弟子になれるようにもっと頑張ります!

 師父に感謝を申し上げます。

 同修に感謝いたします。  合掌

 注:
 [1] 李洪志師父の詩:『洪吟二』「何を恐れる」
 [2] 李洪志師父の著作:『二〇〇五年サンフランシスコ法会での説法』

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2017/1/19/341064.html)
 
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