迷いの中から目覚め、修煉の道に戻る
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文/豪州の子供弟子

 【明慧日本2017年2月25日】「まだ間に合う人がいますが、一部の人はもう走るしかありません」[1]と師父は『二〇一五年米国西部法会での説法』の中で説かれました。そして、僕は走るしかない部類に属しています。これから、ここ1年近くの修煉体験について、師父への報告も兼ねて皆さんと交流したいと思います。

 僕は修煉者の家庭に生まれたので、小さい頃から家族と共に法を勉強したり、煉功したり、大法に関することをしてきました。しかし、自らの心を実修したことはなく、ただやることをやれば師父と一緒に家に帰れると思い込んでいたのです。

 5年前、オーストラリアのシドニーにやって来ました。初めは海外の比較的楽な修煉環境にいるため、同修でもある母に言われて、中国に大法が迫害されている真相を伝えるための電話ブースや毎週各地域の法を広める活動に積極的に参加していました。しかしながら、時間が経つにつれ、意気地なしの僕は段々と常人のものに惹かれていき、2014年には、ゲームに夢中になり、膨大な時間を無駄にし、学業も疎かになり、修煉どころではありませんでした。衆生を済度することにも心を入れず、法を勉強する時間も減り、煉功も全くしなくなったのです。どんどん常人の中に溶け込んでいったその頃、慈悲なる師父は何度も自然災害に関する夢を僕に見せ、目を覚まさせようとされましたが、あまりにも深くはまり込んでしまった僕は、目が覚めた時「あの時空にいなくてよかった」と内心喜んでいたのです。

 それでも、師父は僕を諦められませんでした。2015年の年末、僕はまた夢を見ました。夢の中で僕はゲームセンターに向かっていたのです。道中では広場を通り、そこには何千人もの同修が並んでおり、何やら活動に参加しているようでした。自分も一緒に参加しようかと迷っている時、突然誰かに呼び止められて「C16」と書かれたメモを渡されたのです。列に並ぼうとした時、後ろのXの列に入っていて、周りには常人まで混じっていたのです。しかし、はっと気が付いた時には前に並んでいた同修たちはすでにずっと前に進んでいき、自分とは結構な距離が置かれていました。そして、僕も前の人たちに追いつこうと慌てて走り出しました。

 目が覚めると、自分はすでにずっと後ろの方にいると師父が教えてくださったことに気づきました。明慧ネットを開いてみて、ようやく、法を正す時期はもう最後の最後になり、今日の時間も師父が巨大な苦痛と引き換えに我々のために伸ばしてこられたものであることも知りました。これらを理解した瞬間、さらに焦り出したのです。前を走っている同修との差があまりにも大きすぎて、一体どうすればいいでしょうか。慈悲なる師父はこのような僕を見て、もっとたくさん法を勉強することに関する説法を、学法する度に示してくださいました。その頃はちょうどクリスマス時期で学校が休みのため、さらに法を勉強せよという師父の按排であることに気づき、これを機に僕は再び修煉に道に戻って来ることができました。

 精進したいと思っていても、何の基礎もなく、前を走っている同修との差があまりにも大きいため、正念を持つことができず、ゲームに対する執着もなかなか取り除くことができませんでした。きっぱり諦めようと思いましたが、いざやりたいという欲が出てくるとやはりそれを我慢することができずに、結局遊んでしまい、その欲が収まった後は、後悔の念ばかりが浮かび上がってくるのです。こうして1カ月近くたちましたが、何の進歩もありませんでした。そんなある日、ゲームを終えた後、後悔と苦しみに耐えきれずに師父の写真の前に跪きました。今まで浪費してきた時間を思い出すだけで心が張り裂けそうになり、ついに、師父にこのように伝えました。「これからはしっかりと修煉して、法を正す道のりについて行き、師父と共に家に帰ります」と。慈悲な師父は僕の決心を見届けられ、それからは、一度もゲームに触れたことはありません。

 それまでは膨大な時間をゲームにかけ、クラスメイトと話す内容もゲーム中心でしたが、クリスマス休暇が終わり、学校が始まった初日から、僕はゲームや常人が好むような会話を一切やめました。ちょうど大学入試の時期だったので、クラスメイトとおしゃべりをしなくても、何とも思われませんでした。それからは全ての時間を学法に費やしました。通学途中や休み時間、放課後など、時間さえあれば師父の説法を聞き、家に帰れば、各地での説法も勉強しました。こうして、実修とは何かについて少しずつ理解していき、また、修煉者としてあるべき姿を取り戻すこともできました。その頃はちょうど『ジェツン・ミラレパの修煉物語』を読んでいて、修煉に対するミラレパの強い意志に感動し、同時に、常人の執着心を放下する決心も強まりました。師父に背中を押していただきながら前へと進んでいき、毎日、心性が高まっていくのが分かりました。ここで、二つの事を例に挙げて皆さんと交流したいと思います。

 環境の変化

 以前は、身近にいる中国人のクラスメイトに偏見を持っていました。特に、自分は本当に修煉しているという実感がした頃、さらに中国の学生を見下すようになり、しまいには、彼らの声を聞くだけで苛立ち始めたのです。逆に、周りにいる外国人の学生たちは皆教養があり、彼らの言動や物事についての考え方、そして、ファッションまで気に入るようになり、こうして、少しずつ中国から来たクラスメイトを相手にしなくなったのです。修煉者として、人を差別してはいけないと分かってはいるものの、相手ばかりに着目するところを取り除きたくないのです。

 相は心より生じるので、執着すればするほど、そういったものばかり見えてしまいます。その頃、中国語の授業では、先生はよく共産党を賛美する文章ばかり題材に選び勉強させました。幼いころから共産党に毒害されて、中国と共産党の区別もつかない中国人のクラスメイト達を見ていると、どんどん苛立ってきて、腹の中が煮えくり返るような気持ちに襲われ、闘争心や嫉妬心など様々な執着心が引き出されてきました。放課後、クラスメイトと先生に法輪功が迫害されている真相を伝えましたが、彼らを見下す心理があまりにも強いため、善意が全くなく、結局は「祖国を愛していない」などと言われて途中で話をさえぎられてしまい、自分も正念が足りなかったので、それ以上話すことはできませんでした。

 長い間ずっとこの状態でしたが、その後、あることをきっかけに師父がどれほど僕のことを思っておられるか理解したのです。師父は『二〇一六年ニューヨーク法会での説法』で「あなたにこの心がなければ、悪い人は現れることがなく、旧勢力はこのことを按排しせん。これは言うまでもないことです。あなたにこの心がなければ、なぜこのことを按排するのですか? 余計なことではありませんか? さらに、私に旧勢力を消滅させる理由を与えてしまうのです」[2]と説かれました。これを勉強して、修煉者として偶然な出来事はなく、自分の目に映っている他人の問題は自分にも存在しており、それを修めなければならないと悟りました。それなのに、自分を見ずに常人と是非を争ってどうするのですか。このことに気づいてからは問題を見る視点を変え、目に映り、耳に入ってきたことはすべて自分自身を修めるための鏡であると認識することにしました。

 そして、観点を変えて見たところ、なんと、他人にある問題や欠点はすべて自分にも存在していたのです。例えば、中国人生徒がオーストラリアの社会に馴染めないと愚痴をこぼしたり、オーストラリアの人々は人種差別をすると嘆いていたりしているのを聞くと、「君たちの党文化があまりにも深く根付いていることが原因で欧米社会と馴染めないのに、それを相手のせいにするなんて」と、さらに彼らを軽蔑していました。しかし、観点と心境を変えて、自分自身を見たところ、欧米人生徒としか関わりたがらない僕こそ人種差別をしていたのではないでしょうか。

 かつては中国人を、教養がなく、何をするにも自分勝手で他人のことは少しも考えないと言っていましたが、自分こそ、年配の人に会っても挨拶はしない、部屋は散乱していて掃除もしない、トラブルに遭うとすぐに相手のせいにする、話すとき、気づかないうちに相手を見下し、自分を高く評価するなど、自分自身こそ品格が無く、度量も小さいのではないでしょうか。以前、実修していない頃、自分のことを良く思っていましたが、いざこれらのことに気づいたとき、あまりにも恥ずかしすぎて、穴があれば入りたいくらいです。

 これらの問題に気づき、全部取り除こうと決心しました。常に法を勉強し、良くない考えを抑制していくうちに、心性が毎日向上しているのが分かります。度量が広がるにつれて他人の欠点を見ても動じなくなり、問題に遭っても包容できるようになり、相手の立場になって考えることもできるようになりました。また、警戒心が薄まっていくと同時にだんだんと誠実さを持って人と接することもできるようになりました。以前は、いつも冷たい表情をしており、まさに師父が二〇〇七年に『オーストラリアでの説法』の中で説かれていた今時の中国人のように、中国人同士が顔を合わせると、すぐに心を閉ざすような感じでした。しかしながら、今、ようやく、他人と話している時の自分の真心を感じ取れるようになったのです。ほかの同修と比べれば足りない部分はまだ多いのですが、自分自身にとっては大きな進歩と言えるでしょう。

 師父は『二〇〇五年サンフランシスコ法会での説法』の中でこのように説かれました。「常人社会に染められてしまうか、常人があなたによって変えられてしまうかのいずれかです。必ずこのようになります」[3]。自分の心性が高まるにつれ、身の回りにも変化が現れました。中国人生徒たちの強い党文化はもう目に映らず、代りに彼らが必死に勉強し、出来る限り自立していき、そして、人間関係においても、相手のことを考えるようになったなどの良い所が視界に入ってくるようになりました。

 軽蔑するどころか、彼らに習わなければならないところが多すぎることに気づいて、却って情けなくなったのです。僕自身が変わったことで、よく近づいてくるクラスで嫌われ者の中国人生徒も変わりました。彼の話し方がまともになり、僕を咎めることもなくなり、それどころか、彼は単に口が悪く、誤解を招きやすいだけで本当は結構優しい人であることに気づきました。さらに、驚くことに、身の回りの生徒たちも変わり、皆他人を包容できるようになり、差別も消えました。大法の素晴らしさを体験し、修煉者の力も感じ取ることができ、それはまさに、身の回りのすべての良くない状態を正すことができるパワーなのです。

 それ以来、クラスメイト達の仲が良くなり、中国語教師も大法を誹謗中傷するような文章を教材として取り扱うこともなくなり、それどころか、よく僕たちに共産党が今までしてきた悪行を解説するようになったのです。ある日の授業では、「国を愛することは共産党を愛する事ではない」ということまで話しました。これを聞いた僕は心の底からこの先生のために喜びました。そして、僕もこの先生の話に合わせて、温和な口調で共産党がどれだけ今日の中国人を毒害してきたのかを話しました。クラスの「愛国者」の生徒も黙り込み、その上、僕の話に賛成するようになったのです。その瞬間、大法の素晴らしさを再び実感しました。

 勉強面での変化

 僕は木工分野を専攻しており、今年は初めに木材を購入し、年末の提出作品として本棚を作ることにしました。しかし、僕はかつてテレビゲームに夢中で、勉強に力を入れていなかったため、どこから始めていいのか結構悩みました。また、その頃、「三つのこと」と勉強の両立についてあれこれ考えていたので、毎日プレッシャーに追われていました。また、高校2年の時、成績が不合格になったこともあります。後悔に陥るのも良くないと頭では理解しているものの、勉強しても頭に入らないことにひどく苦しめられおり、半日ほど図書館に閉じ籠っていても、やはり、頭の中は空っぽでした。それからは、「勉強しても頭に入らないなら、自分を修めるしかない。修煉さえしっかりすれば、成績も自然に上がってくるだろう」とすっかり開き直ってしまい、勉強すらしなくなったのです。

 今思えば、苦労して勉強したくないから、法に結果を求めていたのです。それでも、慈悲なる師父はたくさんのものを僕に与えてくださいました。どうすればいいかと焦りだした頃、木工の先生が僕の為に作品を設計してくれようとしたのです。毎日の放課後、制作のほうを手伝ってくれましたが、僕が作るというより、むしろ、先生がほとんど作ってくれて、僕がお手伝いをしていたのです。そして、作品を提出した後も、先生はクラスの皆の前で「最近がんばってるね! すごい進歩だよ!」と僕の作品を褒めてくれました。自分の作品を見つめながら、これらはかつて自分を悩ませていた木材だったと思っていると、ふと何もかも理解しました。僕が精進しようとしたから、師父はこのような按排をして励まして下さっているのです。すべては師父がやっておられることで、僕は雑用を手伝ったにすぎません。それなのに、お手柄は皆僕にくださいました。

 それだけではなく、本をパラパラとめくっただけで、学期末のテストの結果、クラスで3位という良い成績を収めることができ、数学も良い結果になり、先生までもが不思議に思いました。クラスメイトも「勉強しなくてもいい点数が取れるんだな」と羨ましがられました。今ならはっきり分かります。全ては、もっと勉強に力を入れ、やるべきことをきちんとやるようにという師父からのお導きなのです。

 師父のご加護の下、1年近くの間、心性の向上は非常に早かったのです。そして、実修する中で、修煉とは何かというもとも本当の意味で理解することができました。まだ、修煉していない常人の時期を思い返す度に、慈悲なる師父は僕をずっと見守って下さったと実感しています。真剣な態度で修煉と向き合おうとしていますが、それでも、師父の要求とはまだ距離があり、駆け足でも追いつけないと思います。そして、まだ取り除いていない頑固な執着心もたくさんあり、身の回りにいる縁のある衆生もまだ救っていません。

 それでも、気を緩めずに自分を厳しく律して修煉していき、真面目に法を勉強していけば、きっとやるべきことを成し遂げ、使命を果たせると思います。師父の慈悲なる済度に感謝いたします。師父が巨大な苦痛と引き換えに延長してくださった時間が無ければ、駆け足で使命を果たそうと努力するこの機会もないでしょう。師父のご恩に報いるためには実修するしかありません。

 注:
 [1] 李洪志師父の経文:『二〇一五年米国西部法会での説法』
 [2] 李洪志師父の経文:『二〇一六年ニューヨーク法会での説法』
 [3] 李洪志師父の経文:『二〇〇五年サンフランシスコ法会での説法』

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2016/11/23/337937.html)
 
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