大法を修煉する中で 多くの不思議な体験をする
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文/中国の大法弟子 清蓮

 明慧日本2017年4月20日】1998年10月のある日、私は市場に出かけ帰りの道で、法輪功のチラシを1枚もらいました。それには、如何によい人になるかを教え、病気治療と健康保持ができると書かれてあり、非常に興味をもちました。なぜなら、私は、頭痛、腰痛、脚のむくみ、胸苦しさ、動悸などの病気を患っていたからです。特に頭痛は、頭が破裂するようにズキズキ痛み、吐き気と嘔吐でその苦しみはたまらないもので、注射しても薬を飲んでも効きませんでした。私は気持ちがますます落ち込み、怒りやすく夫婦でよく口喧嘩をし、身体は痩せこけていました。子供は恐怖の中で生活し私の部屋のドアに「喧嘩する両親は好きではない」と書いた紙を貼り付けていました。

 私は『轉法輪』を購入し、煉功に行って学法し煉功しました。私が『轉法輪』をまだ読み終えていない時、はじめて頭上抱輪をした際、首筋の後ろがほかほかと暖かくなり、大変心地よくなりました。それから、長い間苦しめられていた頭痛がそれほど痛くなくなり、少し痛みだしたら抱輪するとすぐよくなり、他の病気もいつの間にかなくなりました。夫婦の間は仲睦まじくなり、家には笑い声が聞こえ、夫と子供も大法を認め大法の書籍を読み始めました。

 私達一家が大法の佛光を受けて、大法がもたらしてくださった喜びを味わっていた、1999年7月20日に法輪功への全面的な弾圧、迫害がはじまりました。我が家は不当に家宅捜索され、罰金を科され、私は思想改造施設に入れられ、労働教養を強いられ、拷問を受けました。しかし、大法を修煉する心は変わることはありませんでした。なぜなら、私達が修めているのは高徳な大法であり、私は多くの大法の不思議さと超常さを自ら体験していたからです。

 大法を修煉する中で体験した不思議

 自宅から遠くないところに、ある部隊の兵士達が住み始めました。夜私はひと包みの法輪功の資料を塀のてっぺん付近に置きました。翌日、昼寝をする時、突然再び捜査されて逮捕されるのではという念が浮かんできましたが、その時、私は師父の法身が身辺にいらっしゃり、大きな法輪が私の身体に向けて回っているのが見えました。師父が私を守ってくださっているから、何も怖がる必要はないと私にはわかっていました。

 一度、ある工場で仕事をしていた時、指の腹と爪が機械のベルトに巻き込まれて、小さな骨が三つ露出して、大きな血の粒が滴ってきました。それを見て私は少し不安になりました。工場のオーナーの奥さんに病院に送られ、医者は皮膚移植の手術をしないといけないと言いましたが、私は拒否しました。医者は「木に皮がなければ成長できますか」と聞きました。私は大法にできないことはないと思いましたが、しかし、言い出す勇気がありませんでした。オーナーの奥さんは手術に同意するようにサインを促し、私は押印しましたが、後で失敗したと思いました。当時、それが師父からの悟らせだと気付かず、押印してしまいました。血はずっとポタポタ滴っていました。私はすぐに師父に血を止めてくださるようお願いすると、あれほど滴っていた血がやっと止まりました。

 医者は私に入院を要求しましたが、入院しませんでした。医者は「入院しなかったら、指が腐ってしまう」と言い、看護師が採血して検査をしようとした時、私は心の中で「大法弟子の血は採られてはいけない」と思いました。すると採った血がすべて凝固しました。私は医者に信仰をもっているから、家に帰りたいと要求し、医者は渋々それを受け入れ家に帰らせました。

 帰宅後、私は学法と煉功を強化すると、痛みもなく、少しずつよくなりました。私はオーナーからもらったお金の残金300人民元と別途もらっていた1千人民元をオーナーに戻しました。その後、オーナーは隣近所の人たちに会うと、法輪功を信じる人のことがやっと分かるようになりました。入院したら、少なくとも1万人民元が必要だったでしょうに。オーナーの一家は大法の真相を知り、全員三退しました。

 今年に入ってしばらくの間、非常に息苦しくなり、汗が下へポタポタ滴り、それは更年期障害の症状だと言われました。私は、更年期は常人にあるもので修煉者にはない、これはすべて虚像だと思いました。すると、しらないうちに症状が完全に消えました。2012年、私は現地の派出所に強制連行され留置場に送られて、身体検査をされ、医者に子宮筋腫があると言われました。夫はとてもびっくりして、医者に診てもらわないといけないと言いましたが、私は「以前の病気は大法を修煉してからすべて治りました。これはすべて虚像で、何の問題もありません」と夫に伝えました。

 夫の家族の変化

 夫の家族も他の多くの中国人と同じく、法輪功を中傷する中国共産党の宣伝に影響され、私が法輪功を修煉することをよく思っていませんでした。夫の兄は夫に「焼身自殺した人がいるから、お前の妻を見張っておくように」と言いました。また、夫は私が法輪功を修煉していることが原因で、1カ月間留置場に拘禁されました。夫が解放された時、夫の兄は会いに来ようとしたのですが、彼の妻は巻き添えになることを恐れて止めました。

 夫は事故に遭って顔が激しく変形し、奥歯が砕けて口を開くことができませんでしたが、ただの牽引手術を受けただけで家で休養していたら、完治しました。私には師父が守ってくださったとわかっていました。

 今回の事故は相手に責任がありましたが、その人は亡くなりました。彼の家族は逆に、私達を探していました。夫の兄の家族は面倒をみてくれなかったばかりか、逆にちっぽけなことが原因で、我が家に来て大騒ぎをしました。

 夫の兄が末期がんを患っていた時、私は師父の説法を思い出し、以前の不快な心を捨て彼を見舞いによく行きました。彼らに大法の真相を伝え、「法輪大法は素晴らしい、真・善・忍は素晴らしい」と念じるように伝えました。夫の兄が大法の書籍を読んでみたいというので、『轉法輪』を持って行きました。夫の兄は『轉法輪』を読んでから、「この本は宝ものだ。手を洗ってから大切に読まないといけない。私はこの本をもう手放せなくなった」という兄の言葉を聞き涙があふれ出ました。私は彼らと遺産を争うこともしませんでした。彼らは非常にそれに感激して、皆大法はすばらしいと認めて全員三退しました。

 舅はずっと末息子(夫の弟)と一緒に暮らしていましたが、夫の弟は単身で、姑はすでにこの世を去っていました。私は舅が年を取った(80歳すぎ)のをみて我が家に迎えて暮らしました。の布団と服をすべてきれいに洗いました。服には糞と痰が着いており、布団のパテは私の手を黒くさせ、舅の実の娘でさえも汚くて嫌がっていました。毎回の食事は多くの場合、私が舅のところまで持っていくと、は人に会う度に私を褒めていました。しかし、舅は中国共産党の政治運動を何回も経験していて、中国共産党の邪悪さを知っていました。一度、ひとりの同修が家に来ましたが、舅は私がまた迫害されることを怖がって、狂ったように怒鳴り散らしました。私は根気よく少しずつに道理を説明し、善を持って接しました。

 ある日、舅はお腹が痛いと言いますので、私はそれを聞き「法輪大法はすばらしい、真・善・忍はすばらしい」と念じれば痛みは消えますよと泣きながら伝え、一緒に念じました。しばらくすると、随分心地よくなり、舅の娘がうちに来た時、舅は泣きながら「この嫁はお前(娘)より、ずっと優しい」と言いってくれました。舅は大法を認めて、以前、罵っていた大法に対する不敬な言葉を無効にする声明を発表しました。舅は病気が酷くなるといつも私達を呼び、私たちはこの世を去るまで心をこめての面倒をみ、介護しました。

 夫の一番上の姉は私が舅に対してこれほど優しいのをみて、非常に感激し喜んでいました。私が不当に労働教養された時、姉は我が家の子供を迎えて面倒をみてくれました。姉は常に人々に「私の弟の嫁は本当にすばらしいです。以前もよい人でしたが、法輪功を学んでからさらに、さらに良くなりました」と言います。姉は用事があるとよく我が家にやって来て、私に 「今は時々師父の説法を聞いたり、煉功したりしていますよ」と嬉しそうに言います。

 私は実家の家族とさらに多くの人たちが、中国共産党の迫害の猛威を恐れず、大法の真相を知り、大法に救われ済度されることを、いつも、いつも願っています!!

 慈悲で、偉大なる師父、ありがとうございます!!

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2017/4/11/337974.html)
 
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