法理が明確になれば 「病業」を突破し自分を正せる
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文/ 中国の大法弟子

 【明慧日本2017年5月1日】法理上ではっきりと認識出来ないために、各種の重い人心の執着があるとき、旧勢力は死ぬまでそれを掴んで離しません。しかし、師父の導きと同修の助けの下で、自分を正すことが出来ました。私はこの過程を書き出し、まだ「病業」の中にいる同修に、警鐘を鳴らしたいと思います。

 私は病気を治したいと思う気持ちを抱えて、大法の中に入りました。ずっと、肉体の状態を重く見ていたので、二十数年の修煉の中で、この根本的な執着を取り除いていなかっただけでなく、意識さえもしていませんでした。これは第一の、旧勢力によって利用された執着です。第二に、執着があまりにも重すぎたので、曲がった道を歩んでしまったために、不当に連行されて洗脳班に拘禁され、自分の将来の至る所に影響することばかりを心配していました。この二つの執着は、旧勢力によって利用され、吐いたり下痢したりする状態が出現しました。私は自分がテレビを観たことが原因だと勘違いして、夜を徹して発正念を堅持し、煉功し、テレビを戒めました。何日か経って良くなったので、特に深くは考えませんでした。

 その後、新年の機会を借りて、昔の同修に新年の挨拶をし、彼女に大法の中に戻ってくるように言いました。彼女の家に少しいると、全身が冷たくなるのを感じて、すぐに出たくなりました。彼女が玄関まで送ってくれたとき「全国的な廟で、台湾を含めて広がっている佛教の中に自分はいる」と言いました。道理でこんなに冷たかったのです。彼女は何でも拝み、身体に多くの良くない物と、陰性の物質があるに違いありません。実際すでに恐怖心が出て、この恐れる源を探し出すことができました。かつて1人の同修が邪悟者と1時間あまり話したとき、邪に悟った彼女に、大法の修煉に戻るように言いました。その後この同修の両目が腫れて、まるで提灯のようになりました。この同修は天目が開いたまま修煉していて、邪悟者が話をする他の空間では、多くの邪悪な鬼が集まっているのを見たそうです。鬼は「あなたは自分を修してください。彼女は私たちの側の人間です。余計なことをしないでください。さもなければ、あなたに対して遠慮しませんよ」と言いました。このことは脳裏に印象深く重い影を残しました。これは重い恐怖心が鬼を上に見ており、厳重に師父と法を信じていないことの現れでもありました。

 その夜、また吐いたり下痢したりしました。脱水症状が現れ、全身寒気がして飲食もできず、一晩中眠ることが出来ませんでした。私は学法を強く堅持し、発正念をし、煉功もしました。次の日、6時の発正念をしてから、少しだけ眠りました。夢の中で私は一直線の絶壁を這い上がっており、疲れて掴めなくなりました。下から「上へ、上へ」という声が聞こえてきました。最後は困難な山頂まで登り、家に帰ろうと、帰宅方向に向かって歩き出すと、1人の人に会い「あなたは9個の穴を通らなければいけない」と言われました。目が覚めてから、私は山頂まで登り切ったので、この関は乗り越えられるということです。私にはまだ9個の難を乗り越えなければならないということでしょうか? 今になって思えば、これは旧勢力が設けた罠でした。私をその中に進ませて、難を認めさせ、甚だしきに至っては、難を求めるようにさせようとしたのです。あの数日間、無理して過ごしました。

 身体が少しでも良くなれば、家を出て真相を伝え三退させました。2日後、身体にまた異常が現れました。排尿のとき痛くて、排便のときは、血絹糸、血の塊が出て、10分ごとに排泄しました。このとき、正念をもって対処せず、旧勢力による身体の迫害だと分からず、これは消業で、身体の中の良くないものを出しているのだと思い、心の中で師父に感謝していました。20時間後、眠ってしまいました。夢の中で、自分は家に帰ろうとしていて、高い壁を両手で凹凸を掴んで上に這い上がると、一列のぎっしりとした夾竹桃に阻まれました。左の方に一つの小さな隙間を見つけて、その隙間を通って上に這い上がりました。目が覚めてから、私はとても嬉しくなりました。この夢は、自分はすでにこの関を乗り越えたと教えてくださっているのだと勘違いしました。

 師父は「邪悪の要素の妨害は多くの場合、あなたの執着、あなたの歓喜心、好み、各種の人心に沿って偽のお告げを与えるのです。お告げを受けてあなたはさらに喜んでしまい、執着し、間違った道に入るのですが、それが師父から教えられたからだと言うのです。多くの場合はこういう状況です。実はどのように区別するのでしょうか? 夢を頼りに修煉していると言っている人がいますが、それはでたらめです。(皆笑って)夢の中のお告げに執着するのは修煉ではなく、それは邪道に入ることです。大法弟子はほかでもなく、大法のこの本に従い、法を基準にしています。あなたは夢の中にいても、ほかの環境にいても、法をもって正しいかどうかを判断しなければならず、このようにしてはじめて、妨害されないのです」[1]と説かれました。

 私の身体は少し好転し、また外に出て真相を伝えたとき、新しい同修に出会い「古い大法弟子には身体の消業の問題は存在していないのですか」と聞かれました。そのとき、顕示心と歓喜心の下で、師父の『二十年説法』の経文の中の、一段の法を邪悟して話し、師父は次のように説かれていますと言いました。「なぜあの人がひどく迫害されたのかと私に聞いた人もいます。彼の背後にいる生命のために耐えており、彼が守らなければならない生命、救い済度しなければならない生命があまりにも大きくて多いのかもしれません。自身の要素と救い済度したい生命の要素でそうなったのかもしれず、業力または受け持った歴史的要素が多いので、あるいは解決できない積怨、さらにまったく解決できない問題があるため、人間の生命で交換しなければならず、迫害される中でこの複雑な状況がもたらされたのです」[2]。この一段の法で、私は師父の説かれた「かもしれません、かもしれず」などの言葉と、更に師父が続けて説かれた「旧勢力の仕業もありますが、妨害される中で師父も旧勢力の考えを逆手に取っています。どんな状況でも、師父には師父の基準があり、旧勢力はしでかしたすべてを償う必要があります」[3]の法を見落としていました。

 ずっと前、私の地区に奇怪な現象がありました。何人かの年配の同修は、毎日面と向かって真相を伝え、三退させて、たくさんの衆生を救ってきましたが、これらの同修は長期にわたって、病業が続いて皆はとても困惑していました。あるとき私は、年配の同修に会いこの事について話をすると、彼女は「私たちが救った生命はとても多いので、これらの生命の業力を、私たちが受け持つ必要があるのです」と言いました。私はそれを聞いて信じてしまいました。その後『二十年説法』を見ると、その中に、その段のことが提起されており、私は同修の言ったことを信じました。そしてこの「悟り」を他の同修にも伝えました。大きな地区の同修たちはこのように「悟った」ということです。ですから、この数年来、私の地区の同修たちは、身体の迫害に直面していました。全てを消極的に受け入れており、なぜなら、これは私たちが受け入れなければならないもので、私たちが救ったあんなに多くの生命の業力を私たちが彼らに代わって消去しなければいけないと思っていました。今になって思い出すと、本当におかしな話です。

 ですから、その新しい同修が「古い大法弟子には消業の問題は存在しないのか」と聞いたとき、私は依然として、この厳重に法から離脱している「悟り」を彼女に説明しました。このようにして、旧勢力はそれを掴んで、私を死ぬほど迫害し続けたのです。その夜また「病業」の現象が出現しましたが、今回は前の2回よりも更に酷かったのです。

 次の日の午後、同修が私を見に来て、おかしいと感じたようで、私にどういうことなのかと聞きました。私がこれは消業だと言うと、彼女は直ちに否定し、それは旧勢力によるあなたの身体への迫害だ、と言いました。私はあのとき洗脳班にいて良く行えず、そのため関を乗り越える難度が大きくなったというと、彼女はまたすぐに否定し、師父が法の中でおっしゃったのは、旧勢力が加えた大きな魔難と関を乗り越えることに関して、師父はこのように弟子に行わせませんといいました。私はまた『二十年説法』を持ち出して「悟り」の話をしました。彼女はその場で私と一緒に、この段の法を学びました。彼女は私に、この段の法を自分の都合の良いように悟っていると指摘しました。その日私たちは心を静めて法を学ぶこと、旧勢力を全面的に否定することについて多く切磋しました。

 私は心を静めて学法することを決心し、自分を正しました。しかし少し経つと、下半身が非常に冷たくなって耐えられず、私はまた人間の方法で解決しようとしました。熱いお湯で脚を温め、厚い布団をかぶりましたが、人間の方法でどうして、他の空間の要素がもたらした問題を解決出来るでしょうか? また飲食もできなくなり、絶えず吐きました。旧勢力は本当に容赦なく、私が自分を正そうと思ったときに、更に大きな力で私を迫害してきました。私が学法しようとすると、本を持てなくし、読めなくして、全身に力が無く、座ることも出来ませんでした。家族が私に本を読んでくれ、師父の説法の録音を聞きましたが、どれを聞いてもはっきり分からず、頭はくらくらしていました。身体上の苦痛はまだ無理して耐えられますが、法を学べず、自分を正すことが出来ない内心の苦しみの方が最も苦痛でした。私はどうすることも出来ずに「師父にお任せします。去るか残るかは師父に決めていただきます」と言いました。本当に持ちこたえられなくなったとき、私は同修に電話しました。すでに夜の10時近くになっていましたが、同修は私の状況を確認したあと、2人の同修と、夜の11時に3人で急いでやってきました。そのとき、私の主意識はすでにとても弱くなっていました。同修は私に『道法』を読むように提案しました。とても時間をかけて一遍を読み終えたあと、同修は私に、この経文を読んで何か思うことはないかと聞きました。私は、邪な魔に隙につけ入られたと言いました。彼らは続けて私に、身体への迫害の全過程と、その過程の中の思いも聞いてきました。私は一つ一つ答えました。

 全過程を話す中で、同修はスローガン式の道理を言わず、指摘せず、説教せず、私に何も押し付けませんでした。私にあるやり方を言い、ある見解を言い、どのように見ているかなど、ただ彼らは、このことに対してどのように悟ったのかを言い、どのように見ているかを言いました。この魔難の中で、たとえどんなに細かい考え方や行い方でも、全て法を用いて量らなければならないと私に言いました。1人の同修は、私の言った「去るか残るかは師父が決める」は表面上はとても正しく見えますが、この考え方は実際は間違っていて、師父は「法を正す期間にあって、弟子は必ず法を正すことが終わった後に、初めて立ち去ることができるのです」[4]といわれました。これが師父の按排で、師父は弟子に正法の時期に去ることを按排しておられません。私は大いに震撼させられました。実際、私の考え方は旧勢力の按排に符合していたのです! 師父は「特にこの時期、真相を伝えることは人手が必要で、もっと多くの人が真相を伝え衆生を救うことに参加する必要があり、もっと多くの人が各プロジェクトに参加し、邪悪の迫害を打ち破る必要があるため、一人が少なくなると、大きな力が減ってしまい、一人が多くなると、大きな力が増えることになるので、私は誰一人も取り残したくはなく、誰をも失いたくなく、早くこの世を去ってほしくないと思っています。大法弟子の圓満成就はもう問題はありませんが、早くこの世を去ってしまえば、大法弟子が行おうとすることに損失を与え、旧勢力に隙に乗じられることになるのです。今ちょうど人手が必要なので、損失をもたらさないでください」[5]と説かれました。

 交流の中で、私の主意識はだんだんと強くなり、頭もだんだんとはっきりしてきました。その夜の交流は、夜中の2時まで続きました。次の日、座ることが出来、法を学び始めました。今回本当に心を静めて法を学びました。毎日『轉法輪』を学び、他に『各地での説法』を学びました。法を学ぶとき、どれだけ多く学ぶか、どれだけ早く学ぶかを追求せず、心を込めて学びました。妨害は大きく、頭の中で汚く罵る言葉が現れたり、共産党の歌が現れたりしました。私は正念を発してそれを取り除き、また続けて学びました。何日か経ったあと、妨害は少なくなりました。煉功のときの妨害も大きく、私は1分、1分と堅持し、堅持がとても難しいときは「師父、弟子を加持して下さるようにお願いします!」と叫びました。そのとき、頭の中に師父の法が現れました。「大覚は苦を畏れず 意志は金剛より鋳られる 生死に執着なく 坦担たり正法の路」[6]。師父の法は、私に自分の力が無辺であることを感じさせました。

 現在、私はすでにこの劫難を乗り越えました。正常な修煉状態に戻り、普段通り三つのことをしています。この全過程を振り返ってみると、自分がぶつかった身体上への迫害の主要な原因は、法理がはっきりせず、消極的に魔難を受け入れ、旧勢力の迫害の按排を承認していたことです。今回、同修たちに提案しますが「病業」の関に遭っている同修を手伝うとき、必ず本人が法理上で正しく認識出来るようにしたほうがよいと思います。法理がはっきりしないと、学法や、発正念で迫害を消去するときの強い威力が制限され、抑制されてしまいます。「病業」の迫害を突破する過程は、絶えず法を学び、絶えず正しくない観念を破り、自分を正していく過程でした。今回乗り越えることが出来たのは、同修からの指摘を得る中で、真面目に法に符合しない一思一念を探し出すことができたからです。小さな一念、とても小さな間違った考えでも、それを見破り、全てを掴みだして、取り除いたからです!

 最後に、師父の一段の法で同修と励まし合いましょう。師父は説かれました。「特に現在法を正す時期において、大法弟子の業力は既に問題になりません。邪悪生命による迫害をはっきりと認識しなければならず、彼らは本当に悪事を働いています。大法弟子はできるだけ自分の道を正しく歩み、邪悪に迫害の口実を与えないようにした方がいいのです」[7]

 注:
 [1] 李洪志師父の経文:『二〇〇九年大ニューヨーク国際法会での説法』
 [2] 李洪志師父の経文:『二十年説法』
 [3] 李洪志師父の著作:『各地での説法十一』「二十年説法」
 [4] 李洪志師父の著作:『精進要旨二』「法を正す時期の大法弟子」
 [5] 李洪志師父の著作:『各地での説法十』「マンハッタン説法」
 [6] 李洪志師父の詩 :『洪吟二』「正念正行」
 [7] 李洪志師父の著作:『北米での巡回説法』

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2017/4/20/345835.html)
 
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