人間の殻を抜け出し 神の道を歩む
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文/中国湖北省の大法弟子

 【明慧日本2017年6月1日】私は師父が説かれた「初心を忘れずに修煉していけば」[1]に対する認識がはっきりせず、ただ大法がすばらしいと思い、学びはじめました。では、どうすれば「初心を忘れずに修煉していけば」になるのでしょうか。

 観念を変え 着実に修煉し続ける

 最近、着実に修煉するなかで多くのことを悟りました。「初心を忘れずに修煉していけば」という法理に対して新たな認識がありました。私がしっかり自分を修めることを決心し、同時に多く学法し、煉功時間も増やした時、私の内面と外面に変化が発生しはじめました。学法と煉功をすればするほど、もっとしたくなりました。私はこれこそが「初心を忘れずに修煉していけば」だと分かってきました。

 当初法を得たときの喜びを思い出し、学法を強化し、真面目に煉功しました。法を広めるため、食事を取らずに大法のいろいろな活動に参加していましたが、元気いっぱいで同修らと「比べて学び 比べて修す」[2]のなかで、大変楽しく過ごしていました。現在、法に対する認識は感性から理性に昇華してきました。

 坐禅の素晴らしさ

 「初心を忘れずに修煉していけば」の状態を取り戻した時、心身ともにとても大きな変化が発生し、1日に少なくとも『轉法輪』を3講読むようになり、居眠りをしなくなり、朝3時に起床しても、睡眠時間が足りないと感じなくなりました。まさしく師父が私たちに教えてくださった「修煉は最も良い休みです。あなたが睡眠で得られないリラックスを得ることができます」[3]でした。以前、明慧ネットに掲載された同修の1日2、3時間しか寝ていない体験文章を読んだとき、どうしてそんなことが出来るのかと不可思議に思っていましたが、現在私は分かってきました。

 しかも主意識が強くなり、煉功の時入静できるようになり、エネルギーの流れを感じ取り、業力が一塊ずつ消去されることも感じ取りました。これはいままでなかったことで、極めて素晴らしい体験でした。

 師父は私を励まし、他の空間の光景をも見せてくださいました。高大な大地、山いっぱいの木、また木の幹にピンクの花がたくさん咲いていましたが、枝の先は枯れていました。細かい所をよく修めてないことを悟らせてくださったのだと思いました。しかし、枝の至るところに新芽が出ていました。これは私がはじめて天上からみた光景です。

 翌日故郷に戻りましたが、遠いところから眺めると、家の前後の山は私が入定時にみた景色とまったく同じで、出たばかりの新芽は少し黄色くなっていました。農村部で育てられた私ですが、60数年の間ではじめてこの景色を見ました。また、師父は入定のなかで遠隔透視功能を開いてくださいました。師父が私のために焦り、私を励ましてくださっていると知りました。私は再び緩めてはいけません。

 人を救う緊迫性

 師父は「少なからずに休み自省して正念を添え、不足を明らかに分析して再び精進す」[4]と説かれました。同修が真相を伝え、人を救うことをしっかり行なっているのをみて、私も頑張って追いついて行こうと思いました。本来3時に起床していましたが、坐禅の時間を長めにするため、15分早く起きるようにしました。煉功と発正念が終わると、師父に弟子を加持し、智慧を切り開き、更に多くの人を救えるようにお願いしました。

 師父は人を救いたい私の心をみて、縁るある人を順序よく按排してくださいました。この人に真相を伝え終えると、前にまた真相を伝える人が現れます。時には後ろから人が来るので少し待ちます。いまは朝、子供を学校まで送る親が多く、まず子供を褒めてから真相を伝え、三退を勧めています。この方法はとてもやりやすいです。私たちは口を開けばいいだけで、実際はすべて師父が本当に準備してくださいました。私たちの心性が基準を満たせば、すべてはそれほど順調でした。

 修煉の厳粛さ

 精進して着実に修めるその間、他の空間の邪悪が邪魔をしはじめました。私が寝るとすぐ邪な魔と卑しい鬼がやってきて私と闘いました。私が発正念の口決を念じ、師父にお願いしても、それは怖れていませんでした。最終的にそれらは逃げましたが、私はまだそれらを罵っていました。目が覚めたら私はすぐに発正念し、うちに向けて探しました。私の闘争心が招いたものでした。そして、私はこの方面に力を入れました。しかし連続して数日間同じ状態でした。何の心が招いたのかと考えてみました。私は精進していた、低い次元の霊と卑しい鬼が私に届くはずない、どうしてこのような状態なのか。しかし、私は師父が私の面倒をみてくださらないとは少しも疑いませんでした。

 偶然なことはない、これは師父が私にいかに旧勢力の按排を打ち破るかをみせるための按排で、弟子に自分の威徳と果位を樹立し、自分で悟るようにさせていると思いました。法を読む速度は速くなかったか、それは師父と大法に対して不敬ではないか。しかし私がしっかり行わなかったとしても、旧勢力とは如何なる関係もない、私は法のなかで自分を正す。また法を速く読んだとしても、思惟が法の中に溶け込んでいれば、間違いではない。そして引き続きうちに向けて探しました。歓喜心が生じたのではないか。しかし、私は普段からずっと歓喜したり、顕示しないよう自分に言い聞かせていました。なるほど発正念を重視していなかったのです。そして、私は発正念の回数を増やし、家にいる時は定時毎に発正念しました。

 最後の一回は邪魔されて頭の具合が非常に悪かったのです。その時、「こうしたらあなたは狂ってしまう」という一念が飛んできました。私は直ちに起き上がり、それに向かって強大な正念を発しました。邪な魔と卑しい鬼などの旧勢力に向け、「きみたちは主佛の弟子にいわゆる試練を与える資格がない、きみたちには私を驚かす資格がない、私は決してきみたちの邪悪な手段に騙されない、もうきみたちのことは見通した。私は李洪志師父に守られている、天龍八部にも守られているから、きみたちは私を動かすことができない、きみたち自体は淘汰される生命だ、きみたちは大法弟子が師を助けて法を正すことを邪魔しているから、必ず直ちに根絶される」と告げました。私は師父が私たちに賦与してくださった神通力と法力で邪悪を根絶しました。非常に非常に長い時間発正念しました。邪悪を動かさないようにそれらを固定し、微視的なところまで入静できました。師父は「各次元の粒子はつまり各次元の天であり、粒子が細いほど威力が大きいのです。物理学が専門の人は粒子が細いほど、粒子がミクロ的になり、強い放射性を持ち、力が大きくエネルギーも大きいと言うのです」[5]と説かれました。邪悪を一層一層根絶し、邪悪な旧勢力の按排を根絶しました。すべての邪悪要素が解体され、再び私を邪魔する能力がなくなりました。私に見破られたため、再び邪魔がやってきたら師父も許しません。

 その後、悟りましたが、邪悪な旧勢力は私が向上したら、手が届かないことを恐れて、手をつくして私を邪魔したのです。私は自分の空間場にいるすべての生命に大法に同化し、師父のお話を聞くように告げました。なぜなら、師父は誰の借りも要りませんと説かれたからです。ですから、もし私が以前誰かに借りがあったとしても、私がいま大法を修煉しているため、誰も私の修煉を邪魔してはならず、私が圓満成就したら福を与えます。それは何にも比べられないものです。もし私にそういう能力がなければ、私の師父にできます。邪悪が死ぬ前にあがいても、私がそれを淡々とみているだけで、それを相手にしなければ、それも面白くなくなり、滅亡してしまい、すべては跡形もなく消えてなくなります。

 結び

 師父に対する感謝の気持ちは言葉で表せません。私は毎日スケジュール通り起床しています。ここで師父の加持に感謝致します。静功するとき入静でき、眠ったりしません。これも師父の加持によるものです。衆生救うことは実際師父が行います。私は少しも他人の手柄を横取りする勇気がありません。常にうちに向けて探しています。一度餅を一つ買い、その販売者(オーナー)に真相を伝えようとして、彼の商売がずっと繁盛していると褒め称えました。彼は「そうです、自惚れてはいけません」と言いました。私は「そうですね、ますます励んでください」と言いました。私たちは笑いました。あとで悟りましたが、偶然なことはなく、師父はその人の口を借りて私を悟らせてくださっていました。顕示心、歓喜心が生じないように注意を与えていました。師父は時々刻々弟子を見守っています。腑抜けた弟子は師父に多く心配をかけました。自分をしっかり修め、人を多く救うことで師父に恩返ししようと思います。

 私にはまだたくさんの人心があります。私と同じ状態の同修よ、一緒に努力し、精進しましょう。前で進んでいる同修に追いつくように走り、法の基準を満たしましょう。如何なる口実をもって、修煉の道での不足を隠さないようしましょう。

 以上は私が最近修煉するなかで体験したことです。本当に残念ですが、20年近く修煉しましたが、ただ基礎を築いていただけで修めておらず、いまになってやっと修煉の門に入った感じです。同修よ、いまの遺憾が永遠な遺憾にならないように目覚めましょう。私達が人間の殻を破れば、本当にほかの景色が現れます。偉大なる師父に感謝申し上げます。

 法に基づいていない部分については、同修の慈悲なるご指摘をお願いします。同修のみなさん、お疲れ様でした。

 注:
 [1] 李洪志師父の著作:『各地での説法九』「二〇〇九年大ニューヨーク国際法会での説法」
 [2] 李洪志師父の詩:『洪吟』「着実に修める」
 [3] 李洪志師父の著作:『北米第一回法会での説法』
 [4] 李洪志師父の詩:『洪吟二』「理智醒覚」
 [5] 李洪志師父の経文:『二〇一六年ニューヨーク法会での説法』

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2017/4/24/346047.html)
 
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