文╱中国の子供弟子
【明慧日本2017年8月26日】私は大法の子供弟子で今年15歳です。修煉してから2年になりましたが、きっかけは、祖母のことから言わなければなりません。おばあちゃんは大法弟子で、2年前のある日、おばあちゃんが1人で家の窓ガラスを拭いていた時、うっかりして、窓から落ちてしまいました。心配した家族はおばあちゃんを無理やり病院に送り、病院の検査では、粉砕骨折だと言われました。祖母は大法の修煉者で、いかなる治療も受けず、そのまま家に戻り、毎日法を学び、功を煉って、骨折した場所は自然に治癒しました。骨折と言えば、普通はとても痛いそうですが、祖母は他の患者さんのようにあまり痛みを感じていないことから、私は大法の超常と素晴らしさをこの目で見ました。それから、私も修煉を始めました。
修煉してまもなく、師父の『論語』が発表され、祖母は私に暗唱するように言いました。私は二晩でそれを覚えて、今、『轉法輪』を暗唱しています。とても勤勉とは言えませんが、時間があれば、少しずつ暗唱するようにしています。ある同修から「『轉法輪』が暗唱できれば、あなたは素晴らしい人になりますよ」と言われました。私は「素晴らしい人になりたい」と思っています。
祖母の家には学法グループがあります。夜になると、多くの人が一緒に法を学び、功を煉っていて、私も皆さんについて法を習いました。祖母の家に滞在している間、私はとても精進し、何か問題に遭えば、内に向けて探し、心性を高め、いつでもどこでも法の基準で自らを律するようにしました。
ある日、学校で食事をした時、誰かが私を叩きました。それをまったく気にしない私の様子を見て、他の学友は「王君があなたを叩いたよ」と言いました。私は「そう、気にしないよ」と言ったら、王君はとても不思議そうな顔をして、「あなたは私を叩き返さないの?」と言いました。以前でしたら、誰かが私を叩けば、私はその場でやり返していたでしょう。しかし、今、私は修煉者ですから、他の人と違います。師父は修煉者が「殴られても殴り返さず、罵られてもやり返さない」[1]とおっしゃっていましたので、私は笑いながら彼に「私は以前と違いますから」と返事しました。
また一度、とても仲の良い学友がなんの理由もなく突然私にかんしゃくを起こしました。私は不思議で「あなたに失礼な事をしていないのに、どうして怒ったのでしょうか? あなたが私を無視するなら、私もあなたを無視する」と思い、こうして、2人の間はずっと膠着状態になりました。家に帰ってから、法を習った時、「もし、相手がそのような環境を作ってくれなければ、あなたはどうやって心性を高めることができるでしょうか? みんなが和気藹々で、そこに坐っているだけで、功が伸びるなどということがありえますか? 相手がそのようなトラブルを仕掛けたからこそ、心性を高める機会が生まれ、そのおかげで、心性を高めることができて、本当に心性が高まってきたのではありませんか?」[2]の一節を読みました。私はすぐに「自分は間違っていた」と気づき、内に向けて探すことにしました。そこで、自分には嫉妬心、闘争心、顕示心、怨恨心があることに気づき、これらの人心を取り除こうと決心しました。「私は彼女を無視してはいけない、彼女と同じようにしてはいけない、私は大法の子供弟子で、明日彼女と仲直りしよう」と思いました。
翌日の朝、学校へ行って、教室に入ってかばんを置き、彼女を探そうとした時、彼女は満面の笑みで私に向かって来ました。そして、彼女から「あなたに怒ったのは悪かった。仲直りしようね」と言われました。私は「心性を高めるチャンスを与えてくれたあなたに、私のほうから感謝しなければならないのよ」と思いました。
自分の家に戻ってから、集団学法と集団煉功の環境がなくなり、次第に、自分を弛め、あまり精進しなくなりました。テレビを見たり、パソコンで遊んだりしました。しかし、師父は私を見放されませんでした。私は一回また一回夢の中で師父にお会いしました。師父は私に精進するようにと励ましてくださったのです。
夢の中で、私が抱輪をした時、師父は私を眺められて、そして頭前抱輪をした時、私の姿勢が正しくないため、師父は私の手の位置を上に持ち上げてくださいました。その時、私の骨はボキボキと音がしました。その瞬間、体がとても軽くなり、とても気持ち良くなりました。その素晴らしさは言葉で表現出来ませんでした。
またある時、ある人が私をある部屋に案内しようとしました。しかし、その部屋は施錠してあるため、私は入れませんでした。彼は何度も「入って下さい」と言いましたが、「私は入れません」と答えました。最後に、その人は爪楊枝のようなとても細いものでドアを数回回して、扉を開けてくれました。部屋の中には師父と同修達が座っておられ、師父の側に一つの席が空いていました。師父は笑顔で私に側の席に座るように合図をして下さいました。目が覚めてから、師父は本当に慈悲で優しい方だと思いました。もともと入れないはずの私に、師父は扉を開けてくださり、入らせてくださり、私に多くの大法弟子と同じように大法の浩蕩たる佛恩をくださいました。修煉が早い遅いにかかわらず、師父は誰一人も見放されないのです。しかし、自分が人心を放下しなければ、師父はどうやって私達を家に連れて帰られるでしょうか? ここまで思うと、涙がポロポロ流れました。
また一度、夢の中で私は数人の人に追われており、理由は分かりませんでした。私は壁を乗り越え、外の道に飛び降りました。その時、1台の黒い乗用車が私に向かって走って来て、私の側に止まり、私は車内に入れられました。とても怖くなった私は、せっぱ詰まった時、「師父、私を助けてください」と叫びました。その途端、一筋の風が吹いて、私は救われました。「師父がおられ、法があれば、私は何も恐れることはない、師父は時々刻々私達を守って下さっている」と私は体得しました。師父は私達にあまりにも多くのものを下さいました。師父のご恩に対してお返しすることは出来ません。ただただ師父の要求どおりに行っていくしかないと思いました。
修煉を始めたのは遅いのですが、しかし、自分は大法の子供弟子で、人を救うこともやらなければなりません。ある日、地元住民に法輪功の小冊子を届ける事になりました。同修から「あなたも行きますか?」と聞かれ、私は「人を救う事は是非やらせて下さい」と答えました。しかし、行く人の人数がすでに決まっており、2人で一つのグループとなっていて、私はカウントされていませんでした。その日はちょうど小雨が降っていて、1人の同修が来られなくなったため、私は行けることになりました。外は小雨が降っていましたが、しかし、「人を救う事は最大のことで、決して天候に妨害されてはいけません。雨を止めさせましょうね」と私は言いました。同修は笑いながら、「じゃ、雨神との相談はあなたにお任せしますね」と言いました。結果、その日の夜は本当に雨が止んでくれました。私は同修たちと一緒に順調に真相の小冊子を配り、衆生に福音を届けました!
師のご恩に叩頭してお礼を申し上げます!
注:
[1] 李洪志師父の著作:『シドニー法会での説法』
[2] 李洪志師父の著作:『轉法輪』